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サイ・リンリ  作者: 天宮蓮
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十一章 辻行

 あまりにも呆気ない別れであった。


 さようならの一言も告げず、リンガベルは辻行の目の前から姿を消した。

 辻行も頼った浪勢もお手上げであった。浪勢だけではなく、リンガベルを雇った政府の人間も連日、家を訪れては同じような質問をして、同じように首をかしげて帰って行った。

 リンガベルを追っている誰もがリンガベルの行きそうな場所に全く心当たりがなかった。



 しかし、事件性は低いと浪勢は判断した。


 リンガベルがいなくなった理由が自分にあることを辻行は知っていた。

 無風先生が盛った毒に侵されながらも懸命に危険を知らせようとしたリンガベルの言葉を都合よく解釈して、最後まで彼女の言葉を信じることができなかった。


 無風遥瀬とリンガベルが目の前に立っていたとして迷うことなく無風先生の手を取った辻行を見てリンガベルが少しも傷付かないはすがなかった。

 見切って去るには充分な理由であった。



 去るつもりならば、どうして最後に彼女は……。


「……信じろ、だなんて言ったんだ」



 薄い笑みを浮かべながら辻行は途方に暮れて天を仰いだ。


 とはいえ、目の前に広がるのは天高く積まれている本の山と、裸電球が揺れる天井だった。

 その視界の中に緑色の少女が顔を出した。


「他人の家で辛気臭い顔してるんじゃないですよ。本が腐食したらどうしてくれるんです?」


「少しぐらい慰めてくれよ。その右手は、俺の頭を撫でる為のものだと思っていたんだが」


 緑色の少女、命明は鼻を鳴らすと辻行から数歩すすんだ辺りにある本の山の一つに身軽に飛び乗った。


 その高さはゆうに二メートルは超えていた。

 命明は棗に引きずり降ろされる時を除き、生活のほとんどを本の上で過ごす。


 飛び降り華麗に着地するところも滅多に目にすることはないが、登るところを見たという人の話は聞かない。

 しかし、飛び降りる為にも、本の上で過ごすためにも、本を登る過程は必然と存在する。


 それにも関わらず目撃談がないのはそれが一瞬の出来事であり、通常の人間が直立から跳べる距離としてあり得ない高さだということである。

 目の前の現実を現実と認識できない内に命明は本の上にいる。

 命明の跳躍を見た大半の人間はそれが幻だとして処理する。




「命明の右手は本をめくる為にあるのです。ここに長居している間にあの娘が帰ってきてるかもしれないですよ」


 足元の本を拾い上げてページをめくりながら命明は目線だけを辻行に向け言った。


「きっと……今日も帰ってこないよ。探しようがないんだ。あいつが生きそうな場所もあいつの会いに行くような友達も知らないんだ。なあ、命明。俺はどうしたらいいんだろう?」


「知ったことじゃねえですよ。命明には何の助言もできませんよ。

 でも、探し物は探しているところにあるとも限らないのですよ。それでも、探さないことには探し物は見つかりませんが、勘違いや思い込みのせいで案外、思いもよらないところにあることが多いですよ。

 眼鏡を探していたら眼鏡をかけていた、なんて話は面白い例えですよ。あの娘がいなくなったのは辻行の思っているような理由ではないのかもしれない、という話でもあります」


「俺が傷つけたからじゃないってことか?」


 見上げた辻行の顔を見て命明は呆れたように深く深くため息をついて、あまりに失望したのか読み始めたばかりの本を閉じた。


「なんて要約の仕方ですか。命明はそんなことは存じませんよ。いなくなる前に、辻行が思っているような出来事の前に、何か変わったことはなかったと言い切れますか。もしかしたらそこに糸口はあるかもしれないという提案です」


「一日だけ朝から出かけていたことはあるが……それは薬の解明の為だったと聞いたし、それより以前だと……あ。そういえば、それより前にリンガベルが他人に名前を聞かれてレイを省いて名乗ったことを怒ったことがある。その前にも……あいつは人間に生まれたかった、と言っていたこともあった……。まさか。命明、ミリアッドが人間になる方法はあるのか?」


「ないです。そんなものはないです。方法が存在してしまったらこの国は辻行と字名海里が脱獄したことやクーレント・レイチャムパロキロンが信頼に背いたこと以上に国を揺るがしますよ。

