謝肉祭
新展開突入しました!
いつもより若干長くなっています。
【CAUTION!!】
女性に不快な表現が含まれています。
微グロ表現が含まれています。
上記の様な表現が苦手な方はご注意下さい。
ドーンッ!
突如、下から突き上げる大きな縦揺れが起こった直後、激しい横揺れが約十秒続いた。
その場にいた殆どの成人以上の人間は、二十年前の南海トラフ沖大地震の惨状が脳裏を過った。
地震直後から、『今後、四半世紀以内に東日本大震災クラスの余震が来る』とは言われ続けていた。
しかし、ここ二十年の間には震度六以上の余震はなかったので、大抵の人々は口では「いつか来る」と言いつつも心の片隅では「もうこない」と思い込んでいた。
来るべきものが遂に来たと誰もが死を覚悟したその揺れは、幸か不幸か地震ではなかった。
その後の被害を考えれば『人の力でどうこう出来るレベルではない』という意味ではさほど変わりは無かったが、とにかくこの揺れは地震ではなかった。
***
東京都墨田区
二十年前の大地震でも倒れなかった巨大電波塔東京スカイツリーは技術大国日本の名を改めて世界中に轟かせる事となり、凛として立ち続けるその姿は、多くの人に復興への希望を抱かせた。
そのスカイツリーの展望フロアの『外側』に腰掛ける人影が二つ。
「二十年で良くここまで復活したものだ! 我が身に宿る漆黒巨人も破壊したがっている! 」
「幻影様。そろそろお時間ですのでご用意をお願いします」
幻影と呼ばれたのは、靴の先からスーツ、ワイシャツ、靴下までアルマーニで固め、短めの髪の毛をツンツンに立ち上げパッと見は若手実業家の様に見えなくもない男。
しかし、良く見ると右目には黒皮のアイパッチ、両手には同じ素材の指だし革手袋を身に付けた非常に残念な格好となっている。
声をかけたのはこちらも全身アルマーニで固め、ウェーブのかかった長めの落ち着いた茶色の髪の毛を後ろで一つに結び、縁なしの眼鏡をくいっと上げる出で立ちは「秘書」という言葉がしっくり来る美しい女性である。
「秘書よ! 今こそ黙示録に刻まれた最後の審判を実行する時が来た! 」
大袈裟な身振りで両手を広げ、立ち上がりそう叫ぶ幻影。
「えぇ。ですから先程からご用意をと申しておりますが、既にこのやり取りは三回目でございます。当初の予定よりも六分程遅れておりますのでお急ぎください」
主人の性格はこういうものなので、前以て告げた時間は実は十分早い。
実行に移るまでの口上がとにかく長いのだ。
それでも自ら主と決めた男なのでこうして仕えることが出来てとても幸せを感じている。
この方によって私はあのクソみたいな人生と決別出来たのだ。
***
私は【秘書】。人であった時の名前は捨てた。
今は悪忍の一人である【幻影】様を主とする鬼士だ。
鬼士とは悪忍に心臓を捧げ喰らって貰い、角の欠片を移植されることで鬼人と化し、主が死ぬまで死ぬことのない肉体を持つ眷族の事だ。
使鬼の様に邪悪な呪いで出来ているものとは違い、人の時の肉体はそのまま残り意識も意思もある。
我が主は、普通の格好をして喋らなければ容姿端麗という言葉が良く似合う美青年なのだが、行動を起こす前の口上がとにかく長い。
そのお陰で主と出会えたのだから、私には良いとも悪いとも言えない。
***
三年前 夏 赤坂
職場の同僚と大口のコンペを勝ち抜いた祝いにと社長が用意してくれた赤坂の料亭で、懐石料理と高級な酒を飲んだ帰りだった。
突然の大雨にスーツ姿でずぶ濡れになりながらも大口契約獲得の興奮と酒で火照った身体に雨が気持ち良く、傘もささずに雨雲が通りすぎるまで歩き続けていた。
五分もすると先程の大雨が嘘のように上がり、都心の夜空でもいくらか星が見えるほどになった。
「あー濡れたねぇ……びしょびしょだわ! あははは! 」
濡れた髪をぎゅっと絞り、笑いながら後輩に向き直る。
「――さん……透けてますよ……」
同僚の男が目を背けて指摘する。
あれだけの大雨の中を傘もささずに歩いていればシャツも透ける。
下着の上に一枚着ているとはいえ流石に油断しすぎた。
「あら。――君エッチね……彼女に言っちゃうわよ? 」
酔っぱらって気が大きくなっているのか素面では言わないような事を言ってのける。
「だから、彼女なんていないですってば。だって俺は――さんの事が……」
後半はモゴモゴ言っていて良く聞こえなかったが、そう言えばこいつは彼女いない歴イコール年齢とか言っていたなと自己紹介のときの記憶を思い出した。
「まったく二十五にもなって童貞とか逆に凄いよあんた! よし! 私が教えてあげようか? なーんちゃっt……」
「お、お、お、お願いします! 」
最後まで言い終わらないうちに食い気味でお願いされてしまった。
え? おいおい冗談に決まっているだろう? あぁ耳まで真っ赤にしてそんなに恥ずかしいならそんなこと言うなよ。
しかし、良く見るとかわいい顔してんなこいつ。
「この状態じゃ電車もタクシーも乗れないから、ちょっとだけシャワー浴びてくか……」
そう呟き適当な場所を探して歩き出すと嬉しそうな顔で着いてきた。
シャワー浴びて寝るだけだぞ!
