十一章 無風
扉が後ろで閉まる音がすると、それを待っていたかのように八重辻行は無言になり、抱いている肩の中で項垂れた。
「おや。もう笑わないのかい?」
「もう……笑えないですよ。無風先生、あなたは酷い人だ」
自分を見上げるその目に以前のような無条件でふりまかれる温かさはなく、無風は失った信頼を認めざるを得なかった。
目の前の不死身の少年のことを実験台だと思っていたことは変わらない。
彼と関わった時間は全て研究の為で利用する為で、好き好んで傍にいたわけではない。
一人でいることを苦痛だと思う性格ではないし、変に懐かれるのも、他には見せない笑顔を向けられることも鬱陶しく迷惑だと思っていた。
十年以上、だまし続け最後に殺そうとした少年が死に損なったことに安心している自分もいた。
「君はもっと落ち込んでいると思ってたよ。しかし、それほど怒っても悲しんでもないようだ。私はそんな存在ではなかったようだ」
「これでも……傷付いてますよ」
「仲直りでもするかね。何もかも水に流して、これから診療所に戻って君の気に入った紅茶を淹れて、無駄なお喋りでもして一生、暮らそう。だから私のことを許してくれよ」
「絶対嫌ですよ。診療所には浪勢がいますし、先生の淹れ方はどんなおいしい紅茶でも駄目にするので白けて楽しいお喋りはできそうにないです」
もう戻ることのない愛おしい日々。
これから訪れることのない可能性の日々。
そんな事を無風遥瀬はふと思った。