 影として光に寄り添うミリアッドと光として存在する人間の境がなくなったのならこの国は崩壊しますよ。実に容易く。

 方法を見つけ出してしまった者が現れた場合、命明はその場で絞殺します」


 やっと糸口を掴んだ気にもなっていた辻行は呆気なく玉砕され、肩を落とした。


 命明から聞かなくても、少し考えればわかるようなことだった。

 またか、と思った。


 リンガベルがいなくなってからというものその繰り返しだった。

 もしもの可能性をあり得ないで否定することに費やした日々だった。


 今度こそ答えが垣間見えた可能性だったがやはりあり得なかったのだ。




 ふと辻行は動きを止めた。


「クーレントはミリアッドの中枢だよな」


「大脳とも司令塔とも言われますね」


「クーレントは端末のミリアッドを全てじゃなくても多少操作できるから、俺たちを襲ってきた浪勢を互いに殺すように仕向けることができたんだよな……。無差別ではなく、あの時、あの場所にいたミリアッドだけがその命令に従った。クーレントは……あいつは全てのミリアッドを把握して支配しているのか? だとしたら、ミリアッドならばどこにいるのかクーレントは知っていると思うか?」


 その言葉に命明は、静かに微笑んだ。


「棗を呼んできなさい」


「どこにいるかもわからない国の重要人物に一般人の俺が話をできるのか?」


「それをどうにかできる命明ですよ」






 呼ばれてきた棗の通信を介して半透明の画面の向こうに現れた人物といくつか命明は言葉を交わしたところで相手はあっさり了承した。

 辻行は、図書館で働く棗がリンガベルと同じミリアッドであったことにも驚いたが、命明のいつの間にか国家的にも近い権力を持っていることにも驚きを隠せなかった。








 突然の話にも関わらず、その日の午後には図書館まで一人の男が派遣されてきた。


 白衣のポケットに両手を突っ込む姿勢を崩さない猫背で茶髪の若いその男は、あまり愛想が良いとは言えない人物であった。

 ブツブツと小声で文句を言いながらも命明の前まで行き、気怠そうに一礼をした。


「浮林檎から来やした。お初にお目にかかります。ええと、なんだっけドライアド様」


「はい、どうも。そこの黒髪のチビを連れてったげてください」


 自分の半分しか身長のない命明にチビ呼ばわりされて少し気に障った辻行だったが、文句を言う前にこちらを睨みながら大股で歩いてくる白衣の青年に気圧されて固まった。



「お前、調子に乗るなよ。ドライアドは丁重に扱えって言われてるだけで、お前には従わないからな。特別扱いされるなんて思うな。ふざけた事言いやがったら半殺しにするからな。殴ったって死なないんだろ」


 今まで出会った人の中と交わした挨拶としてあまりにも酷いものであった。

 初対面の人物にこれほどまでに敵意を向けられたのはヴァン・レイと初めて言葉を交わした時にも勝るものだった。



「よろしく……」


「言っておくが俺は今日会って今日別れるような人間に名前は名乗らない主義だし、お前も俺の名前なんか聞いてもすぐに忘れるだろ。浮林檎まで歩いていくのも面倒くせえし、クーレントを待たせるわけにも行かないし、テレポートすんぞ。慣れてない一般人には結構きついが、知るもんか」


「テレポート、俺が?」



 あまりに雑な扱いであった。

 ミリアッドの左右どちらかの中指には必ず通信用のリングが備え付けてある。


 非常事態と判断した時に限ってそのリングのテレビ電話機能や、テレポート機能を使用することが許可されている。それは担当する人間にもしものことがあった時などに援軍を呼んだりするものなのだが、通常それを人間が利用することはない。


 ミリアッドにも同じ危険性を孕んでいることは確かだが、その犠牲を政府は容認している。

 ミリアッドが一人消えても問題はないが、人間がテレポートの際に空間で迷子になり永久に出れなくなることは問題であると。


 今いる空間と向かおうとする空間を移動するには、無空間が存在する。

 そこを通過することで初めてテレポートが成立するのだが、誰にでもできることではない。


 何の知識も力量も持たない素人が安易に試みた結果、最悪の状況に陥ることはほぼ間違いない。



 無空間は無限であり、迷ってどこかに行きつけるほど狭くもわかりやすくもない。

 助けることなど不可能であり、一度そこで迷子になってしまったら餓死するまで彷徨い続ける。


 落ちる絶壁も外部から加わる衝撃もほぼない。

 そこでは飢えが最も問題とされる。

 餓死し、腐敗し、白骨化しても尚、死体すら見つけることは困難であり、やがて骨が風化し無くなる。



 そんな危険と隣り合わせの空間移動をなせる人間も一部存在する。

 空間で迷うことのない道筋、行き方を知っていて、移動の衝撃に耐えられる精神力と身体能力を身に着けたごく限られた人間である。

 その一人に無風遥瀬がいた。



 そして、目の前に立っている青年も口ぶりからしてその一人のようだった。


 もちろん、辻行は生まれてこの方、テレポートを使ったことはないし、今から瞬時に技術を身に着けられるわけがない。つまり、この青年は辻行が空間で迷子になってしまったら「まあ、ドンマイ」ぐらいにしか考えていないのだろう。



