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サイ・リンリ  作者: 天宮蓮
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三章 リンガベル

リンガベルには個性があまりなかった。



それがこの世に作り出されてから今に至るリンガベルの悩みだった。


ミリアッドは作られる時点で、容姿は決定されていて、それは保つべきだとされ伸びない髪を無理やり切ることをミリアッド等はしない。

人間のように身長が伸びることもなければ、体重が増えることもない。

よっぽど酷い環境下におかれなければ、ミリアッドが大きく容姿を変えることはない。


酷い環境下というのは、保つための手入れができなかったり、人間の力によって髪を切られたりする環境が挙げられる。



一方、性格については成長することも後退することもできる。

ベースとしての性格は存在するが、多くは養成所で生活していくうちに、自身で性格を形成する。

何に関心があって、何を勉強したいと望み、将来何として人間の役に立つか、全て自分で考える。

教師や、友人に影響を受けたり、性格を形成する過程は人間とたいして変わらない。




リンガベルの悩みは、その過程で得た性格が一般的なことであった。

平たく言うなら、ごく普通であった。


普通というとらえ方は、人によって異なる。

自分が普通だと思うことも相手には普通だとは限らないこともある。

リンガベルにとって普通だと思っていても受け取る側の人にとっては異なるかもしれない。


しかし、ここで問題となるのは、リンガベル・レイはリンガベルにとって普通だと思っていることだった。ミリアッドとして作られた時にベースとしてあった性格のままだと感じていた。




友人のレナベル・レイは明るく社交的で口調も幼く甘ったるいような話し方をしていた。

かつての面倒を見てくれた上級生のヴァン・レイは、物をはっきり言う、そのサバサバっとした性格は他のロン達より、男気を感じさせた。




周囲を見渡すと、どのミリアッドも自分があり、個性があった。

話し方を変えようとしても、結局はベースとして設定されているですます調に戻っていた。


特に怒りの沸点が低いとも高いとも思えない。

嫌なことをされ続ければ腹を立てるし、いきなり激情するような地雷もとくにはない。

優しくされれば嬉しいし、酷いことを言われれば泣くことだってある。



特に、これといって好きなものはない。

紅茶も花も洋服も嫌いではないが、こだわるほどは好きではない。

好きな色もない。

何色だって好きでも嫌いでもない。


しいて言えば、自分の髪の色である銀色は少し気に入っているぐらい。

好きな食べ物も食べられないほど苦手なものもない。


変わった口調もない。

珍しい特技もない。

のめり込む趣味もない。


できない事も挑戦してみれば、まあまあだろうなという位はできる。

それ以上極めたいとは特に思わない。

そのせいか、人よりこれができるということは少ない。

唯一、あるとしたら養成所時代の成績はよかった。





 命に代えても守りたいのは八重辻行だが、それは与えられた任務であって別に辻行が好きなわけではない。


 私には、何もないのか……。


 リンガベルは、隙間風が吹いているような心に手を当てた。







「八重君は……歳をとらないと聞いていたけど、十年ぶりに会ってこんな気持ちになるんだね。……頼もしかった背中がだいぶ小さいや」


初夏の日差しを眩しそうに右手で遮りながら、古雅先生は話した。


学校の中庭の同じベンチに腰掛けながらリンガベルはもらった缶コーヒーの中身を揺らした。

中庭は人工的に造り出された木で覆われているがベンチの場所はそこから外れていて、冷たかったアイスコーヒーはあっという間にぬるくなった。




「そうなんですね」


話を聞いてなかったことを悟られないようにリンガベルは会話がおかしくならない相槌を打った。


学級で給食の時間が始まる頃合いを見て、古雅先生はリンガベルを呼び出して、中庭に連れてきた。




十年間、閉鎖された空間で生きてきた辻行は知らないが、ミリアッドは改良されて食事を摂取する必要がなくなった。

自らを動かすエネルギーを一年に一回、浮林檎に行って補充してもらう必要があるが、人間と同じように食物を食べる必要はない。


かつて、ミリアッドのエネルギーは食物の栄養を体内で変換することで生み出されていた。

しかし、食糧がこの先、永久に採れるとは限らない。

問題が起きて食糧難に陥った時に、人間の食べ物をミリアッドの為に消費することはできない。

問題が起きなくとも、限りある資源を極力ミリアッドには使わないことに政府は決定し、そのための開発を浮林檎に命じた。

数年かかって見事、浮林檎はそれを実現した。




 辻行と一緒にリンガベルが食事をとるのは、その発明を知らない辻行に合わせて食べているだけであった。

辻行に本当のことを伝えるべきだと思っても、辻行と一緒に食卓を囲むことはリンガベルの楽しみの一つでもあったし、今更、その事実を伝えたら辻行がどんな顔をするのか想像したくなかった。



