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サイ・リンリ  作者: 天宮蓮
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三章 辻行(2)

古雅小町に呼び出され、リンガベルが教室を去った。



壁から外に出てからというもの、辻行が勝手に行動しない限りは「単独行動は許しません」と言わんばかりにどこでもリンガベルはついてきた。


鬱陶しくて仕方なかったそれがいつの間にか当たり前になっていて、見当たらないと辻行のほうからリンガベルを探すこともあるぐらいになっていた。

それがはたして叉瞳と人間の関係として当然のことなのか、間違っていることなのかわからなかったし、誰も教えてくれる人はいなかった。






 二人が一緒に教室から出て行った時、古雅がリンガベルに変なことを吹き込んだり、あるいは余計な過去を話したりしないか心配になる一方で、リンガベルが自分の傍を離れたっきり、戻ってこなかったらどうしようという心配もした。


リンガベルがもしいなくなったら、どうするんだろう。


きっと惜しいと思う、少しは寂しいと思う。

でも、きっとそんな気持ちはすぐに消える。

他の何かで埋め合わせするのかもしれない。

あるいは時間が忘れさせてくれるのかもしれない。


壁の中では一人で生きてきた。

壁から出ても一人で生きていくつもりだった。


十年で痛みにも孤独にも耐えてきた。

最初の頃と比べたら慣れてきた気にもなっている。

リンガベルをもし失うことになってもその悲しみは、既に抉られてでこぼこの辻行の心をそんなには抉らない。








それより今の問題は、真似田と二人で残されたこの状況をどう乗り越えるかである。


この学級での給食は古雅先生が率いてくる調理室で働いている助手ミリアッド達がトレーごとに持ってきてくれる。

といっても、学級にいるのは、リンガベルと辻行、真似田の三人と、古雅先生なので、トレーは四つ。


古雅先生が一つ、助手のミリアッドが器用に三つのトレーを持ってくる。



このミリアッドは給食を作るためだけに作られているので、便利がいいという理由で腕が四本ある。

外見は、リンガベル達と変わらず、人型なのに手がうじゃうじゃ生えているのは気味が悪いと保護者達からの抗議があり、彼は古雅先生に呼ばれた時でしか調理室から出ることができない。




