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異変

ピチョン……


静かな暗闇の中に水が滴る音が聞こえる。

手洗い場の水道の締りが悪いと職員から修理依頼が来ていたことを思い出し、見回りついでに現場を見に行く。


「夜の建物の中ってのはなんでこう不気味かね……」


つぶやくも返事は無い。もとより期待していないし一人なのだから当然だ。返事があったほうが怖い。

非常口の緑の光が余計恐怖心を煽る。しかし、仕事は仕事だ。

手に持った全周囲型高輝度LEDライトの光量を上げて廊下一面を照らす。

LEDライトというのは二〇一〇年頃に急速に一般社会に普及した。 当初は値段も高く、スポットライトの用途には向いていたようだが、電球のような使い方が出来るまでにはずいぶん掛かったようだ。

今は全周囲型といって光源から半径一、二メートルほどであれば真昼並みに照らせる物も出来ている。

技術の進歩はすばらしいものだ。と感心しているうちに現場に到着した。


ピチョン……


やはりここのようだ。肩についたホルダーにライトを挟み手洗い場に入る。


殆どの手洗い場はセンサーオートになっており、蛇口を回すタイプはこの建物に無い。

基栓が緩んでいる可能性もあるので、洗面台の下を開けてみるとそこには……


何もなかった。


「そりゃそうだよな……」


と胸をなでおろしたのも束の間、


【何がそりゃそうなんだ? 】


低い掠れた男の様な声が聞こえた


「っっっ! ? 」


叫びだしそうになって目の前の鏡を見ると制服姿の自分が映る。

肩に挟んだライトが反射して眩しい。

前後左右を見るが何もいない。

鏡の中の自分は相当焦っているのだろう。

(しき)りに唇をなめている。

その仕草を冷静に観察していることに気付くと同時に理性らしきものが芽生えて何とか叫ばずに済んだ。

この間、約二秒だ


「なんだ今のは? 誰かいるのか? 出てこい! 」


恐怖を押し殺してライトの光量を目一杯にあげ暗闇に問いかける。


【……つまらんやつだな……】


先ほどの声が聞こえたが姿は見えない。


「どこにいる? 隠れてないで姿を現せ! 」


【見えないものは怖いか? どうして姿を見せることに(こだわ)る? 】


どうしてだと? 見えないものは怖いに決まっているだろうが!

