強襲2
辰巳が急に首筋を押さえて苦しそうにして倒れてしまった。
押さえた首筋から手を離すと、残りの二つの刻印が真っ赤に腫れ上がっている。
「庸さん! 辰巳さんが! 」
前を歩く庸に声を駆ける。
異変に気づき八代と伊吹も駆け寄ってきた。
「どうしたんだ? おい……こりゃどう言うことだ? ! シロ! ? 出れるか? 」
庸がシロに声をかける。
【……を、けろ……な……じゃ……が……近付いて、おる……】
【庸! 来るぞ! 】
【伊吹! 気をつけて! 】
【利! 辰巳を奥へ連れていくぞ! 】
【八代! 結界を! 】
各々の霊獣が主に警告を発する。
『金城湯池! 囲え! 堅!』
八代が真言を唱えると八代を先頭に五人の周りを半透明だがとても強固なイメージの力が覆っていく。
ヒュンッ!
八代の目の前にサバイバルナイフが何かに遮られるように空中で止まる。
先程の真言で張った結界のお陰で命拾いをした。
「あっぶなーギリギリセーフってやつね。誰なの? 隠れてないで出てきなさい! 」
ナイフが飛んで来た方向へ向けて叫ぶ。
ガサッ
十メートルほど先の藪の中から警察官が顔を出す。表情がどこかおかしい。
ここにいる以上普通ではない筈だが予想外の登場人物に困惑する。
「すいません。迷ってしまったみたいで」
急に作った様に笑顔を浮かべて目の前の警察官は言う。
どう見ても警邏中の訳がないし、警察官が道に迷うなどと言う妄言は犬も喰わない。この状況でそんな嘘が通るはず無いことは言った本人が良く解っているだろう。
クスクスクスクスクス
辺り一面に少女の様な笑い声が響き渡る。
遠いのか近いのか前なのか後ろなのか判然としない。
「姿を見せる気はなさそうね……伊吹! 」
「オッケー、照らせ、篝火、ぴかーん」
伊吹が言うなり、伊吹達を中心に辺りを無数の狐火が照らし始める。
「いた、あそこ」
伊吹の指が指す先を見ると警察官の後方の木の枝にセーラー服姿の美少女が立っていた。
八代と伊吹はその美しさに思わず「ほぅ」っと感嘆の声を漏らす。
伊吹を人形のような完璧な美しさと言うなら、その美少女は女と少女の狭間の危うい美しさと言えばいいだろうか。初々しく妖しく美しい。
同じ女だからこそ気付く危険な美しさは、男の欲を容易に手玉にとれるだろう。あの警察官は既にあいつの手に落ちていると考えていい。
ここまで妖しい気だ。シキではあり得ない。
恐らく五人の悪忍の内の一人だろう。
八代はそこまで考えてチラッと庸を伺う。
油断はしていなかった。
いつ仕掛けられても防御や反撃も出来る状態だった。
庸から目を戻して再び前を見るとそこには作り笑顔の警察官しかおらず、あの妖艶な美少女の姿が消えている。
どこだ!
目を離したのはほんの一瞬。一秒にも満たない時間だ。
「ここですよ」
ガバッと下を見ると美しい顔が見上げてニコッと笑って立ち上がる。背は八代より大分低く百五十センチあるかないかだろう。
目の前に敵が居るのに動けない。
圧倒的な力の差を瞬時に悟ってしまった。
今こいつに飛び掛かっていっても何も出来ずに死ぬだけだ。
もういっそ、飛びかかって楽になってしまいたい
そう考えてしまった八代が自棄になって飛びかからなかったのは、カルラがその翼で必死に押さえてくれていたからだ。
全員の緊張が伝わってくる。庸でさえ言葉を発せないでいる。
そんな中を悠々と歩く黒髪の美少女は、同類の美少女伊吹の前で立ち止まる。
「くっ! 」
伊吹が身構える。
【駄目だ! 伊吹! 】
ハッコが止める。今はこいつの気まぐれで生かされているだけだ。機嫌を損ねれば即皆殺しだ。
「あなたが【火】に任ぜられた娘ね? 」
言って黒髪の美少女が伊吹の髪を触る。
その手は愛しむ様にゆっくりと頬を撫で、人差し指がツーッと唇に向かう。伊吹の額から汗が流れ落ちる。
少女はそれを見てニヤリと笑うと――
伊吹の唇を自分の唇で塞いできた。
「むぐっ! 」
突然のことに目を丸くする伊吹。
そんなことはお構いなしとばかりに少女の舌は唇を割って内部に侵入しようとしてピチャピチャと淫猥な音を辺りに響かせている。
遂には伊吹の抵抗空しく防壁は割られ口内への侵入を許してしまう。
少女の唾液が舌を通してこちらへ届き自分の唾液も相手に届く。
コクンとお互いに飲み込むと途端に身体の奥がカッと熱くなる。
「う……うあぁぁぁっっ! ! ダ、メッ! ! 」
伊吹の白磁のように白い肌が桜色に染まり汗が溢れてきて足腰に力が入らない。自分の身体ではないような感覚と不思議な浮遊感に同時に教われ頭が真っ白になりその場に崩れ落ちる。
黒の美少女も額に汗を浮かべ頬を紅に染めてハッハッと息を荒くして身悶えながら舌嘗めずりをする。
「ふふ。私は【業】あなた達気に入ったわ。また会いましょう」
足元でピクピクと気を失っている伊吹とその横で睨んでいるハッコに向けてそういうと、踵を返して警察官の方へ向かう。
警察官は作り笑顔でこちらにペコリとお辞儀をすると二人は音もなく消えていった。