「一瞬だ、一瞬。おい、ノイシュ。ノイシュっ。あいつどこ行きやがった。ああ、面倒くさい」


 青年は髪を掻きむしりながら誰かを探し始めた。

 派遣されたのは一人だと今の今まで思っていたが、どうやらもう一人、ミリアッドがいるらしい。


 ミリアッド以外、テレポートゲートを開けるリングを身に着けることはできない。

 リングをつけたミリアッドがどこかにいるようだが、辻行が見渡す限り、そのような人物は見当たらなかった。積まれた本の影に隠れて見えないだけかもしれないが、そうだとしたらノイシュと呼ばれる人物はいる気配すら感じさせない不気味な存在である。



「……っ!」


 その瞬間、辻行は背後からの気配を感じ、振り返って後ずさった。

 そこに立っていたのは思ったよりずっと小さな背丈の、おおよそ三十センチしかない人形のような小人だった。


「……珍しいか。私が」


 辻行を見上げながら小さな少女は低くつぶやいた。



「いるじゃないか。世話を焼かすな」


「……すまない」


 過去に出会ったミリアッドの中でもノイシュ・レイは特殊な形をしていた。

 姿恰好は、それほど珍しいものではない。赤毛のミリアッドもいるし、同様に褐色の肌をしたミリアッドもいる。


 しかし、身に着けているローブごと彼女は小さくできていた。それは珍しくはあってもあり得ないことではなかった。

 学校の調理室で働いているレスモンド・ロンに四本腕があったように、彼女も何かしらの目的の為に正当な理由で認可されて小人なのだろう。


「話ぐらいは聞いてたろ。さっさと始めろ」


「……ああ」


 ノイシュ・レイは小さな右手の指にはめられたリングに口づけをすると、その拳ごと床に叩きつけた。


 叩きつけた部分を中心にして、波紋のように黒い影が広がった。

 吸い込まれていくように足元からノイシュ・レイは姿を消して、続けて彼女の最も近くにいた辻行の足元にも影がおよび、逃げる間もなく、落下した。

 とっさに上方に向けた辻行の手を白衣の青年が掴んで、そのまま影に飛び込んできた。


「離すんじゃねえぞ! まじで死ぬからな!」


 青年の後ろで入口は閉じ、光は失われ一面の闇が広がった。

 目を凝らしても何も見えない暗闇の中で掴まれた右手だけがこの空間に一人ではないことを教えてくれていた。


 どうしたらいい?


 やや大きな声で発したつもりの言葉は声にならなかった。自分の姿同様、闇に吸い込まれてなくなった。

 血の気が引いて、手に汗が滲んだ。

 何も見えない、何も聞こえない、この異空間でこの手を離してしまったら、声も届かないのにどうやって自分の居場所を知らせるのだろう。

 助けを求める声すら闇に飲まれるというのに。



 不安に駆られた辻行に気付いたのだろうか、右手を掴む手が握る力を強めた。

 何か言っているのかもしれないが、やはり何も聞こえない。

 それでも「しっかりしろ」と言われている気がした。言葉を受け取った証に同じ力を込めて握り返した。






「上出来だ。目を開けやがれ」


「……あ」


 ずっと目を開けていたつもりだったが、広がった視界の先で光に包まれた青年とノイシュ・レイがいた。

 数分前に見ていた光のある世界がこんなにも懐かしいとは、遮要壁を出た時ですら思わなかった。



「痛ってえ」


 四肢の関節がきしむように痛んだ。

 呟きながら起き上がろうとすると立っていた青年が手を掴んで腕ごと引っ張り上げた。


 そしてさっきの憎まれ口を叩く不機嫌そうな表情が一変して、静かに笑った。


「だろうと思うぜ。まあ、痛みは三日もすれば治るさ。ちゃんと移動できたんだ、自分の目で見てみな」



 立ち上がって見回してみて気付いた。

 ここは命明といた図書館ではない、鉄板でできた冷たい床に辻行は寝ていたようだった。

 そして目の前には、巨大な扉がそびえたっていた。


「ここは浮林檎か? こんな場所は知らない」


「馬鹿だろ、お前。国家の機密のクーレントがいる地下室を何年かここで暮らしてたぐらいのお前が知ってるわけないだろう。さすがに直接、地下室に移動するのは失礼ってもんだ。この先はお前、一人でいけ。俺はここまでしか行けない。鍵は開けてもらっている」


