戦闘も良いけど銭湯もね!
いつもに比べて若干長いです。
再びの温泉宿。
短期間に二度目ともなれば流石に代わり映えはしない。
宿の従業員はこういうことにも慣れているようで「あら、お帰りなさい」と通常営業だ。
もっとも仮に不審に思っても相手にわかる場所で表情には出さないし、職務上知り得た情報を家族だろうと漏らすこともない。
それが特別な資格など無い接客業において彼らをプロ足らしめる所以であり、この宿が政府関係者にも利用され続けている事実がそれを裏付けている。
インターネット・携帯電話・スマートフォンの普及で今世紀の始め頃から情報は受動的なものから能動的なものへと変化し、受信者でありながら発信者にもなり得ていった。
「面白そう」「自慢したい」「人と違う」というだけで、深く考えずに脊椎反射で情報|(と言う名の自己満足)を発信してしまう残念な奴等が大量にいたらしい。
今では匿名での情報発信はほぼ不可能となっている。
厳密に言うと匿名掲示板は存在するが誰が書き込んだかは特別な令状など無くとも調べればすぐにわかる。
政治屋や人権派弁護士の中には監視だなんだと騒ぐやつはいたが、騒いだ奴等の個人情報が即座に曝されると云うことが繰り返されると手のひらを返したように賛成派になっていき、瞬く間に法案が成立された。
人間は自分に直接の被害が無い内は、その物事に対して真剣に考える事は中々難しい。いくらでも綺麗事が言えるものなのだ。
「あらあら。守衛室の皆さん。今回も当宿を御利用いただきまして誠にありがとうございます」
入り口でそんな事を考えていたら、奥から落ち着いた雰囲気の着物を着た中年の女性が現れ挨拶をしてきた。
「ああ、女将! 毎度急で悪いな……」
庸がボリボリと頭をかきながら女将に向かって手を合わせて言う。
「今は空いている時期なので気にしないでくださいな。こちらとしては有り難いことですから」
そう応じて口に手をあててクスッと笑った。
「そう言ってもらえると助かる」
「前回のアユの塩焼き絶品だったんで楽しみにしてまーす」
「梅酒も、美味し、かった」
庸が応えると、横から八代と伊吹がさっそく夕飯への期待を女将に伝えていた。
「あら、それは何よりです。料理長にも伝えておきますわ。今晩のお食事も楽しみにしていてくださいね」
ニコッと微笑みそう応えると「ごゆっくり」と添えて女将は奥に戻っていった。
***
部屋は前回と同じく男女別に分かれた。
荷物を部屋に置くなりさっそく風呂に向かうことにした。
今回はフロントでマッサージの予約を人数分入れておいたので、ゆっくり湯船に浸かって筋肉をほぐしておこう。
前回とは男湯と女湯が逆の様だ。
八代の話ではこちらは露天があるとのことなので、そちらにもいってみようと密かに思った。
「んじゃねー」
と陽気な八代の後ろに若干トラウマが顔を出した様子の伊吹が続く。少し目が恐い……。
浴場に入ると例のごとく庸と草薙はお湯を被るとサウナ室へ向かった。
今回は後にマッサージが控えているので体を洗うと熱めに設定にされている浴槽に向かった。
足から少しずつ湯に慣らしながらいれていき肩まで浸かると思わず声が漏れた。
「あぁ……生き返る……」
別に死んではいないが、疲労が溜まった状態で風呂にはいった時の何とも言えない気持ちよさを指してこう言うものなのだ。
まるで死人も生き返るような気持ちよさと言うことだろう。
湯の中で首から順にゆっくりと筋肉を伸ばしていく。
降臨に加えて龍神刀まで使ったので腕の筋肉の張りが酷い。このままマッサージを受けても痛みの方が強そうだと思い念入りに伸ばす。
十分ほどそうしていると顔から汗が吹き出してきて滴り落ちた。
一通り伸ばし終えたので一度上がり汗を流すために体を洗う。
庸達は相変わらず出てくる気配がない。
少し風に当たるために露天風呂の方に向かった。
***
サウナルームの中
