温泉宿へようこそ
一体目のシキとの決戦に無事勝利を納めた俺に、庸さんがご褒美だと人数分の温泉宿の予約を取ってくれた。
どうやら政府の保養施設の一つであるらしく、男女で二部屋に別れたがどちらも十分な広さの部屋だった。
温泉はもちろん男女別だが日替わりで男女が入れ替わる様だ。
近くを多摩川が流れており、夕飯には朝釣って生け簀に入れておいた鮎の塩焼きと自家農園で育てている土地の野菜の天ぷらが出ると聞き、楽しみにしながら闘いの汗と疲れを癒すために温泉へと向かった。
入口で八代と伊吹と別れて男湯へはいる。
幸いこの時間帯は他の利用客はおらず、気を使わずに済みそうだ。
庸と草薙は入るなり桶で身体に湯を流しただけで行きなりサウナへ入っていった。
「疲れが取れてスッキリするから湯に浸かってゆっくりしたらお前も来いよ! 」
と話す庸に片手をあげて了解の意を示して入浴前に身体を洗おうとシャワーの前に座った。
温泉宿のすぐに止まるシャワーがどうにも使いづらかったが、一通り洗い終えてジェットバスになっている湯船に浸かる。
肩や腰にジェットバスがぼこぼこと当たり筋肉を解していく。ずっと当てていると痛くなるので適度に当てる箇所を変えつつ十分程入っていたが庸達はまだ出てこない。
今俺が入ってしまうと庸と草薙のサウナ戦争がリセットされ、新たな闘いが始まると知りつつサウナの扉を開けた。
開けた途端に中から熱気がむわっと押し寄せる。
せっかくの熱気が逃げないようにすぐに扉を閉める。
座る場所は三段になっており、庸と草薙は入り口から見て左手奥の上段に座っている。
ちらりと上段の位置にある温度計を見ると80度を指していた。
場所柄お年寄りが多いからだろうか身体に負担の少ない温度に設定されている様だ。
草薙の隣に腰を下ろしタオルで顔を拭く。
暫くすると身体が乾いてきて次に汗がじわりと染み出してくる。
字が覚醒してからは基礎代謝が上がり健康的になったとは言え、サウナや温泉のようなものはやはり気持ちいい。身体に溜まった疲れが汗と一緒に毛穴から流れていくような感覚は日本人独特のものだろうか。
「ふぅ……辰巳さん。改めてお疲れさまでした」
不意に草薙が話始めた。
「あぁ、庸さんにしごかれた甲斐があったよ」
そういうと、草薙のとなりにいる庸がくくくと笑っていた。
「祠の中ではどんな修行をしていたんですか? 」
「利。今日は休養だ。その話はまた今度だ」
草薙の問いを庸が制して言う。
草薙は「わかりました」と言ってまた黙ってしまったので、俺から質問をする。
「そういや草薙のところはもう子供生まれそうなんじゃないのか? 名前は決めたのか? 」
「いえ。この間庸さんと伊吹さんに候補を聞いてもらったんですが、どうも昔の漫画のキャラ名と全て被っていたようなので再考しています」
昔の漫画のキャラと全被りと言うのも凄いな。
庸が笑いを堪えて肩を震わせている。
一体どんな名前だったのか気になるが蒸し返しても悪いと思い続ける。
「そうか。で、次の候補と言うのは聞いてもいいのか? 」
「もちろんです! 辰巳さんは年齢も近いんで是非ご意見を伺いたかったんです」
温泉宿のサウナに入りながら同僚の子供の話をするなんて、今の俺には縁遠い世界だと思っていたので自然と顔が綻ぶ。
「女の子なのは確定したんで、飛鳥か零か薫にしようかと」
「「それなんてチルドレン」」
庸とのシンクロ率百パーセントだ。
「え?え?私の子供ですが? 」
庸が堪えきれずに吹き出した。
***
こちらは女湯
基本構造は男湯と同じだがこちらは露天風呂がある。
八代は身体を洗うなり「おっさきー」と言うや否やさっさと露天の方へ行ってしまった。
伊吹は美肌、豊胸効果があると宿のパンフレットに紹介されていたミルク風呂と言うものに目をつけていて早速入ることにした。
八代も入る前に誘ってみたのだが「私牛乳ダメだからぱーす」と断られてしまった。
しかし、牛乳嫌いであの胸の大きさとは信じられない。こちらは毎日飲んでいても大きくならないと言うのに……
