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辰巳守3

二人で朝食を食べて昼前に一緒に家を出る。楓はスポーツジムのインストラクターだ。

リハビリで通ったスポーツジムのトレーナーに憧れて今の職に就いた。

私は今年の始めに大学卒業から勤めていた職場を退職し、今は再就職した。

幸いにも貯金は十分にあったし、二人ともあまり無駄な物に金を使わないので、生活には困っていない。


私が向かう先は千代田区にある国立国会図書館。その一階にある守衛室だ。

入り口は二階なので階段で一階まで降りて守衛室に向かう。


「よう、早いな? 」


関係者以外立ち入り禁止の張り紙が張られている扉を開けて入ると、初老の男に声をかけられた。

早川庸はやかわいさおみ。年齢は五十七歳と言っていた。

守衛用の制服をスラッと着こなし、年齢を感じさせない体型をしている。笑うと目尻にシワが浮かび、相手の警戒心を解かせるのが上手い。


「早川さんが夜勤きついと言っていたから、早めに来たんですよ」


「嬉しいこと言ってくれるじゃないか。老人を労る気持ちは忘れちゃいかんよ」


くくっと破顔して本当に嬉しそうに言うから憎めない。

苦笑いして返す


「今日は試験の日でしたよね? 」


「あぁ。面倒くさいったらないな。なんで六十近くにもなってあんなことしなくちゃいかんかね」


「そうですか?私は意外と楽しんでいますよ。ちょうど勉強し直したいと思ってもいましたし」


素直に答える。


「ははっ! お前は真面目だな」


肩をバンバン叩きながら庸が言う


「なんだかんだ言って庸さんも真面目だからここにいるんでしょ? 」


分かりきっていることを改めて確認する作業もコミュニケーションでは大事なことだ。


「俺が言っているのは程度の問題だよ。まぁお前は若い頃の俺に似ているからしょうがないか」


早川さんの若い頃が想像できないし何がしょうがないか分からない


「そのお陰で我々が守られている事も事実ですしね。ギブアンドテイクってことで気楽にいきましょう」


庸もそれはわかっていることなので、この話はここで終わりと手をヒラヒラと振って壁のモニターに向き直る。

その掌には私と同じ手袋―ぱっと見は守衛用の白手袋―が履かれている。

早川庸もまた、発現者すなわち印持ちである。

印は【木】

前職は庭師だったと聞いている。


この守衛室には現在七名が勤務している。夜勤ありの三交代制だ。


ここは【印持ち】を一箇所に集め、情報共有を図りつつ意図しない個人情報の漏洩を防ぐ為に内閣府が管轄している組織【守衛室】の管轄部署の一つだ。


 ――私に【水】の印が発現して程なくして内閣府の者だと名乗る男が自宅を訪れた。

私が発現者であること、発現者達の所属組織があること、所属すれば情報の共有と保護に国が協力してくれること、そのためには今の職場と自宅は替える必要があること等を話していった。

その場で結論を出す必要はなく、また来た時に返答を貰えればいいと言って帰ろうとしたその男――草薙利くさなぎとし――に私は尋ねた。


「この印は一体何なんですか? 」


「正確な事はわかっていません。ただ・・・」


といって草薙は自分の左手の甲を見せる。そこには【土】の印があった。


「ただ、名前の持つ意味、今まで見聞きして感じたこと、自分の歩んだ人生に影響され具現化した何か。というのが今の我々のわかっている事です」


「名前の持つ意味? 俺が守という名前だから【水】の印が出たってことですか? じゃぁ……」


「あくまで、要素の一つと考えられています」


と、冷静に草薙が言う。


「じゃぁ、これは一体どんな意味があるんですか? 水に関する何らかの影響力が俺にあるという事なんですか? そもそも影響力ってどういう……日常生活では何の影響も及ぼさないこの印にはどんな秘密があるんですか? 」