すでに全身汗まみれの二人の男が最上段の位置で腕組みをしながら鎮座している。
「利。辰巳の龍神刀みたいなのあるのか? 」
庸が口を開く
「はい。 【太極】と言う盾や鎧のようなも防御系ですが使い方によっては攻撃にも使えます。庸さんは? 」
そう草薙が応えると
「俺は【犬神景綱】っつー太刀だから、攻撃寄りだな。八代と伊吹のも後で確認しておこう」
コクりと隣で頷く草薙を見て「露天に行ってみないか」と誘って先に出る庸。
後を追う形で草薙も外に出た。
直接外の風が入らないように二重になったドアを開けると守が先に入っていた。
「早かったですね? 」
守が意外そうな声で問う。
「そうか? まぁ我慢大会やってる訳じゃねぇんだから、十五分も入りゃ十分だろう? 」
庸はがははと笑って守の近くに腰を下ろす。
草薙も続いて庸の近くに腰を下ろすと全員が「ふぅ」っと一息ついた。
「さて、じゃぁ恒例のあれ聞いておくか? 」
「せっかくなんで夕飯のときに皆で聞きましょう」
庸と守が顔を見合わせて意地悪く笑う。
「今回は嫁にも確認とったんで自信ありますよ! 」
いったな? と楽しみにする二人とフフンと胸をそらせる草薙。
今夜の酒の肴が決まったようだ。
***
変わって女湯。
本日の日替わり風呂はワイン風呂(未成年不可)。
効能は美肌、美容、血行促進と普通の温泉と然程変わりはなさそうだが、名前と見た目の美しさに惹かれて気付けば二人とも入っていた。
「んーアルコールはとんでるのかしら? 思ったほどワイン! って感じはしないわね? 」
「八代、飲んじゃ、駄目」
湯に浸かった腕をペロッとなめる八代を伊吹が嗜める。
「こんなの酒飲んでるうちに入らないって! 」
やだもーと言いながらカラカラ笑う八代。
「そうじゃ、なくて、ばっちぃ……」
伊吹が呆れ顔でそう告げる。
「なっ! お、お風呂のお湯なんだからばっちくはないでしょ! ばっちくは! 」
「不特定、多数が、入った、風呂の、お湯。ね」
「そんなこと言ったら温泉入ってられないじゃない! あんただって皮膚から吸収してるんだから一緒でしょ? ! 」
「でも、私は、飲まない」
なんとか自分を肯定しようと色々と言い訳を繰り出す八代に、飲むのは別問題と一蹴して首を降る伊吹。
この勝負はどう見ても伊吹に分がある。
「それに」と付け加えてワイン風呂の説明ボードを指差す伊吹。その先には【飲用ではありませんので飲まないでください】の注意書きがあり、これにて今回の勝負?は伊吹の完勝となった。
「はいはい。私が悪かったわよ。まぁ後でちゃんとしたワイン飲めば良いし! それはそうと、なんかピンクのお風呂ってエロイわね……」
「禿同」
素早い回答と力強く頷く伊吹。
心なしか目が輝いているような気がする。
「ハゲ? なんて? 」
「激しく、同意。ピンクの、液体に、浮かぶ、大きな乳。うむ。エロイ」
いつになくぐいぐい来る伊吹に話を振った八代が若干引くほどだ。
「そういえば伊吹ちゃんは彼氏いないの? うちで独身なの貴女だけだからお母さんは心配よ? 」
若干茶化して言うものの目は本気だ。表情や目の動きを一切見逃さない眼力が込められている。
「三次元とか、興味ない、ですし」
フルフルと首を降る伊吹の目には本気の光が宿っている。
「はぁーあんたそんなんんだから二十二にもなって処女なのよ……」
「本来、巫女は、処女、ですが、なにか? 」
やれやれと呆れ顔の八代に、なにか問題でもあるのかと強気の伊吹。今日の伊吹は何やら饒舌だと思っていたらどうにも様子がおかしい。
「……ねぇ、伊吹ちゃんもしかして……酔ってる? 」
顔は赤くなり目が据わっている。明らかに酔っぱらいの症状だ。前回、宿に泊まったときにはわりと飲んでいたように思ったがあまり強くはないのかもしれない。
「酔ってない、れす」
既に呂律も回っていない。
そして酔っぱらいは決して自分が酔っていることを認めない。
