夢のようなはなし
ふわっとゆるゆる話です。実は中身のない散文が好きなのです。
社会人2年目。小さなベンチャー企業の契約社員。
正直、懐はいつだって寒いし、忙しさにかまけて自分が女だってことも忘れる勢い。
色恋のいの字もない。あるはずもない。ビビるぐらいない。なんなら経験もない。
そんな私だが、何故か頻繁に見る夢がある。
見慣れた自分の部屋のベッド。ぐっすり眠っていると私より20cmは大きいだろう、なかなかの大男が私のベッドに潜り込んできて、チューしてくるのだ。顔はぼやけてよく見えないが、チューされてるのだ。
それもただのチューじゃない。鼻から入って、顔中吸い上げられるんじゃねえかという濃ゆいやつ。
最初見たときは自分の欲求不満が原因だろうと思いすごくゲンナリした。
二回目に見たときは、会社で口を開けば私を罵ってくる先輩が「夢なんて脳が記憶を整理してるだけ」と入社して初めてぐらいな有益な情報をもたらしてくれたので、自分の記憶を辿ってみたが、自慢じゃないが男性経験は皆無だし、少女漫画も好きだけど、最近は忙しくてすっかりご無沙汰だった。つまり、思い当たるような記憶がない。
三回目に見たときは夢占いをしてみた。恋人と出会う準備ができたとか、今後の出会いを予言しているらしい。へえ、と思わなくもなかったが、正直そんなもん求めてないし。大体、占いだし。と全く相手にしなかった。
そして、四回目に見たとき。流石に身体も慣れて、始まった瞬間には「あ、これ夢やん」と明晰夢状態。無駄に疲れて頭から離れなくなるだけの夢を終わらせてみせようといつも通り私の鼻に向かってきたボヤッとした顔を思いっきり押しのけて背を向けて眠ることにした。なんだがドンガラガッシャンとすごい音したけど眠いしどうせ夢だからシカトをする。丸くなるとすぐに視界も暗くなって、眠っている夢の中でぐっすり眠るというなんだかよくわからない感覚に陥りながら深い眠りに落ちた。
で、だ。今。
いつも通り朝6時に目が覚めた私の真正面にやけにたくましい胸板があって、体に締め付けを感じるのは一体なんなんだろう。攫われたのだろうか、と思いベッドを見るけど、そのピンクチェックの学生みたいなシーツも、毛玉のついたタオルケットもどう考えても私のだから部屋なのは間違いないと思う。ベッドごと移動されたという状況もありえなくもないけどホールドされた腕のせいで動けない。というかこいつは誰だ。
「ん…あ、おきた?」
目の前の、兄と父以外では初めて見た男性の乳首(なんだか綺麗)をガン見してたら上から声が降ってきた。見上げるとイケメン。まあ、イケメン。オシャレパーマな大男。おそらく180cmはあるんじゃなかろうか。というかこいつは誰だ。
「…あの、どちら様ですか?」
眠気と驚きで呆然としたまま、枕から頭もあげることなく呟くと彼はイケメンのまま不敵に笑ってみせた。
「そして、そいつが家に居ついちゃってですね」
「ん? なんでその流れでお前同棲してんの?おかしくね?バカなの?しぬの?」
「そんな怒涛の悪口言われるとは思いませんでした」
忙しすぎる日々で交友関係がまともに無い私が、普段話せて相談できる相手は残念なことに口の悪いこの先輩しかいない。先輩は趣味の悪いピンクのメガネをグイッと押し上げると、「いやーサトリ世代っておっとろしい!!」と大声を出して上司に睨まれた。当たり前だ。
「なんか、甲斐甲斐しく料理とか作ってくれて待ってるんですよね。例のエプロンつけて。私が鍵ガチャガチャすると音でわかるらしく、玄関先で両手で迎えて来るんですよ。で、ジャケットとかあれよあれよと回収されて、椅子に座らされて美味しいご飯食べるだけなんです。毎日」
「例のエプロンって、例のアレ?」
「はい。先輩が私の誕生日にふざけてくれた、フリルエプロン」
「うっわ、なにそのイケメンちょっと気になる」
「ぜってー頭おかしいか病気だけど。イケメンってだけで爆発すればって思う」とキーボードガチャガチャ言わせながら先輩がボヤく。この人のすごいところは何をしてても、何の話をしてても悪口がノンストップなところだ。まあ、ボヤきたくなる気持ちもわかる。先輩の勤務成績は通常の2倍ぐらいである。つまり人より2倍仕事をしている。
「よろしければうちにきます?」
「いくわけないだろ。馬鹿か。お前も流されるのはいいけど身を守れよ?? これ以上うちの部署人減ったら俺死んじゃうから」
ほっといても過労死しそうな先輩の顔を見て、そういや昼間あの人何してんだろうなあ。とか考えた。
「お兄さん、お兄さん。今更ですがご職業は?」
「え、俺に興味持ってくれてるの? 嬉しい」
夕食を食べながら、(今夜はブリの照り焼き。勿論エプロン着用)奴はニコニコと嬉しそうに笑う。いや、答えになってないし。
「え、じゃあご趣味は?」
「なんかお見合いみたいだね!好きな女の子の世話をすることです!!」
「………」
「え、引いてる? ごめん。なんかごめん」
会話が成り立たない。いつものことなのだが。
私も段々と言及するのもめんどくさくなり、流されて、彼はニコニコと嬉しそうに甲斐甲斐しく私の面倒を見る。そして、気づけば一緒の布団で眠り、朝を迎えているのだ。
素性を知らない人との生活は確かになんか気持ち悪いが、それ以上に居心地が良く、なんだか許してしまっている私がいる。なんだかんだ私も彼のことが好きなのかもしれない。見た目は好みだし。
「俺はお前のそのゆるっと感が本当に怖いよ…若者やだよ…気づいたら死んでたりすんなよ…?」
「先輩に心配されても気持ち悪いだけです」
「素直すぎだろやめろよ」
私は、今も夢を見ているのかもしれない。夢の延長戦のような現実に頬をつねりながらも、私は彼が作るご飯のことを今から考えてしまうのだ。
再構成してちゃんとストーリーに書けたらいいなと思いつつ。夢は実際に私が見た夢を参考にしています(爆)