五章 リンガベル
薄目を開けると、懐かしい顔が覗き込んできた。
「目が覚めたか。リンガベル・レイ」
条件反射的に起き上がらなければと思ったが、体を支えようとした右手の手首から先が存在しなかった。
「ひっ」
思わずリンガベルは声を上げた。
体中が痛い。
どこが痛むかわからないぐらいにどこも痛んだ。
「起き上がらなくともよい。まあ、そう言わずとも不可能だと思うが」
どうやらそのようだ。
力が入らず、起き上がることを諦めてリンガベルはベッドの脇の椅子に座り込んだ吊り上った氷のような薄青い瞳をした黒髪の少女のほうに顔を向けた。
「ヴァン……レイ……」
「ほお。どうやら無駄口は利けるらしい。
安心しろ。
右手のパーツはじきに浮林檎から届く。その必要はないと私は思うがね。今はまだ痛み止めがよくきいているが薬が切れたら舌を噛み千切りたくなるほど痛むそうだ。
数年越しの再会を喜ぶ気にもなれないような話を二つばかり土産に持ってきた」
養成所で姉妹のようにいつも一緒に行動していた。
リンガベルを時には叱り、諭し、またよくできれば褒め、可愛がってくれたヴァン・レイ。
養成所を卒業したヴァン・レイは優秀な浪勢として人間に指示するほど高みをめざし、その地位を勝ち取ったと風のうわさできいてはリンガベルはうれしく思った。
そんな彼女に再会することがあったら、心からの祝福の言葉を伝えようと思っていた。
しかし、訪れた再会の形は最悪なものであった。
ヴァン・レイは養成所で見せてくれていたような温かい目など欠片も向けなかった。
凍てつくような冷たい目で見下ろした。
「さて。本題に入ろうか。
一つ目。リンガベル・レイお前は降格だ。担当の人間、八重辻行の再犯を防ぐことができなかったお前は、叉瞳失格だ。おめでとう、能無しだ。
政府は、ご親切にお前の右手を縫い付けて怪我の回復を待ってから浮林檎に送るそうだ。
まあ……解体だろうな。
で、二つ目。八重辻行は叉瞳の誰かさんを半殺しにした罪に問われ、今は壁にいる。
まあ十年もかからないだろうが、二十戒かもっとだろう」
言葉の最後を待たず、リンガベルは身じろぎし、自らの意思でベッドっから落下し、動かない身体に鞭打って這いつくばり、椅子に座ったままのヴァン・レイの脚に縋りついた。
「そんな、そんなっ。ヴァン・レイ、どうか許して。
辻行は悪くないんですっ。私がやったのに、私のせいで辻行が」
愚かで浅はかなリンガベルはこの事態を想定してはいなかった。
叉瞳が担当に危害を加えたのだから自分は何かしらの罰を受けることは覚悟していた。
その責任を辻行も負うことなど考えてはいなかったのだ。
「造り物の分際で人間を貶めた気分はどうだ? 見損なったぞ、リンガベル・レイ。
お前はいつから気持だけで動くようつまらないレイチャムに成り下がったのだ」
「ヴァン・レイ! やめて! やめるように言って! 辻行は何もしてない、私が私がっ」
縋る左手と右手がない右腕を振り払って、ヴァン・レイは立ち上がって床を這うリンガベルに見向きもしないでドアノブに手をかけた。
「解体され、記憶を失うまで愚かな己を責めるといい。
どうせ解体されたら全部忘れるのだ。……私のことも。認めも許しもしない。
だが、任務を忘れた愚か者のことは記憶の隅にでもおいて時折思い出しては気分を害してやろう。
永遠の別れだ、リンガベル・レイ。……看護師を呼んできてやる」
「ヴァン・レイっ」
無情に閉められたドアの向こうで話声が聞こえ、やがて足音がこちらに向かってきた。
リンガベルは項垂れた。




