龍の巫女
「あ、あ! ダメ! それ以上、され、たら、おかしくなる! おかしく、なっちゃ! あぁぁぁぁぁぁ……」
室内に甘い絶叫が響き渡る。
「あらあら。だらしないですねぇ。さっきまでの威勢はどうしたんですか? 『私は絶対あなた達には屈しない! キリッ!』でしたっけ?」
「はぁはぁはぁ……その、変な、薬の、せい、でしょ……」
息も絶え絶えという様子でなんとか反抗を試みる
「コレですか? あぁそうですねぇ。『この薬を飲むと快楽に抗えなくなる』とか言いましたっけ私? まぁぶっちゃけただのビタミン剤ですけどね」
ニヤニヤと《私》が手に持った錠剤を口に運び、がりっと噛み砕く。
ただでさえ火照って赤い顔が羞恥心でさらに赤くなる
「あぁん! 薬のせいでわたしおかしくなっちゃうぅー って感じですか?」
身体をくねらせ胸を揉みしだき意地悪そうに告げるその目は、おもちゃを弄んでいる目だった。
「だ、騙したのね!」
羞恥と怒りで赤くなった顔で精一杯睨み付ける。
「所謂《偽薬》ってやつですが、意外と効くんですね。それとも効いたふりして快楽に溺れたかったんですか? 最近ご無沙汰ですしね」
《私》が嫌らしい目付きでこちらを見る。
その問いに顔を背けることでせめてもの反抗の意思を示した。
八岐大蛇の復活を目論んでいる奴等は何がなんでも私に協力をさせたいらしい。
しかし、そんな話に「はいわかりました」となるわけもなく、連日説得が試みられたが尽く失敗に終わっていた。
そこで今日のコレである。
八葉の巫女とはいっても身体能力が特別高いわけでも、何か不思議な力が使えるわけでもない。
楓は個人的に身体を鍛えているので、同世代の普通の女性に比べれば身体能力は高いが、それとて一般人の域をでない。
何をもって巫女とするかと言えば、その血と心が唯一の資質と言うことになるのだろう。
【八葉に産まれた者以外に八葉の巫女は務まらない】
祖父母の家に預けられて程なくして祖母から巫女の話を聞いたときに、最後に祖母はそう言った。
初めは意味が解らなかったが時が経つにつれあの時祖母の言いたかった事が漸くわかってきた。
いくら私と一心同体で儀式の詳細を知っていようと姿形が私だろうと八葉の血と心がない《私》では私の代わりは務まらないのだ。
「おやおや。偽薬と知って正気に戻りましたか? 不思議なものですね楓さん。昔話をしましょうか」
唐突に語りだした《私》の昔話は真偽のほどはともかく、興味をそそられる内容だった。
***
昔々、この土地の要である富士の麓には九つの湖とそこを守護する九頭の龍が住んでいました。
龍達はお互いに干渉はせず各々の湖を静かに守っていました。
しかし、九百年が経つ内に一つの湖が消えようとしていました。
そこでその湖を守護していた龍は神に問いました。
『なぜ私の守護する湖にこのようなことをなさるのか』
すると神はこう応えました。
『次の千年は九が凶兆である。お主が不満に思うならば他の八の湖の中から一つを選び閉じよ』
そこで龍は更に問いかけました。
『湖を閉じるとはどうすればよいのですか?』
すると神はこう応えました。
『その湖を守護する龍の宝玉を飲み込みお前がその湖の主となるのだ。閉じる湖はどちらでもよい。期限は九十九年じゃ』
その答えに龍は気が進みませんでしたが、それしか方法がないことを悟ると『わかりました』と応えて自らの宝玉を守るべくわずかに残った湖の底へと向かっていきました。
最初の二十五年はほとんど交流のなかった隣の湖の情報を集めました。
次の二十五年で隣の湖の主と交流を持ち、更に二十五年かけて宝玉のありかを突き止めました。
基本的に宝玉は湖の奥底に安置されていますが敵が居たわけでもないので特別守るということをしていませんでしたので、在処さえ判ってしまえば宝玉を手にいれることはとても容易い事でした。
神との約束から九十九年目最初の龍は隣の湖の宝玉を飲み込み、その湖の主となったのです。
騙されたと知った龍は反撃を試みましたが、宝玉を失い湖の主権も失った龍に成す術はなくあえなく敗れて湖の底に幽閉されてしまいました。
二つの宝玉を手にいれた龍はその美しい輝きと体の底からあふれでる力を目の当たりにして、残り七つの宝玉も欲しくなってしまいました。
新しい千年になり神が暫く出て来ない隙を狙って、ゆっくりと時間を掛けて一つずつ宝玉を手にいれていったため、神もその行いに気付くのが遅れてしまったのです。