と思ったが口には出さない。


しかし、よくよく考えてみると見えない相手と会話をしているこの状況も相当おかしいが、普通に会話をしている。


【ほう……雰囲気が変わったな。無闇に恐れるのはやめたのか? 】


「いきなり襲いかかってこないって事は敵意があるわけじゃないんだろう? 」


そう思いたい半分。冷静な自分が半分。


【なるほど。若造にしては頭が回るようだ。特別に姿を見せてやろう】


結局見せるなら最初から隠れるなと心のなかで毒づきつつ構える。

声の主がそういうと同時に目の前の蛇口から水がほとばしり、目の前でとぐろを巻き始めた。


水が徐々に形を整えていくと、そこに現れたのは白い大蛇だった。

天井すれすれまで高くとぐろを巻きつつ上から見下ろして、舌をチロチロ出し入れしている。胴回りは私の胴よりも太い。

しかも、頭には角の様に両サイドが長くなった王冠を乗せ、金銀をあしらった豪華な刺繍が施された着物のようなものを羽織っている。

洋風の王冠と和風の羽織がひどくミスマッチな感じがする。


【さて若造 私がなんだかわかるか? 】


大蛇がしゃべっている。口が動いているのではなく頭に直接響くような声だ。


「蛇だな」


【・・・】


不満そうに目を細める蛇の周りに黒いオーラが見えたような気がしたが無視した。


「蛇じゃないのか? 」


それ以外に言いようが無いのでもう一度確認する。


【お前がそう思うならそれでいい】


明らかに違うが、説明するのが面倒だと言わんばかりの口調だ。


【さて、タツミマモルよ。お前の手の甲に浮き出た(あざ)の意味は聞いているな? 】


(あざ)の意味? なんだそれは? 俺に治癒の力があるって事か? 」


【そうではない。それは水の印から漏れ出る力のカスの様なものだ。ライゲンから聞いておらぬのか? 】


「ライゲン? 龍海雷元のことか? うちの曾爺(ひいじい)さんの名前がなぜここで出てくる? 」


質問に質問で返す形になってしまったが、意味が分らないので仕方ない。

だが、目の前の蛇にも予想外の回答だったらしく、更なる問いかけ


【……雷元は今どこにいる? 】


上をさして言う。


「曾爺さんは二十年ほど前に死んだぞ? 今時珍しくもないが百歳の大往生だった」


【! ! ! ! ! 】


蛇の口があんぐりと開いて本気で驚いている様子が伺える。

とてもシュールな()だ。


曾爺(ひいじい)さんに用があったのか? だったらあの世とやらに訪ねて行ってくれ。じゃぁな」


【ま、まて! ? 今は何年だ? 】


「今はグレゴリオ暦で二〇三九年 和暦で仁久(じんきゅう)十九年だ」


【二〇三九年だとっ? ! まさか……いや、寝過ごしt……】


蛇が汗をかいてあたふたしているという本日二度目のシュールなシーンを目の当たりにして何とも言えない気持ちになる。


ん? 寝過ごした? 聞き捨てならない台詞が出た気がする。


【雷源の息子がいたな……名は確か……風雅だったか? あやつはどうしている? 】


再び黙って上を指す。

顎が床までつこうかというほど外れる。

あ、こいつ面白いな。白蛇だけに面が白いってか? はは……等と冗談を言える雰囲気ではなさそうだ。


「爺さんは震災で死んだよ。子供を助けに行って、自分は間に合わなかったらしい」


あのとき、誰もが自分の事で精一杯だったが、そんな中でも他人のために命を懸けた人達もいた。

爺さんはそっち側の人間だった。

今にして思えば誇らしくも思えるが、身内を失った悲しみというものは当時中学生の子供には中々受け入れられなかった。


【居ないものは仕方がない。マモルよ。二十年前と言ったかな? 大地震があったじゃろう】

「あぁ。正確には十九年前の二〇二〇年だ。」

さらに言うと午前二時二分二秒だったらしい。オカルトマニア達が一時盛り上がっていた。


【その印はその時に出てきたもので間違いないか? 】


「違うな。これは二年前の誕生日に出てきたぞ。」


正直に言う。


【真か? うーむこれはどう言うことじゃ】


蛇だから語尾が「じゃ」なのか? とツッコミたいがここは我慢だ。


「どう言うことかはこっちが聞きたい。知ってることがあるなら教えてくれ。」


こいつなら詳しく知っていそうだ。折角だから知っていることを全部吐かせてやると意気込んだところで


『ガガッ……ピー……うぶ……大丈夫ですか? 応答してください……』


無線から草薙の声が聞こえる。


「あーすまん。俺も色々と聞きたいことがあるんだが今は仕事中でな。とりあえず水漏れの原因があんたってことなら、止めてくれないか?」


【うむ。私の影響もあると思うが、主な原因はお主じゃぞ】


「俺が主な原因? 俺の力の影響で水漏れしてるのか? これはとんだマッチポンプだな」


【色々と食い違いが起こっているようじゃから、ひとまず今日は戻るがいい。明日またここへ来れるか? 】


「明日は明けで休みだから次来るのは明後日だな」


【夜でなくとも良いのだが、人目もあるか……よしそれで良い】


「んじゃ俺は戻るぞ。あぁ……俺はあんたのことなんて呼べばいい?」


【ライゲンは「白蛇様はくださま」と呼んでいたが、好きに呼べ。お前の頭に浮かんだ名で呼んでくれていい】


「んじゃ「シロ」だな」

思いつきで答える。が、明らかに不満そうな顔……目をしている。


【…………】


「んじゃ「へび」でどうだ? 」


【……シロでよい……】


「…………」

【…………】


何とも言えない間が続いてシロは消えた。

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