「そっか。じゃぁ私はそろそろあのジェットバスみたいなのに移るけど一緒にどう? 」
酔っぱらいの言うことに逆らっては駄目だ。
酔っている状態の人間とは会話が成り立たないので「いや、酔ってるじゃん! 」等と茶化すのが一番やってはいけない。
なるべく否定も肯定もしないで、自分で選択したかのように誘導してやるのがベターだ。
「八代! なんだ、その乳は! 子供、二人も、いるのに、ずるい! 」
おっさんだ……女のおっさん化が一番たちが悪い。
「私、だって、おおきく、なりたい、のに、八代が、私の、乳、とったな! かえせ~」
ゾンビのようにぬぅっと伊吹の両手が伸びてきて八代の両胸をガシッと鷲掴みにして揉みしだく。
「ちょ、ちょっと! 伊吹ちゃん! 何してるのよっ! あん……まって! 痛い! 痛いってば! 」
迫り来る伊吹の頭を押さえ、引き離そうとするが酔っ払いとは思えない力強さでくっついて離れない。
逆に胴に腕を回されて更にくっついたかと思うと伊吹は目の前にある八代の胸にしゃぶりついた。
「! ! ちょちょちょ! ちょっと待って! あぁん! それは駄目! こ、こらぁ! 舌先で転がすなぁっ! 」
パチーン! と良い音が浴場に響き渡り伊吹の責めが一旦止むと、ずるっと身体が下にずり落ちブクブクと沈んでいった。
「おっとっと……はぁはぁ……こ、この子酔わせると危険だわ……はぁはぁ……」
ずり落ちる伊吹を抱えて湯船から出すと今まで静観していたハッコとカルラを呼び出し、スヤスヤと寝息をたてている伊吹を脱衣所まで運んだ。
小柄とはいえ意識のない成人を運ぶのは骨がおれたが、なんとか浴衣を着せる終えた時には汗だくになっていたので、酔っ払いをハッコに任せて普通の湯に浸かり直した。
湯に浸かりながら、いつも自分がやっていた事だがやられる側の気持ちを今日初めて思い知り、これからは少し控えようと思った八代であった。
***
風呂を出てロビーで待っていると程無くして、なぜかぐったりと疲れきった様子の八代と、対照的に血色が良くなりつやつやして上機嫌の伊吹が現れた。
前回とは対照的な様子に守は一応どうしたのかと問いかける。
「ワイン、風呂が、良かった」とは伊吹の言。
「伊吹の酒乱が酷かった」とは八代の言。
一体何があったのか想像もつかないが「そ、そうか」と頷き、予約していたマッサージの場所へ向かうことにした。
「私、肩と腰を重点的にお願い……もうダメ……」
案内されると八代がそう言っている声が聞こえた。
あの八代をここまで追い込むとは、伊吹に酒を勧めるのは控えた方が良さそうだと密かに心に留めた。
***
一時間のマッサージは目隠しと程好い温度に調節された室温とゆったりとした音楽に包まれてとても気持ち良く、開始早々そこかしこで寝息が聞こえてきていた。
そういう守も肩甲骨のあたりをゴリゴリやってもらったのは覚えているが、その後は終了の声かけをしてもらうまで完全に寝入っていた。
施術後に担当者から身体の状態を説明され、一時的な疲労が溜まっていたが、全体的に素晴らしい代謝と筋肉のつきかたをしていると誉められた。
字のお陰だとも言えず「鍛えてますから」とだけ言っておいた。
八代も先ほどの状態は脱したらしく「温泉とマッサージの組み合わせって最強ね」と真面目な顔をして言っていた。
夕食まで少し時間が空くので一旦部屋に戻り一時間後に食事の用意された大広間へ集まった。
***
食事が始まる前に八代が「解ってるわね? 」と念を押しに来た。伊吹に飲ませ過ぎるなと言うことだろう。
こくりと首肯して庸と草薙をちらりと見ると二人とも頷く。二人には部屋に戻った時に伝えておいた。
一般的にはマッサージ等の後で血行が良くなっている状態で飲酒すると酔いが早くなるが、字の発現者達は全ての代謝機能が上がっている。
そのため肝臓のアルコール分解スピードも上がっているので酔い難いのだ。
