真実(前)
【来たか】
約束の日に件の場所へ着くなり【シロ】の声がして勢いよく水が出てくる。
解っていても水道が壊れたとしか思えず少し焦る。
水はとぐろを巻きながら徐々に実体化していき、頭には角のような王冠をかぶり、金銀の刺繍が入った着物を羽織った大蛇が現れた。
「約束だからな。しかし、その登場のしかたはなんとかならないもんかね」
【お前の力が強くなれば、水を介せずとも顕現出来るんだがな】
「俺のせいかよ……まあいい。まずはそちらの話を聞こうか。俺の質問にはその後答えてくれるんだよな? 」
納得いかないが話を進めるためには後回しだ。
良いじゃろうと言った後に
【まず結論から言うと、お主にはこれからオニ退治に行って貰う】
また突拍子もないことを言い出しやがった。
「鬼退治? 吉備団子作って犬猿雉でも仲間にして鬼ヶ島に行けってことか?」
呆れながら苦笑いして言う。
【まぁそんなところじゃ】
「そんなところって……冗談でも笑えないな」
少しムッとして言い返す。
【冗談ではないから笑わなくてもよい。まぁ最後まで話を聞け】
反論しようとするが先回りして止められる。
【二〇二〇年の大地震があったじゃろう。あれはオニの……オニたちの仕業じゃ。奴等はお前のように体の何処かに字を宿しておる】
「なんだと……? 」
【この字はかつて忍と言われた者達に受け継がれた秘術でな。生まれたばかりの赤子の臍の緒から採ったさい帯血を使い、体の何処かにその子の名が属する字を書き入れる。元服までに悪しき兆候が見られなければ、その子の字の力を目覚めさせ能力の修行にはいる】
ここまではいいか?と目で問われる。
「ちょっと待ってくれ。忍って忍者ってことか? 伊賀とか甲賀の? それがなんで鬼退治に? 」
【伊賀や甲賀というのは忍の一族の末裔じゃろう。その認識でよい。なぜオニ退治かと言うとオニもまた忍の一族での。先ほど言った元服の意味は解るか? 】
「確か昔の成人式だよな? 年齢は十五だったか? 」
【大体あっておる。時代によって異なるが、女子は十一で男子は十三が忍の元服じゃ。おなごに比べておのこは精神的な成長が遅いでな】
いつの時代もそれは変わらないのだろう。
女の子に比べて男の子は身体的変化が少ないので実感しづらいのだろうか。
しかし女の子の元服というのは初めて聞いた。
【元服までに悪しき兆候が見られなければ、その子が生まれたときに施した字の封印を解いて力を使う修行を始めるのじゃが、いつの頃からか元服後に力を御しきれず、悪に落ちる者が出てきたのじゃ。それが先ほど話した悪忍と言うわけじゃ。】
【字は一種の呪でな。臍の緒というのは母と子の間に出来た最も原初の繋がりじゃから、母親の影響がどうしても強く出る。術を施すのは父親じゃし、その際に父親の血も混ぜるのじゃが、十月十日毎日繋がっていたものじゃしな】
「それの何がいけないんだ?」
【何事も過ぎるというのはあまり良くない。母親と言うのは子に対する想いが強く出過ぎる場合がある。一時的なものであれば気にするほどではないが、長期的に偏った方向に意識が行き過ぎると、字の呪に悪影響を与えてしまう様なのじゃ】
そういうものなのかと思い先を促す。
【まぁ簡単に言うと過保護な親のせいで、子供が充分に修行できず、力が暴走して悪忍になると言う悲しい結末なんじゃが、暴走して悪忍になってしまうと、理性的な行動ができなくなる。じゃから他人を傷つけることを躊躇わなくなってしまう。そうなってしまってはもう人として生きて行くことは出来ぬ】
じゃから、人として眠らせてやるために悪忍を討つのじゃよ。と少し悲しそうな声が響いた。