「はい! 」
酒の勢いもあったんだろう。
当然シャワーを浴びて寝るだけで済むわけもなく。
また一人大人への扉を開けた男が出来上がったわけだ。
まぁ一回限りだし特に気にしていなかったが、どうも後輩のヤツはあの晩をきっかけに更に精力的に仕事に取り組むようになり、契約もバンバン取ってくるようになっていた。
そんなこともあり、密かに良いことをしたと思っていた私は迂闊にもヤツの本性を見誤っていた。
ある日家に帰る途中いつもの帰り道の公園を歩いていると、後ろから人がついてくる気配を感じて歩みを速める。
そのまま早足に家まで帰ろうとした時、不意に声をかけられる。
「――さん」
無視して脇目も振らずに歩き続ける。
「――さん! 僕ですよ! ちょっと待ってください! 」
聞き覚えのある後輩の声に足を止め振り替える。
小走りで近づいてきた後輩は息を整えて「あはは」とはにかんだ。
「脅かさないでよ……どうしたの? 」
そう文句をいうと「忘れ物ですよ」と言って後輩は鞄に手を入れた。
忘れ物? それより、こいつの家は逆方向じゃなかったかな? 等と考えていたら、後輩が鞄から取り出したものを手を滑らせて落としてしまった。
「なにやってるのよ……」
と言いながら屈んで拾おうとした瞬間
バチバチバチッ!
首筋から全身に電流が走り目の前が真っ暗になった。
***
次に気がついた時は薄暗い部屋だった。
首筋が傷み全身が気だるい。
頭痛がして頭を押さえようと手をあげた時に金属質の音が響く。
ジャラジャラッ
「ん? なにコレ? 手……錠? 」
両手にかけられたものを見ると左右の手首をガッチリとホールドした黒光りする手錠だった。
中央の鎖からは頑丈なロープなようなものがコンクリートの壁面まで伸びて結ばれていた。
「は? なにコレ? どうなってんのよ! ? 」
置かれた状況に脳が理解を拒否している。
「誰かいないの! ? 助けて! 」
部屋の中を見回すが少し広い室内は四方をコンクリートの壁面が覆い、簡素なパイプベッドが一つと便器が置いてあるきりで窓の類いは無かった。天井には切れかけの蛍光灯がチカチカと目障りな瞬きを繰り返している。
「牢屋? 」
まさしくそんな言葉がぴったりの部屋だが、鉄格子もなにもなく
声を出しても反響するだけでなにも起こらない。
牢屋なら警察か牢番が居るだろうから声を出せば何かしら反応があるはずだ。
――監禁、誘拐、不吉な単語が脳裏を過る。
「ねえっ! 誰かいないの? 何なのよ! なんでこんなことするの? 」
とにかく声を上げるが体力を消耗するだけで何も変わらない。
「なんで……」
声を上げるのに疲れベッドの上で膝を抱えて丸くなると、涙が溢れてきて止まらない。
なんでこんなことになったのだろう。
職場からの帰り道で後輩が忘れ物ですよと言ってきて――
そうだ! あいつはどうしたんだろう? まさか別のところに囚われているのか? 声を出して後輩を呼ぼうと思ったが思い止まり、もう少し考えてみる。
「あの時はあいつが鞄から何か落として私が拾おうとしたんだ」
声に出して少しでも不安な気持ちを奮い立たせる。
「あのとき落としたもの……どこかで……」
そう呟いて両手にかけられた手錠を見る。
「コ……レ? ……コレだ! と言うことは私を気絶させたのは……まさか、あいつ? 」
そこまで考えた時、ベッドの正面の壁だと思っていたコンクリートの一部がドアのようにガチャリと開いて後輩が入ってきた。
後輩の姿を見ると沸々と怒りが込み上げてきて怒鳴り散らす。
「あんた! コレは一体どう言うこと? 外しなさいよ! それからコレは立派な犯罪よ? ただじゃおかないからね! 」
後輩はあの夜と同じくはにかんだ顔で頭を掻いていった。
「――さんは僕と一緒に暮らすんですよ? そんな怖いこと言わないでくださいよ」
「は? 何いってんの? そんなわけないじゃない! いいから早く手錠とって家に帰して! 」
自分勝手な言いぐさに怒りは収まらず即時解放を叫び続ける。
後輩は「困ったな……」と言いながらこちらへ向かってくる。