また次の千年が始まろうとしている時期に漸く神は富士の異変に気付き遣いの者を地上へ向かわせたのです。
***
ここから先は良くある八岐大蛇を討伐する話だ。
「……それで? 八岐大蛇の成り立ちをそれっぽく話したからって私が協力するとでも思ったんですか? その話を聞いて余計協力したくなくなりましたけど」
「巫女のくせに察しが悪いですね? やっぱり母親から直接継承されなかった分の能力の低さは否めないようですね」
私の反応に対して辛辣な応えが返ってくる。
祖母から巫女の話を聞いた時、当代の巫女は母親で祖母はその能力の全てを継承してしまったが、私が一人前になる前に母が亡くなっ
た為その力の多くは失われてしまった事。
但し、死の間際の母親の血液を大量に浴びた私は何の奇跡か祖母よりも濃い八葉の血となっている事を聞いた。
祖母曰く【貴女はいずれ八海を渡り八葉を廻り深淵の八社に至る巫女なのでしょう】とのことだ。
今の今まで何の事か解らなかったが、《私》の話にあった【八つの湖】と祖母の言った【八海】とは同じことなのではないかと思い至った。
「そう言うことですよ」
まるで私の思考がそこに辿り着くのを待っていたかの様に《私》がそう呟く。
「何故……」
そう口にした瞬間に一つの閃きがあった
「あなたは最初の龍に湖を奪われた龍なの?」
その閃きを《私》にぶつけてみる。
「さぁ……どうでしょうね?」
肩を竦める動作をした最中の瞬きする程の一瞬、雰囲気が和らいだ気がしたが次の瞬間にはいつもの嫌らしい笑顔の《私》に戻っていた。
「おばあ様は貴女が八岐大蛇の封印に至ることを願っているんじゃないですか? 一族の期待に応えなくて良いんですか? なんなら私が聞いてきてあげましょうか?」
自分の顔ながら不気味に歪んだ笑顔に背筋が凍る思いがした。
「おばあ様達には関係ないでしょう! 巻き込んだら絶対に許さない!」
内から涌き出る怒りを抑えずに吐き出す。
「そんな表情も出来るんですねぇ……でも、おばあ様は私の事気付いていましたよ?」
不意に告げられた事実に思考が追い付かない。
「え?……どういう……」
「どういうも何も言葉の通りですよ。おばあ様は私の存在に気づいた上で貴女に巫女たるやと言う話をしていましたよ」
同じ事を言われても脳が理解することを拒んでいるように頭に入ってこない。
「老いても元 八葉の巫女。何処まで知っているのかは分かりませんが、少なくとも儀式ができない以外ではあなたより役に立つかもしれませんねぇ」
おばあ様が私すら気付いていなかった《私》の存在に気づいていて放置していた? 何故?
「素直な楓さんは何故? とか考えてるんでしょうけど、私を排除するということはあなたの命が失われる事だからですよ。図らずとも巫女の血と忍の力の二つを身に宿したあなたは、良くも悪くも危うい存在なんですよ。それは悪忍達にとってもね」
私を生かすために? おばあ様が何の考えもなく《私》に情報を渡すとは思えない。
私にだけに伝わる何かがあったはずだ。思い出せ!
「さて、すっかり話し込んでしまいましたが今日はいくらか進展があったみたいですね。今日はこのくらいにしておきましょう。後で食事を運ばせますよ」
「いいわ。協力してあげる」
「そうそう。協力して夕飯を……え?」
「八岐大蛇を復活させるんでしょ? それに協力すると言ったのだけれど?」
初めて私が《私》の裏をかいた形になった。
「……どういうつもりですか?」
「どうも何も言葉の通りですよ? 私の気が変わらない内にあの女に報告に行ったらどうですか?」
しばし沈黙と視線が交差する。
何故か《私》は協力させようとしつつもいざ協力の話になりそうになると話題をそらしていた。
悪忍達は一枚岩ではないのだ。
業と黒龍はお互いの思惑があって協力しているにすぎない。
ここ数日でそう考えた私の読みは間違ってはいなそうだ。
「わかりました。楓が自ら協力を申し出るとは予想外でしたが……早速準備に取りかかりましょう」
「日取りは二週間後。新月の八月九日。開始時刻は午前零時。必要なものはそちらで揃えて下さい。わかりますよね?」
「ええ」
「ああ、言い忘れていましたが条件が一つあります」
「……なんですか?」
主導権は完全にこちらが握った。
「儀式が始まるまでの間に人を殺さない事。簡単でしょ?」
「……伝えておきます」
説明回ぽいですね
この話書いていて楓さんの個別エピソード書きたくなっちゃいましたσ(^_^;)