以前何を食べたらそんなに大きくなるのか訪ねたが「気にしたことない」とすげない回答。更には「揉まれると大きくなるらしいよ? 」と十分近く揉みしだかれたが効果はなかった。
「こんなの脂肪の塊だよ? おっきくても邪魔なだけだし伊吹ちゃんぐらいの方が好きって男も多いんじゃないの? 」
とは八代の台詞。大きい人には小さいやつの悩みなんてわからないのだ。自分の手で胸を揉んでみるが空しくなってすぐやめた。
口まで湯に浸かりブクブクと泡を出す。
「牛乳、臭く、ない」
***
変わって外の露天風呂にいる八代。
「あー温泉なんて久しぶり! 環の受験終わったらみんなで旅行でもいくか! 」
下の娘は今年高校受験だ。
大震災で子供の数も減ったが同時に学校の数も減っているので、受験事情は自分が子供の頃とあまり大差ない。と中学の先生から聞いている。
大震災で親無しや片親と言うのは珍しくなくなった。
兼光家も例外ではなく父親をなくしている。
母親のみで子育てをすると言うのは政府の補助もあり、今は金銭的にはなんとかなっている。
幸いと言うか守衛室にきてからは夜勤があるにせよOL時代より収入と時間に余裕ができた。
一緒にいてやれる時間が少ないのは申し訳ないと思っている。だから、休みの日には一緒にどこかに出掛けたり、買い物に連れていったりとなるべく一緒にいるようにしているが、父親役が居ないことでの彼女たちの精神的なフォローが出来ているとは言い難い。
「ま、今さら考えても仕方ないんだけど。ねぇ~カルラ? 」
【どうしたの? 八代、泣いているの? 】
「んーちょっと旦那の事思い出しちゃって……さ」
バシャンと湯を掬い顔に当てて涙を洗い流す。
カルラが羽を拡げて後ろから抱き締めて優しく言う。
【朱美も環もちゃんと八代のこと見てるよ。今は思春期で素直になるのが恥ずかしいだけ。八代の愛情はちゃんと伝わってるよ】
だから泣かないでと言って優しく頭を撫でる。
再び目から涙がこぼれる。
「……うん。うん。……ぐすっ……ふふ。カルラに慰められると思わなかったな」
笑って言う。
【ボクは八代よりずっとお姉さんなんだし、生まれたときから一緒だったんだ。八代の事はよく分かるよ。でも大丈夫。君の娘は君が心配するよりずっと強く優しく育っているよ】
「ん。そうだね。ありがとう。よし、この一件が落ち着いたら旅行いこう! 決めた! 北海道とかあの子達行ったことないから連れてってやろう」
【いつもの八代に戻ったね。ボクはちょっと霊獣使いの荒い八代の方が好きだよ! 】
カルラが羽をバサリとたたみながら言う。
「あんた……マゾなの? 」
【ち、違うよ! そういう意味じゃなくて……】
ひくわーと言って言い訳を続けるカルラから遠ざかり、ちょうど露天の方へ出てきた伊吹に向かって歩いて行くと、素早く後ろに回って両脇から腕をいれて胸を揉む。
「あん」
突然の刺激に声が漏れる伊吹
「んーあんまり大きくなってないわねぇ。朱美の方が大きいかしら? 」
と止めをさす。
「なん、だと……高校生、に、負け、た……」
ガーンと聞こえてきそうな程ショックを受けている伊吹と、放心状態の伊吹の胸を揉みしだく八代。
「あっはっはっは」と八代の楽しそうな笑い声が風に乗って飛んでいった。
***
ぐったりとした状態で風呂から出てきた伊吹を見て逆上せたのかと聞いたら「汚された」と意味不明の回答。
八代が両手をワキワキさせてしたなめずりをすると伊吹が「ひっ! 」と言って俺の後ろに隠れて子兎のようにガタガタ震えている。
「……八代何したんだお前……」
呆れながら聞く。
「んースキンシップ? 」とは八代。
「犯、され、た……」とは伊吹。
加害者と被害者の意見が噛み合わないのは当然だ。
庸はまたしてもくっくっくと笑っており、草薙は名前候補を探している。大丈夫かこのメンバー?
辰巳の心配をよそに夜は更けていく。
八代さんはやっぱり八代さんでした。朱美と環の話もいつか書きたいなと考えています。そして、草薙の娘の名前はどうなるのか?乞うご期待!