そのあまりにも通常の振るまいに嫌なものを感じて私は距離をとる様にベッドの端へ移動して距離をとる。
後輩は反対側の端に腰掛けて振り返りながら言う。
「僕達あんなに愛し合った仲じゃないですか。あの時僕決めたんです。あなたの事一生面倒見るって」
だから仕事も頑張ってるんです。と真顔で説明する様に狂気は見えず、本心からそう言っている様が余計に恐ろしく何も言えなかった。
無言を肯定と捉えた後輩は「食事の時にまた来ます」と言ってドアがあった壁に向かい何かを差し込んで回し外に出ていった。
そこからどれくらい監禁されていただろう。
会社や家族から警察に捜索願いが出されていずれ助けが来ることを信じていた時期もあったが、食事の回数で二週間まで数えたところで救出を諦めた。
後輩は口答えしなければ比較的優しい。
但し夜の相手をするときは両手両足をパイプベッドに固定され、後輩が満足するまで何度も何度も凌辱された。
時には機械をあてがわれたまま丸一日放置されたりもした。
そして酷いことをした後は必ず私が悪いから仕方なくやっていると告げられる。
時間の感覚もなく救出も望めないような環境におかれた私の精神は正気など保っていられず、保つ意味などなくなり壊れた。
それからどれ程の時が経ったのだろう。
いつも通り食事を持ってきた後輩の様子がおかしかった。
何かに怯える様にひどく周りを警戒している。
食事を終えて部屋を出ていく姿を見送ろうと立ち上がった時、あいつがドアを開けると同時に頭が胴体から離れて私の後ろのコンクリートの壁にグシャリと張り付きその中身をぶちまけた。
首から勢いよく血を撒き散らしゆっくりと崩れ落ちた胴体は、続いてドアを開けて入ってきた人物にぐちゃりと踏み潰された。
「……ひっ! 」
一瞬のうちに起こった出来事は私の認識しているこの世界を一瞬にして破壊した。
恐怖のあまり私は失禁し涙を流し歯をガチガチならして後退りしていた。
「むむ! ? 囚われの美女発見! 記憶が混沌だな? 我が聖水を浴びるがいい! 」
謎の呪文のようなものを唱えて闖入者は持っていた瓶の中身を私に振りかけた。
すると頭の中にかかっていた靄が晴れていき、意識がしっかりしてくる。なぜここにいるのかはっきりと思いだし、壁で潰れた後輩の残骸を見つめて心の底から喜びの震えが出てきた。
「強い暗黒精神を感じてここまで来た甲斐があったな! さぁ我と一緒にこの偽世界を破壊しないか? ! 」
以前の私ならこんな怪しい宗教のような勧誘は絶対に受けなかっただろう。だが、私をこんな目に遭わせた世界なんか壊れてしまえばいいとそう思った。
そしてその甘美な誘惑者の手を取り外の世界に出たのだ。
***
外の世界に出てすぐ鬼士の話を聞いた。
願ってもない話に二つ返事で了承した。
外の世界に出て驚いたのは二年の歳月が経っていたことと、捜索願いは出されていなかったことだ。
この国では年間十万人規模の行方不明者が出ており、その内の二割ほどは見つからない。
某国に拉致されたり何らかの事件事故に巻き込まれて命を落としていたりと様々だろうが、人一人居なくなったところで三日も騒がれればいい方だ。
そう考えると酷く虚しくなると同時に怒りを覚える。
こんな世の中は間違っている。壊すべきだと言った主の言葉が胸の奥で繰り返される。
「幻影様。時間がありませんので直接現場に向かってください」
失礼します。と言って主の背を思いきり突き飛ばし自分もピョンと飛び降りる。
落下しながらも口上を述べているが、口からでた単語が耳に届く前にその地点を通過してしまい何を言っているかわからない。
恐らくいつもと同じ内容だろう。
ドーン! 着地と同時に大きく地面が揺れて土煙が舞う。
運悪く下に居た通行人が二人、頭から潰れて肉塊に変わった。
「さぁ! 謝肉祭の始まりだぁっ! 」
悪忍ではなく鬼士にスポットを当てて始まりました新展開!
ただ、個別エピソードは今のところこの一回の予定です。
他の鬼士も同様に暗いエピソードを考えてはいますが、発表は本編を書き終えてからにしたいと思います。