矢継ぎ早に質問を繰り返す自分に驚きつつも、ずっと疑問に思っていたことに答えられそうな人物が今目の前にいると思うと止められなかった。


「辰巳さんが何に対してどのような影響力をお持ちかは、今の段階ではわかりません。」


しかしと前置きしてとんでもない事を言った。


「私の【土】の印に関して言えば、ある程度地震の予知が出来ます。後は、防御力が上がります」


「……は? 」


予知? 防御力? 何を言っているんだコイツ……と思考停止している俺をおいて続ける。


「辰巳さんは恐らく、水害に関する予知や身体速度が上がるようなことが起こりうると推察されます」


「水害……速度……? 」


ますます混乱してきた。


「直接お見せしたほうが早いでしょう。近くに公園がありましたね。ちょっとご一緒しませんか? 」


言うなり草薙は外に出る。慌てて後を追って近くの公園に行く。


なんだこの状況は……。

時刻は十六時過ぎ。陽が傾きはじめて西の空は茜色に燃えている。

公園に向かう道すがら、夕餉ゆうげの準備の匂いが漂ってきた。

特に何をしゃべるでもなく、歩くこと約十分。目的の公園に到着すると草薙は振り向きざまに言った


「さて、私のお腹を軽く殴ってみてください。軽くですよ! 」


「いや、いきなり殴れといわれても……」


周りにはカップルや、まだ遊び足りないとぐずる子供を連れて帰るのに苦戦している母親もいる。


「ちょっとふざけてプロレスごっこやっているようなイメージですよ。周りは気にしないで下さい」


いい年したおっさん二人が公園でふざけてプロレスごっこしていたら通報されるぞ……と思いながらも口には出さず

言われたとおりに軽く殴る。


ドン


「ぐっ……なかなかいい拳をお持ちだ。今の感触を覚えていてください。では……」


言うなり草薙が左手を二、三回握ると一瞬淡い光が草薙を包んだ。

左手をクイックイともう一度殴れのジェスチャーをする草薙を目を擦ってから見るともう光は消えていた。

気のせいかと思いながら先ほどと同じくらいの力加減で殴る。


ガンッ!


「っつ〜〜〜〜〜」石壁を殴ったような衝撃が骨から脳に響き、その場で拳を抱えてうずくまる。


「どうでしょう? 防御力が上がるというのはこういうことです」


得意そうに草薙が言うが、意味が分らない。腹筋に力を入れたとかそういうレベルの変化ではない。

明らかに異質のものだった。なんだコレは?


「衝撃は無いんですか? 」


そんなことを聞いてどうする。


「運動エネルギーを相殺するわけではありませんので衝撃はありますし、防御力以上の破壊力があればダメージはあります。更に言うと物理的なダメージはある程度防げますが、それ以外の現象に対しては今のところあまり効果はありません」


例えば落雷などは即死でしょうね。と笑顔で付け加えた。

落雷で死なないやつなんて中々居ないだろうと思いながらも、

ようやく収まってきた痛む手をさすりながら家へと帰ることにした。


自宅に戻り痛んだ拳を水で冷やす。熱を持った拳に水が心地いい。

そういえば草薙は拳を二度三度握ってからあぁなったな等と考えながら、意識を拳に向け、二度三度握ってみる。

すると、先ほど草薙を包んだような淡い光が手の甲から発せられ、痛みが見る見る引いていく。

草薙は茶色っぽかったが、今は水色だった。しかしコレはどういうことだ?


「これは『治癒能力』ですね。」


後ろから草薙が言う。


「『治癒能力』だって? 」


胡散臭そうな顔をしながら振り返って問うも、痛みが引いているのは事実だ。


「辰巳さん。もしかして正式にはこういう字を書かれるんじゃないですか? 」


言いながら自分の手帳を取りだし「龍海」という字を書く。

そういえば、曽祖父の家では「龍海」という字を使っていた。字画が多いので父の代から「辰巳」にしたと聞いたことがある。


「確かに、曽祖父の家ではその字だった」


「なるほど。龍は水を司り海は生命の源です。家系的に治癒の素養があったようですね」


分ったような分らないような、ただ一度体験すると力の使い方の様なものが感覚的に分かったような気がしてきた。

草薙が言うには、自転車の乗り方と同じで一度覚えれば忘れないらしい。

練習していけばスムーズに能力が発動するので、イメージしつつしばらく練習してみてください。と言い残して草薙は帰っていった。


そして、一週間後に再びやってきた草薙に世話になると伝えて今に至るというわけだ。


秘密組織のようなものを想像していたが、幸いにして楓に対しても何の制限も課せられてはおらず、更に二人分の家賃・光熱費は国が負担するという破格の待遇だ。

しかしこの好待遇には当然理由がある。無料より怖い話はないと昔の人はよく言ったものだ。

最初こそ中々受け入れられなかったが、慣れというのは恐ろしいもので、一月(ひとつき)も経てばこの奇妙な生活も当たり前になっていき、若干面白くなりつつもあったのだ。


今夜これから起こることは俺の人生を大きく変えることになったのは間違いない。

三十五歳の誕生日に起こった変化や草薙に出会って体験したこと、その後に自分の身に起きたことですら、

この日のために仕組まれたことでもあったのだ。


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