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サイ・リンリ  作者: 天宮蓮
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一章 辻行

 太陽が昇る限り大丈夫。

 どんな夜も明けるから。



 かつて先生が言ってくれた言葉を心の中で繰り返した。

 それが太陽の光など届きはしない(しゃ)要壁(ようへき)の中で過ごした十年間、八重(やえ)(つじ)(ゆき)を支えてくれていた言葉だった。


 全てを失ったも同然の辻行を絞りかすになるまで精神を蝕み、生きる気力を奪うような刑罰を与え続けた国のやり方も、事あるごとに罵り、虐げ続けた監守のことも恨んではいなかった。

 当然の罰であると思うが、それならばいっそのこと死刑にされるか、気が狂って死んでしまえばよかったのだ。


 どちらも許されないまま、今日を迎えてしまった。それが許されたとしても辻行には叶わないが。





 四つ目の銀のゲートの前に進むと、緑色の光線が体を包み、間もなくしてロックが解除される音がした。


 監守は、五つあるゲートの二つ目で両手を拘束していた手錠を外し、立ち去った。

 その後のゲートは自由になった自分の手で開けることになる。と言っても、ただ3mごとに並ぶゲートの前まで歩いていくだけなので手は全く使う必要がない。


 それでも背伸びをしても左右から突かれることのないこの状況を喜ばしく思わないはずもなく、斜め上に両手を伸ばした辻行をまばゆい光が包み込んだ。

 目がくらみ、思わず伸ばした手でその光を遮った。開いたゲートの向こうでは、太陽の光がさんさんと降り注いでいた。




 十年ぶりに見た外の世界は眩しくて。

 眩しすぎて何も見えなかった。




 明るさにようやっと目がなれてきてやっと、高くそびえたつ壁に囲まれた人工芝が広がる敷地の中に一人で立っている人物の存在に気付いた。


 少女だった。

 最初に目にとまったのは、彼女の白銀の髪だった。


 それほど珍しいとは言えないが、自分が出会った何人かの銀髪の中で最も光沢があり艶やかで、素直に綺麗だ、と思った。

 内巻きにかかったカールは、主張が強い銀色をほどよく中和させるような、ふんわりとした優しい印象を与えている。


 薄緑に青の線が入ったワンピースの裾を揺らしながら、またその右手に持った黒いアタッシュケースは揺らさないように彼女は、足元に直線でも引いてあるような無駄のない歩で辻行の目の前までやってきて、深々と一礼をした。




「はじめまして。八重辻行さん。本日から辻行さんの叉瞳となります、リンガベル・レイと申します」


 最後の言葉を聞いてなるほどな、と思った。

 彼女は、ミリアッドか。随分と人間らしく見えるじゃないか。



 辻行が壁に入れられる前の世界では、ミリアッドは、字名をパロキロンなら略してロン。レイチャムならレイを名乗ることが義務化されていたが、この様子では、それはどうやら十年間でより一層、必要になったのだろう。


 苗名を名乗ることで相手に自らが人間であるかミリアッドであるか知らせるのだが、以前はそんなことをしなくても両者の違いは明確だった。

 ミリアッドはそこまでよくできた人工知能ではなかった。

 情緒の波はほとんどないし、表情も豊かではない。時々、体から謎の電子音がすることもあったし、要するにあまり人間と似ていなかった。



 しかし、目の前の少女をみると十年という歳月の恐ろしさを感じる。

 ミリアッド達は目ざましい成長と発展を遂げたらしく、レイを名乗られるまで彼女がミリアッドであることがわからなかった。


 大げさに言っているわけではなく、銀髪をした人間もいるし、髪の色が緑色でもピンク色でも橙色でも特に珍しいことではないのだ。


 本当に普通の人間のようだ。



「聞いてる。名乗る必要は……ないみたいだな」


 政府が自分を野放しにするつもりもなく、更生するまで叉瞳を派遣すると聞いた時は、仕方のないことだと思った。

 どうせこうなるだろうということはわかっていた。

 ただ、不愉快だった。

 一人だけの世界に閉じこもって一切の周りの世界を遮断して生きていきたかったのに、そこに部外者が割り込むのだ。二十四時間、毎日、何年先も。その気持ちは、実際に叉瞳の少女と会っても変わらなかった。


 少女がどんなに美しかったとしても、好みであっても、それくらいでこれからの生活に期待なんかしない。



「本日の予定ですが、徒歩で中央都市まで行きます。片道、三十二分ほどです。さあ、行きましょう」


 そう言って右足を半歩下げて振り返り、少女は五つ目のゲートに向かって歩き出した。





 背後で辻行は、眉を寄せた。

 彼女の振り向きかたは浪勢のものだ。


 叉瞳と浪勢は別の類だと思っていたのだが、回し者かもしれない。


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