閑話休題(ある日の守衛室)
「私は草薙利。内閣府管轄【守衛室】に所属する【土】の印持ちです」
言い終えて眼鏡をくいっと上げる。
「ど、どうした利坊! ? 急になに言い出すんだ? 」
早川庸がいきなり自己紹介を始めた同僚に驚いて問いかける。
「いえ、なぜか今言っておかなければ忘れられてしまうような気がしてつい……驚かせてしまい申し訳ございません」
ピシッと踵を揃えて深々と腰を折って謝る。
「ふむ。それについては俺も同意見だな……よし、今回は俺がお前を拾った時の話でもするか」
ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべて庸が言う。
「その節は大変お世話になりました」
先ほどの姿勢を崩さず腰を深く折り、また深々とお辞儀をする。
「くっくっく。お前さんのそれも慣れると面白いがな、そう言うのは今回は無しだ。楽にいこうぜ」
手をヒラヒラと振りながら言う。
「わかりました。では、ラフに……失礼します」
「くっくっ。もうそれでいいよ。まさかあの泣く子も黙る草薙の剣が、サラリーマンやってるなんてあの頃を知っているやつは誰も思わないだろうな? 」
「そうですね。夜魔駝乃悪呂血のメンバーはみんな血の気が多かったですから……。他のチームの奴等と目が合おうもんなら、即血祭りでしたからね」
笑いながらさらっと不吉なことを言う。
「ぶははははっ! それだよそれっ! いや、実際俺がボコボコにしなかったら、お前悪忍になってただろうな? ヤマタノオロチぶっ潰して、草薙の剣を手に入れた俺は、スサノオノミコトってか? 」
「庸さんにやられた後【いつまでもくだらねぇことやってねぇで、真面目に働け】ってぶん殴られて、こんな自分が働くとこなんかないと思っていましたけど……庸さんが後見人になってくれたお陰です」
「はっ! 本当にダメなやつってのは目が死んでるんだ。お前はどんだけ殴られても、目はずっと俺を睨んでた。死んでるやつは目の前の現実から逃避するんだ。お前は死んでなかったよ」
「まぁその後出世したのはお前の実力だ。俺の目利きは間違ってなかっただろ? 」
笑い皺が刻まれた目を指して言う。
「庸さんに後見してもらって半端な事出来ませんからね。バカなりにガムシャラ頑張りました」
照れ笑いをする草薙。
「へぇ~利くん昔は悪だったのね? こわ~い~」
キャーっと言いながら兼光八代が話題に入ってきた。
「八代さん。自分はあの頃でも女性に手をあげたりはしませんでしたよ。女性に手をあげた男は二目と見られない顔にしてやりましたが」
「武勇伝? そう言うのは女の子の前では言わない方がいいわよ~」
口でチッチッチと言いながら人差し指を振る。
「……言いませんよ……」
小バカにされたようで少しふてくされる。
「くっくっく、八代。その辺にしとけ。男をいじめちゃいけねぇよ。男も女も引き際が肝心だ」
「はーい。利くんはもう少し若ければうちの娘の旦那に欲しかったんだけどね~。もう子供生まれるんでしょう? 」
「はい。昨日で33週ですからもうそろそろだと思います」
「妊婦懐かしいなぁ~奥さん大事にね! じゃぁ私はこの辺で失礼~」
入ってきたときと同様さっさといなくなってしまった。
「……子供の名前、決めた、の? 」
ボソッとした声で問われる。
「伊吹さん。まだ決めきれなくて……意見聞いてもいいですか? 庸さんもお願いします」
穏田伊吹はコクりと頷き、庸はおうと頷く。
「女の子なんで、海、風、光のどれかかなと」
「「……それ、なんて魔法騎士……」」
伊吹と庸が完全にシンクロした。
「え? マジック? なんですか? 」
本人は気付いておらず真面目に考えて出来た候補らしい。
「利坊……お前は凄いよ……」
ウンウンと言いながら肩に手をやり温かい眼差しで遠くを見つめる庸。
「……キラキラ、は、いくない」
と言いながらやれやれとため息をつく伊吹。
いまいち状況が飲み込めない草薙を置いてきぼりに、今日も守衛室の一日が始まる。