 そう言って青年は少し名残惜しそうに辻行の背中を押した。



「名前はっ……。やっぱり教えてもらえないか?」


「馬鹿だな……お前。本当に面倒くさい。……神伝(じんでん)。神を伝えると書いて、神伝。名前負けしてるだろ」


 彼が名乗りたくなかった理由が少しだけわかった気がした。

 そういうことか。最初から嫌われていたわけではなかったのか。




 押し開けた扉は、辻行が踏み出した一歩を見届けてから閉まった。


 床も壁も見える限り深い青色のタイルが続く地下室があった。

 どれくらい広いのだろうか。暗くて先は見えないが、奥の方に何かの気配がした。


 何者かではなく、気圧されるような強大な何かの気配。


「俺は、八重辻行っ。お聞きしたいことがあって来ましたっ」


 挫けそうな両足に力を入れ、闇の向こうにまで届くように叫んだ。




「……無風。灯りを」


 返ってきた声は、張り上げたものではなかったというのに壁に反響して、まるで落雷のように地下室に轟いた。

 そして灯りに照らされた地下室に佇んでいたのは、息を飲んで、それっきり呼吸をするのを忘れる程の醜悪な化け物だった。



 長い白髪を垂らした通常の人間より二まわり程、大きいその女には足はなかった。

 腹部より下半身が床と同化していた。そして、上半身の側面の全てが腕の生え際だった。

 数えるだけで気が遠くなるような数の白い長い腕がおおよそ関節でないところで曲がって彷徨っている。長い間、直視しているだけで吐き気を催すような姿をしていた。


 肩を二、三叩かれ、立ち竦んでいた辻行は正気を取り戻した。


「久しいね、辻行君」


「無風先生……」


 いつもとなんら変わらない姿で現れた無風先生が懐かしくも憎くもあった。




「私の姿は、少々刺激が強かったらしい……な。無風。悪いが灯りを消してやってくれ……」


「いえ。そのままでお願いします」


 クーレントの言葉を遮って、自らを奮い立たせた。

 何を怖気づいているんだ。

 何の為にここまでやってきたのだろう。

 利用できるものなら命明でさえ利用する決意でここまでやってきたというのに情けない様だ。





 図書館で、命明が誰かと通信を終え、去ろうとした棗を追いかけて呼び止めた。


 命明がきっと教えてくれないであろう質問を投げかけた。「どうして画面の向こうの人物は数個、言葉を交わしただけの命明の頼みをきいてくれたのか」と。


 棗は口元に人差し指を添え、命明には秘密にするという条件の元、話してくれた。

 今の通信の相手は浮林檎の研究員だが、その人が相手でなくても、たとえ病院や政府、養成所、遮要壁、郷、どこの人間であっても命明の頼みはきいてくれるだろうと。

 その人物に断れたとしても、国内の組織と名がつくものの中には必ず、命明に借りのある者が誰かしら存在する。


 命明の持つドライアドという役職はそれほど権力は持っていない。

 それどころが命明がいなくなったら他に適任の人物に与えてもいいと考えているぐらい重要視されていない。


 しかし、一日中、何十年にもわたりひたすら本だけを読み続けている命明は、国内の書物のほとんど全てがおかれている図書館の本の内容を誰よりも熟知している。

 その多方面に広がる膨大な知識の量は国内一を誇る。その知識を必要として命明の元を多くの人が訪れる。


 そこで知識を与えることについて条件を出すような真似を命明はしない。

 寛大というより、彼女は教えを乞う人物に見境なく応えることについて何も考えていない。


 それ点について、いつか災いの元となるような危うい行為だと辻行は思っていたのだが、今のところそれは功を奏している。


 困っているところを無償で助けてくれた命明の頼みごとならば少々の融通はきかせてやりたいと思っている人物の一人が今回の相手でもあったということらしいのだ。







「そうか……では、要件を聞こう」


「その前に一つ。なぜあの時、俺たちを浪勢から助けてくれたんですか? あなたには何のメリットもないどころが、あなたの信頼も地位も失いかねないところだったのでは? 俺はあなたの事を知らないし、それはあなたも同じでは」


「くくく……。それを私に聞くのか。……その通りだ。お前さんに会ったのは今日が初めてだ。あの一件で……私が負った責任はお前さんには関係のない話であり、お前さんが心配する事でもない。

