雪月花
新章突入です!
ここ最近のボリュームに比べると少なくなっています。
エログロなしです
季節外れの真夏の大雪が真夜中に関東地方の空を覆う。
夜が明ければ子供たちははしゃぎ回り、大人たちはなんの予報もしなかった天気予報士に不満を漏らしつつ交通の麻痺を懸念して慌てて家を出るだろう。
東京の西のはずれの御岳山中でも、守衛室のメンバーが季節外れの大雪を観測していた。
「こいつは……凄まじいな」
庸が思わずといった様子でこぼす。
目の前では辰巳守と最後のシキとの戦闘が繰り広げられていた。
***
「な、なんであんたがシキとしてここにいる!?」
「……」
守の問いかけにシキは応えない。
最後のシキとして守の前に現れたのは、守の祖父である龍巳風雅そっくりの外見をしていた。
唯一違うのは額から二つの大きな角が伸びている位で、目を閉じているその姿は葬式で棺に収まった祖父の姿を思い起こさせる。
【守……気を付けるのじゃ。姿かたちは風雅でも中身は悪忍の気が充満しておる】
「シロ、あいつは偽物ってことか? 」
【……なんとも言えん。屍鬼であれば肉体は本人の物である可能性は高いが中身は別物じゃぞ】
そうは言っても肉親の姿をしているモノと闘うというのは割りきれない。そんな心中を察してかシロに喝を入れられる。
【馬鹿者! 集中しろ! 楓を救うために殺す必要があれば自らの手でと言っていた決意はどうした! 仮に目の前にいるのが風雅本人だとしても死んだ人間じゃ! 敵として襲ってくる以上打ち払うしかないのじゃぞ!】
「……すまん。予想外の展開で混乱していた。悪忍の奴等のやりそうな卑怯な手だな」
本来の目的を思い出した俺は顔をピシャリと叩いて気合いを入れ直す。
「……ま、も、る……」
すると、見計らったかのように祖父の姿のシキが俺の名前を呼んだ。
その声は途切れ途切れだったが確かに祖父の声だった。
過去の記憶が刺激され一瞬硬直する。
「ま、も、る……し、ね」
続いて発せられた言葉は例え敵として認識していても愛する人の姿で、そして声で聞くには心が痛む台詞だった。
発声と同時に素早く懐に潜り込んだ風雅は台詞とは裏腹にショートアッパーで守の顎を狙ってきた。
守は身体を捻ってそのアッパーをやり過ごし、避ける動作でお返しとばかりに回し蹴りを側頭部に向けて繰り出す。
風雅は空いている側の手で蹴りをブロックすると、そのまま足首を掴んで蹴りの勢いを使って片手で守を木に向かって投げ飛ばした。
空中で体勢を整えて木への直撃を避ける守の目には困惑の色が隠せない。
「くそ! 何てやりにくいんだ! 頭ではわかっているのに身体が一々反応しちまう!」
【難しいのは解るが反応するな。命取りになるぞ】
シロが冷静にそう告げる。
「ま、も、る……大きく、なった、な……」
「やめろ! その姿で! その声で! これ以上喋るんじゃない!シロ!」
シキの揺さぶりを断ち切るようにシロを呼ぶ。
こうなったら最大戦力で一気に勝負をつけるしかない。
シロもそう思ったのかなにも言わず顕現する。
「【降! 臨!】」
眩い光が辺りを包み龍人と化した守に集束していく。その手には既に龍神刀が握られている。
「……」
その姿を見てもさして反応を示さないシキ。
『水気! 集いて槍となれ! 象るは龍の牙!』
それならばと空いている手を空へ伸ばし真言を唱えて空中に無数の水の槍を造り出す。
『貫け! カン!』
掛け声と共に掲げた手をシキ目掛けて降り下ろすと同時に、龍の牙を象った無数の槍がシキを襲う。
シキは避けるでもなくその場で腕を十字に組むと腰を落として防御姿勢をとった。
ザシュ! ザシュ! ザシュ!
