九章 命明
ドライアド、と人は命明の事を呼ぶが命明はその通称がそれほど好きではなかった。
木のようにずっとそこにあるという意味と、単純に緑色の髪を現しているのだろうが、命明は自身のことを精霊だとは思えなかった。
命明は、辻行のような不老不死ではないが、通常の人間よりは長く生きる。
根拠はないが、なんとなくぼやっとした感覚で死期を悟っていた。
恐らく、命明の五感は過度に鋭いことも「なんとなくわかる」という感覚を持つ原因になっているのだろう。命明自身その鋭い五感に苦しんでいた。
一日のほとんどを積まれた本の上で過ごす命明は、行儀よく椅子に座ってテーブルに出されたリゾットと匙を持ったまま睨み合いをしていた。
命明は普段、果物以外のものを摂取しない。
その果物も丁寧に洗ったものをほんの少量しか口にしない。
そのせいで随分と痩せているが身長が低いのとローブをまとっている為、そのことを知るものは少ない。体調が良い日も少ない。
そのことを知ったら辻行はきっと怒るだろうと思う。
命明が二か月ぶりに調理したものが食べたいと言ったところ図書館で働いている棗は喜んだ。
棗はここで働くミリアッドで位は高くないが、一週間の内、六日ここで過ごす。仕事の内、半分は命明の身の回りの世話を任されている。
命明は自分で自分のことができないほどの不自由はしていないが、放っておくと何もしないのだ。
朝から晩までずっと本を読み漁っている。
その為、定期的に棗が食事を用意し、風呂に放り込み、就寝の時間を知らせている必要がある。
しかし、棗にとって命明はそれほど世話の焼ける存在でもなかった。
食事は、果物を洗う程度であるし、風呂で背中を流すことも嫌がる。
「もっと色々おっしゃって下さい」
と棗はいつも言う。
そんな棗が張り切って作ったリゾットは、カボチャの甘味を活かしたスープで米を煮て、ごく微量な調味料しか使っていないものだった。
が、ひと匙すくって口に入れて命明は棗がいないことを確認してから眉をみそめた。
口の中に広がる雑味と塩味の強さに耐えきれず、近くのグラスの水を口にした。
普通の人間が食べたのならそれは薄味だがおいしいリゾットであったが、味覚が鋭すぎる命明にとっては強力すぎた。
米の皮のえぐみ、カボチャの皮の青臭さ、出汁の塩気、味覚で感じる全てのものが強烈だった。
命明は目を伏せて、テーブルに匙をおいた。
「……美味しくない」
今日は調子も気分もよかったので食べられる気がしたが、やはり駄目だった。
こんなことなら棗の手間も使った食材も勿体なかったと後悔した。
視覚も鋭く眩暈がする為にかけている度数が合っていない眼鏡の位置を直して命明はため息をついた。