前回も伊吹はそれなりに飲んでいたはずだが、端から見ている分には酔っ払っている様には見えなかった。
まぁ用心に越したことはないだろう。
始まる前はそんな心配もあったが美味しい料理に舌鼓を打ちながら宴は進み、話題は草薙の娘の名前に移っていった。
「さて、利くん! そろそろ名前決めないと産まれてきちゃうんじゃないの? 」
と八代が水を向ける。
「おおそうだ。そろそろ真面目に考えないと産まれてから慌てるらしいぞ? 」
庸が少し赤い顔でそう告げる。
「今回は嫁の意見も取り入れて候補を考えました。女性らしい名前が良いと言うことで、蛍、皐月、命、雫の四候補です! 」
懐から四つの名前が書かれた半紙を取りだし順に開きながら発表する。
「「それなんてジブリ! 」」
耳を済ませば海が聞こえてきそうだ。
「あと、蛍は止めろ! 名前見ただけで涙出てくるから……」
全員の息の合ったツッコミの後に庸が目頭を押さえて付け加える。
ここまで来るともうわざとやっているとしか思えない。
「いや、でも待って。この中で名付けしたことあるの私だけだから言うけど、今の候補ってそんなに悪くないんじゃない? 」
経験者にそう言われると未経験者としては何も言えない。
「庸さんの時代はけっこう名前でオリジナリティ出しすぎちゃって子供たちが可哀想だった時代よね? いつの時代もそうだと思うけど親ってやっぱり子供のことが一番なのよ。そりゃ、言うこと聞かなくて憎たらしい時もあるけど、寝顔を見るとまた頑張ろうと思えると言うか……」
庸は頷き、他のメンバーは黙って八代の話を聞いている。
「で、何が言いたいかと言うと、名前ってのは親が最初にあげられるプレゼントと言われるけど、親の死後も……もっと言えば本人の死後も使われるある意味 呪いよね? だから単純に『子供イコールかわいい名前』とかだけで決めると思春期以降に苦労するの。今でこそ難読な名前は受理されないけど、他人に名前を認識されないって本人には相当なストレスらしいわ」
一呼吸おいて続ける。
「だからね。親がつけた立派な名前ってやつはせめて『死ぬまでの一生の生活シーンを一通り考えなきゃ駄目』だと思うの。そういう意味でいくと利くんの考えた候補は、五月生まれならサツキ(皐月)かメイ(May)で、六月にずれ込むようなら雫ってとこかしら? 誕生月も覚えやすくて良いと思うわ 蛍はちょっとあれだけど……」
そこまで一気に言うと手元のジョッキに注がれたビールを一気に飲み干してもう一杯おかわりを注文した八代。
皆の視線が集まり照れている。
「な、なによ……」
「八代さん! 感動しました! 正直自分そこまで考えていませんでした! 産まれてくる子供が可愛くて仕方なくて、可愛らしい『子供の名前』にしか考えが及んでいませんでした! 目から鱗が落ちるとは正にこの事です! 」
草薙がガシッと八代の手を取り感動のあまり震える声で感謝の意を述べた。
「八代……お前やっぱり母親なんだな。いやまいった!これに関しては俺は何も言えねぇや! 」
「八代、初めて、尊敬した」
「あぁ初めて尊敬したな」
庸、伊吹、守が口々に呟く。
「ちょっと! 初めてってどう言うことよ?! もっと尊敬しなさいよ! 利くんもいつまで手を握っている! えぇい! はなせー」
照れ隠しなのか中居が持ってきたビールを一気にぐいっと煽り「トイレ! 」と言うとさっさとその場を離れてしまった。
「よし! 珍しく八代の良い話も聞けたことだし、仕切り直しといくか! まだまだ夜は長いぞ! 」
庸の音頭で改めて乾杯をして飲んだ。
この日の酒はとても美味い酒となり、戦士達は束の間の休息を楽しんだ。
ちょっと地の文が長くなりすぎて説明文ぽかったですかね?
草薙さんのところは初産なので予定日から後ろ倒しになりそうな気がします( ̄∇ ̄*)ゞ
次からは新展開の予定です!