無数の槍がシキに突き刺さりヤマアラシの様になっている。
『やったか?』
「水生木 水気集いて糧となれ」
『なにっ!?』
シキが真言を唱えると身体に刺さっていた槍がシキの身体に吸収されていき、一回り大きくなったような気がする。
「くひっ! くひひひひ! くぁぁぁぁぁぁ! まもるぅぅぅぅ! かぁぁわぁいいぃぃぃなぁぁぁぁ」
耳障りな不愉快な声が周囲にこだまする。
それは先程までの風雅の顔と声とは似ても似つかない。
口は耳まで裂け、目はつり上がって血走り、穏和な表情はその面影も残していない。
『どういうことだ?』
「おまぁぇの水気わぁ、俺がぁぁ美味しくいただいたんだよぉぉぉ! このちからでぇ殺してやるぅぅぅぅ!」
そう言うとドォン! と大きな音と土煙をあげて守に向かって突っ込んでくるシキ。
その手には木気で作られた鉞が握られている。
凄まじい速度で直進しつつ横凪ぎで鉞を振るうシキに、大きく飛び退いて距離をとる守。
『くそ! 一体どうなってやがる!』
【まさかシキが真言を使うとはな。あいつは恐らく黒龍の持っていた風雅の気を使って造られたのじゃろう。あの鉞は《境木》じゃな。生と死の境に存在するという神木から創られた代物じゃ】
『こちらの力がアイツに吸収されたってことか? 生と死の境とか物騒すぎて想像できないな』
暫くにらみ合いが続く。
守とシキの周囲に力の波が漂い、石や木の葉が反応して砕ける。
徐々に力の波は大きくなり対峙している二人を中心に渦巻いてくる。
守の集めた水気とシキの木気の影響で発生した渦は次第に勢力を拡大していく。
急速に巻き上げられた水気は遥か上空で冷やされ雪となって降り注いだ。
みるみるうちに回りの木々に雪化粧が施され、真夏の緑と色とりどりの花が美しく際立って見える。
豪!
力の渦が一気に拡大して周囲の雪を吹き飛ばすと同時に二人の距離がゼロになる。
シキの放つ斬撃は物理現象を無視して獣の爪のように縦横無尽に襲い掛かる。
対する守は龍神刀を収めて防御に徹している。
大振りの斧など普通は当たらないが休むまもなく襲い来る攻撃に致命傷ではないが徐々に掠り始める。
『くっ! このサイズでこの速度は反則だろう!』
「まぁぁぁもぉぉぉるぅぅぅぅ! いつまで避けられるかなぁぁぁ」
風雅の面影も残していないがまだ守の名を呼ぶシキに苛立ちを覚えながら集中する。
『ここだ!』
禁!
再び二人の距離が開く。
守の手には龍神刀の柄が握られており、居合い抜きをやってのけた後のように納刀する。
ズルっと音を立てて鉞を持つ手が地面に落ちる。
角を落とすつもりで放った斬撃はすんでのところで避けられた。
「くひひひひ……残念だったなぁ。腕なんか切ってもすぐに生えて……こない……生えてこないよぉぉぉぉ」
『周りと切り口を良くみろ。植物がこの寒さでポンポン再生できるわけないだろ』
いつの間にか止んでいた雪は周囲に降り積もり気温を確実に下げていた。加えて切り口は守の水気によってガッチリと氷に覆われていた。
「あぁぁぁぁぁなんでだぁぁぁぁ!木生水!水気を取り込めなぃぃぃぃ」
『ふぅ。お前に俺は殺れん。月を眺めて死ねる事をありがたく思え!』
振り向き様にシキの首をはね、返す刀で角を落とし、そのまま大上段に構えて一気に降り下ろす。
シキは大小六の塊に分かれて絶命すると黒い霧になって月に向かって昇っていった。
(まもる……強く、なったな……)
風雅の声が聞こえたような気がして振り返る。
そこは月明かりに照らされて輝く一面の銀世界が広がっていた。