 しかし、その理由をここで話すことはできない。私にとっては墓場まで持っていきたい事なのだよ……くく。

 言うなれば、お前さんを助けたいと思ってしたことではない。私がそうしたことで結果としてお前さんが助かったということだ……それをどう認識するかはお前さんに委ねるが」



 所々で不気味な笑い方をしながらクーレントは言った。

 顔のほとんどを覆っている長い前髪の向こうで本当に笑っているのかはわからなかった。


 謎が多く残ったままの答えであったがこれ以上、この件について深追いして聞いても解決しないことは確かだった。クーレントは一切を語るつもりがないのだ。真実を知りたい気持ちは変わらない。


 しかし、対談に設けられている時間は恐らく多くはない。いくつまでの質問に応えてくれるのかも不明であるし、クーレントがそこまでと言ったら辻行は大人しく引き下がる他ない。

 時間に限りがある以上、質問の優先順位を正しく選ぶ必要がある。


「では、本題に入ります。ミリアッドの大脳であるあなたなら一人のミリアッドを探し出すことができますか? 行方不明になった叉瞳が今どこにいるのかを知りたくてここに来ました」


「ふむ」


 何本もある腕の左右一組を胸の前で組んでしばし考え込んだクーレントが次に発した言葉に辻行は肩を落とした。



「結論から言おう、おおよそ不可能だ。

 私は大脳として全てのミリアッドと繋がってはいる。

 しかし、それはどちらからも一方的なものだ。ミリアッドが受けた物理的外傷は私に感覚として伝わっても、私が受けた外傷が全てのミリアッドに伝わるわけではない。ミリアッドの強い意志が言葉として私に伝わってくることがあっても、私の思念は伝わることがない。

 命令についてはその逆だ。ミリアッドがどんなに強く念じても私がその命令に従うことはない。しかし、私の下した命令はミリアッドに伝わり、どう足掻こうと抗えぬ。

 大脳と言えど、身体の隅々がどんな状態であるかなど全てを把握することはできぬよ。

 お前さんの叉瞳が自らの居場所の詳細を助けにも似た強い思念で私に送ってきたのなら簡単だが、ほぼあり得ない。

 最終手段として、私のほうからその叉瞳に今すぐお前さんの元へ帰るように命令を下し、否応なしで連れ戻すことは出来なくはない。果たして、お前さんはそれをお望みか?」


「そんな……そうですか。いえ……結構です」




 落胆を隠せずにいる辻行の元に伸びてきた長い腕は、テレポートで乱れた髪を優しく整え、その首に蛇の蜷局のように巻き付いた。首を締め上げる音は、忘れかけていたクーレントに対する恐怖を蘇らせた。


「ぐうっ……な、なぜ……」


「たった今、思い出したのだ……八重辻行という犯罪者に会ったら一言言ってやろうと思っていたのだよ。私の可愛い我が子……まさか忘れたなんてことはないだろう……ホーリィ・レイを随分と可愛がってくれたようだな……」


 一瞬で悟った。

 ミリアッドの外傷が伝わっているクーレントが殺される程の痛みを忘れているはずがないのだ。

 ミリアッドを我が子だと言い、誰よりも彼らを愛しているクーレントがホーリィを殺した辻行を知らないはずもなく、憎まない理由もなかった。



 どうして今まで気付かなかったんだ。

 クーレントは最初から敵であったと。


「愛する者に殴られる一発はどれほど痛むか、今ここでお前さんに教えてやろうか……暴力を受けても尚、逃げることもしなかった我が子の苦しみがわかるか?

 耳を澄ませばあの時のホーリィの心の叫びが聞こえてくるようだ。

 お前さんは、あの時、追ってきた浪勢に射殺されてしまえばよかったのだ……どうせ命は助かってしまうのだろう?」


「……」


「……なぜ、笑っている?」


 首を締め上げられる息苦しさで笑いそうな気持ちを紛らわしていたが、ついに堪えきれなくなり、宙に足が浮いたまま辻行は笑い出した。




「くっ……ははは……あっははは……はは。ホーリィのっ……心の、叫びかぁ、あはは……」


「こいつっ……」


 驚きのあまり離した手の片方で辻行の頬をぶった。


 勢いのまま床に側面から倒れた辻行は立ち上がろうとも、腫れた頬を覆おうともせず、顔だけ前方に向けて笑った。



「クーレントお前、何も知らないんだな!」




「無風、摘み出せ」


 黙ったままの無風先生に首根っこを掴みあげられて、強引に背中を押され歩かせられても尚、辻行は笑うことをやめなかった。


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