ミリアッドにも味覚はある。

コーヒーの苦さもわかる。

古雅先生がリンガベルに缶コーヒーを奢ったのは、ミリアッドにとって食べ物は趣向品であるからだった。

栄養にはならないが、おいしく感じることはできる。

現に、コーヒーの苦さを舌で味わい、冷やされたものが喉を通る爽快感もリンガベルは楽しんでいた。




「あなたは、彼が何の罪を犯したのか知っているかしら?」


「辻行に最初に会った日に、一人殺したと言われました。今まで一緒に暮らしていて、それは確かだと感じました。辻行の背に負っているものは一人分の命の十字架です」



「一人殺した、と言ったの?」



古雅先生は、変なところで言葉を繰り返した。

リンガベルは少し不思議に思ったが、言葉をそのまま言ったわけではないので、そのせいだと納得した。



「『君みたいな可愛い子を一人殺したんでね』と、辻行は」



「なるほど……なるほどね」


「ホーリィ、を知っているんですか?」


うんうん、と頷いていた古雅先生はその名前を聞くと動きを止めた。

しばらくして晴天の空を見上げた。


「彼女の存在は知っていたよ。八重君がよく話していたからね。でも私は一度も会ったことはない。二人は浮林檎の集合住宅で暮らしていたの。どうも彼女はそこから出ることを一切禁じられていたみたい。その理由も私は知らない……かな。参考にならなくてごめんね」


「いえ。とても参考になりました」



 

無風先生に遮要壁に入る前の辻行が被験体として身を売って浮林檎で暮らしていた話は聞いていた。


浮林檎の多くの研究員は住み込みで働いている。

研究員の為に用意されているのが、浮林檎の一角を裂いて作った集合住宅だ。



しかし、それは不自然な話だった。そこに住むのは、あくまで研究員達とその家族だ。

辻行の両親はずっと前に亡くなっていることを本人から聞いている。

そもそも、両親を亡くして自力で学校に通うために浮林檎に身を売ったのだから両親が浮林檎の研究者だったということはあり得ない。


被験者として浮林檎にいた辻行の為に特例として、集合住宅の一つを分け与えたのかもしれないが、疑問として浮き上がるのは、なぜ少女とそこに住まわせる必要があったのか、だ。



被験体として浮林檎にいた辻行とホーリィという名の少女をわざわざ共同生活させるのだから、それが何かしらの実験だったという可能性が高い。


実験であるのなら、一般の研究員と同じ集合住宅に住んでいたというのはおかしい。




それらが導き出す答えは、集合住宅に二人は住んでなどいなかったということだ。


別の場所にいる二人をあくまで浮林檎に住んでいるのだと偽る必要があり、古雅先生にそれを教えた誰かがいた。





「八重君は、確かに命を奪った。その罪は取り返しのつかないものだわ。

私はホーリィをよく知らないからこんなことが言えるのかもしれないけど。生き地獄のような遮要壁での十年がどんなものだったのか、八重君の死んだようなあの目を見たら少しわかるわ。

ううん、わかるなんて言っていいものじゃない。

でも……償って許されないのなら、許されることがない罪ならば、彼は何のために生きるのかしら……」



そういって古雅先生は空き缶を持つ手に力を入れた。

リンガベルは恋をしたことがない。

恋がどういうものなのかもしらない。

けれど、古雅先生は本当に辻行の事を大切な人だと思っていることはわかる気がした。




だからこそ、辻行の未来の可能性の一つが潰されようとしていた時に、古雅先生は名乗り出た。

他の教員や保護者の反対を押し切って、自分の学級に引き入れる為に声を大にして抗議した。




「リンガベル・レイ。あなたには、彼がどうみえる?」



「私は……ミリアッドの一人に過ぎませんから。私が意見できることではないです」


「そう。謙虚なのね。それとも卑屈なのかしら。じゃあ、そのミリアッドごときのあなたにはどう見えるのかしら?」



「……ミリアッドでもわかります。彼は努力をするべきです。

大勢の人間が彼を天秤にかけました。そして判断をしました。

彼はもう一度、努力をするチャンスをもらったのです。

だから、壁から出て、彼はここにいるのだと私は思っています」




 じりじりと照りつける太陽の中、目を細めながら古雅先生は頷いた。


「そうね」


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