「失礼しマス。きゅーしょくをお持ち、しまシタ」


 ドアをたたく音があり、ゆっくり空いたドアの向こうに例の彼が立っていた。


「ありがとーござマス」


喋り方が下手なところまで正確に再現しながら右手のトレーを真似田が受け取りに行った。


彼は、話し方が上手くない。

片言で発音や区切るところが間違っている。

リンガベルが言うには仕方のないこと、らしい。


彼は、ミリアッドとして下級の五級の作業用で、養成所に通えなかったのか、あるいは通っていたが途中で落第したかのどちらかなのだと。

ゆえに彼は養成所で習うはずの学問もきちんとした日本語もまともに知らないのだとも。





養成所に落第があるのか、と尋ねるとリンガベルは当然のように悲しい事実を教えてくれた。


ミリアッドの五段階に分けられる階級は、一年ごとに更新される。

年に一度、階級試験があり二日間かけて、体力、学力、対応力等、二十項目の能力を実技と筆記を混ぜてテストする。

その結果で今年度の階級が決定する。

その中で能力が五級だと判断されれば、その場で養成所を落第になる。

育てる価値がないと。


五級にいるミリアッドは雑用としてこき使われるか、自力で能力を身につけ階級試験に臨んで昇格するしかない。






「今日は二人分しかないのか?」


 左手のトレーを受け取りながら尋ねる。


「せんせーが、ふたつ、といいマシタ」


古雅のことだ。

古雅はどうやらリンガベルと一緒に他の場所で食事でもするのだろう。

辻行は少し困って頭を掻いた。


給食もこの教室で食べるつもりではないというなら給食の時間が終わる頃まで帰ってくるつもりはないらしい。

これから丸々一時間、二人でいろということか。



「ありがとう……と。そういえばまだ聞いてなかったな。お前、名前はなんていうんだ?」


「……レスモンド・ロン。デス。では」


そう言って、くるりと振り返るとレスモンド・ロンは調理室の方向へ戻って行った。


一年生の廊下を歩くとき、レスモンドは二つ目の両腕を長いエプロンの下に隠した。





 その時、辻行は何かどす黒い闇を見た気がした。



レスモンド・ロンには腕が四本ある。

それは調理する時に便利だから四本の腕を持ったミリアッドとして作られたからだ。


それだとおかしいんだ。


全てのミリアッドは浮林檎で作られてから、養成所に通う。

そこで階級試験を受けたレスモンド・ロンは、落第して五級の作業用のミリアッドとなった。


養成所に通えないミリアッドというのは、ごくわずかしか存在しない。

ミリアッドとして生まれながらも、育てる価値がないと浮林檎から養成所に入るまで間に判断されたミリアッド達。

ミリアッドは、浮林檎で作られ、その日のうちに養成所に行く。

外見年齢は作られてから死ぬまで同じなのだから人間のように成長を待つ理由はない。



どちらの人生を歩んできたとしても謎は残る。


なぜ、レスモンド・ロンには最初から腕が四本あるのだ。




どうして今まで教えられてきたことを鵜呑みにするだけで考えようとしなかったのだろう。

考えればわかったはずだ。




 養成所に通えないミリアッドは存在しない。



そんなミリアッドがいるわけがないんだ。

ミリアッドとして生まれ、成長する必要がないと養成所で作られてすぐわかった出来損ないのミリアッドをそのままにしておくような優しい国ではない。


又、生まれながらの作業用のミリアッドなんていうものは存在しない。


雑用だけを引き受ける五級ミリアッドは存在しない。


すべてのミリアッドは養成所に通うのだから。

落第しようと、昇格しようと養成所に通ってからの話だ。

だとしたら、なぜ作業用のミリアッドがいるのか。


どこから彼らは出てきたのか。

人間が快適に生きる為に日々、身の回りにいる清掃用のミリアッドは、雑用を引き受けるミリアッド達はどうやって作られたのか。




 解体(リサイクル)しかない。



解体をされるのは、人に害を及ぼすと判断された能無しと呼ばれるミリアッド達だと聞いていた。

能無しは、解体され、新しいミリアッドとして生まれ変わると教わった。


しかし、新しいミリアッドが作られるなら、そのミリアッドは養成所へ行く。

その繰り返しをしていたのなら、いつまでも作業用ミリアッドは存在しない。



つまり浮林檎は、能無しだけではなく、階級試験で五級になったミリアッド達を五級になったと判断した時点で、能無しと同様に解体し、新しいミリアッドとしてではなく、雑用だけをさせるための作業用ミリアッドとして作り変えて世に送り出している。


こうして四本の腕を持つような五級ミリアッド達が作られる。

きっと彼らは気付くことができない。

そんな仕打ちをしたミリアッドの記憶を解体以後も残しておく必要はない。



ミリアッド達は解体について嫌な感情は抱いていない。

解体されてもいいやなどといういい加減な気を起こす者はおらず、懸命に人間に尽くそうとした結果、自分の力が及ばなかったので解体されて新しいミリアッドとして人間の役に立ちたいとすら思っているのだ。

解体された先で作業用として作り変えられることも知らずに。



それでも、彼らは作業用として人間の役に立てるなら、なんて言葉を当然のように言うのだろうか。




だとしたら、あまりに酷過ぎる。



「八重君、食べよう。美味しいもの食べたらきっと元気になるよ」


 何かを察したのか、真似田は古雅の言葉でささやいて、背中をさすった。


辻行はよろけながら席についた。


学級では、給食の時間は全員の机をくっつけて食べる。

全員といっても生徒三人と古雅だけなのだけど。


「生き物に感謝! いただきます」


 机をくっけた場合、隣になる席に真似田は座り、誰の真似か見当もつかない口調を真似て合掌した。


この社会の闇を知ってもなお、おいしく食事ができるほど辻行の神経は図太くないが、ここで給食を残しても社会のなにも変わらない。


ただ、トレーをさげにきたレスモンド・ロンが作った料理を残されて悲しい気持ちになるだけだ。

であれば、辻行にできることは目の前の給食をちゃんと食べることである。


「いただきます……」


 静かに手を合わせてからパンをちぎって口に入れた。




辻行の食は、年頃の少年の体に対して細い。

すぐ満腹だと感じるのに、その満腹感に至ることを酷く嫌っていた。

その理由リンガベルは知らないが、一緒に暮らして二、三日で適切な量を判断して、それ以後は物足りなくもなく、嫌な満腹にもならないぐらいの量の食事を出してくれた。


それに比べると、学校の給食は量が多く辻行は四割を食べきれずに残していた。

いつもなら、それを横からリンガベルが食べてくれていた。

リンガベルは残すのは失礼だからとその理由を話す。


男である自分が、リンガベルより食べられないということを辻行は内心、恥じていた。

それでも残すよりはいいと思って好意に甘えていた。




しかし、今日は違った。


残りを食べてくれるリンガベルがいないということよりも、辻行は今日だけは残さず全部を食べたかった。

それだけでしかレスモンド・ロンに感謝を示すことはできないから。





 満腹感は、半分を食べた頃からやってきて七割を食べた時には強く感じた。


辻行自身、食が細い理由を曖昧には記憶していた。

曖昧でしか思い出せなかった。

あるいは、思い出したくないと必死で目を逸らしてきたのかもしれない。



だが、辻行の努力は結果としてそれを鮮明に思い出すことになった。



『辻行。食べて』



ふと、頭の中に言葉がよぎった。

女の人の、嬉しそうな声で。


『食べて。これも食べて』



 満腹であることを訴えても突き付けられる匙。


 匙いっぱいにご飯をよそって微笑む、あれは母さん……。




脳裏に蘇るいつの日かの食事風景。


辻行の母は、頬がこけていて髪に艶がなくて不健康そうな顔をいつもしていた。

仕事帰りに病院を探し回っている父の帰りは遅く、夕飯は母と辻行の二人だった。


二人で一緒に食事をしていたわけではなく、痩せ細った母が一方的に辻行に食事を与えるだけで、母の分の匙はなかった。



母の溺愛っぷりはすさまじいもので辻行が八歳になっても幼児用のクッションに座ると音がなる椅子に座らせていた。

いつまでの華奢で小柄な辻行は幼児用の椅子でも窮屈ではあったが座れないことはなかった。


さすがに八歳の子供に前掛けをつけさせるような可愛がりかたはしていなかったが、母は匙で一口ずつ食べさせることにこだわった。

母は料理がうまかった。

多すぎる量の手料理を何人前も作り、その全てを辻行の口に運んだ。



 えずく我が子を見てもなお、匙を押し付けて微笑む母は狂っていた。







「うっ」


口を覆った辻行は、教室を飛び出して同じついたての中にあるトイレに駆け込んだ。



個室のドアを開け放つと、涙ながらに嘔吐した。




『全部食べて。辻行』


 悔しくて悲しくて申し訳なくて涙がこぼれた。


 レスモンド・ロンに心の中で何度も詫びた。





「はぁっ……ううっ」


 吐き終えても便器にしがみ付いたまま動けずにいる辻行の背中をさする手に、驚いて振り向こうとする辻行にその手の主は言った。





「振り向かなくていい。全部吐いて楽になれ」



それは一体、誰の真似だ。

真似田。


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