決戦1
いよいよシキとの決戦日を迎えた。
戦闘の規模がどの程度になるか分からないので、祠から一キロ程離れた広場で待機することにした。ここなら一般人は入ってこれない。
もっともシロが言うにはシキは呪いをかけられた対象者へ向かっていくので、俺が派手に動かなければ人目に触れることもないだろう。
俺以外のメンバーは万が一俺が敗れた時には悪忍化する前に始末をつけて貰うように頼んである。
「シロ。もうそろそろか? 」
首筋が熱くなってきた。
【うむ。まもなくじゃろう】
そろそろ正午だ。
太陽を見上げたところ首筋の熱が一気に高まり視界が歪む。
【来るぞ! 】
先程まで晴れていた青空が紫の雲に覆われる。
ゴロゴロと雷が鳴り十メートルほど先に落ちて煙が上がる。
同時に凄まじい殺気が放たれる。
『グギャァァァァァッァァァァァァァ! 』
身長は俺の二倍以上、四メートルはありそうだ。
筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)という表現がぴったりで皮膚の色は青色。角は左右に二本で髪はなし。目は真ん中に巨大なのが一つ。腰巻きはぼろ布で虎柄ではない。
ズシンズシンと巨体を揺らしながら近づいてくる。
今のところスピードは早くなさそうだが予断は禁物だ。
徐々にシキとの距離が縮まる。先手必勝だ。
「一、二 、模すは剣! 」
真正面から駆け寄り真言を唱えつつシキの目の前で頭越しに飛び越える。
巨大な目玉が俺の動きに追随して上を向く。と同時に左の角目掛けて右手に形成された剣を振り下ろす。
「切り裂け !ザン! 」
しかしこれはシキの右手の方が早くガードされる。
表面を切りつけられただけだ。
そのままの勢いで飛び越し一回転して地面に着地。
振り向こうとしたが上から大きな岩のような手が押し潰そうと振り下ろされるのを感じ、そのままの前に転がって起き上がる。
ドガンッ!
凄まじい音がして掌型に地面が陥没する。周囲にはヒビ一つ入っていない。
体重を乗せて押し潰すつもりだったのだろう。肘までめり込んでいる。
好機!
着地の慣性を右足で踏ん張りその反発力を使って一気に距離を詰める。
「疾! 」
速度を上げる真言も併用して狙うは膝だ。
まずは機動力を奪う。
シキがこちらを見て力を込めて腕を抜こうとするがこちらの方が早い!
「切り裂け! 」
言ってからシキの狙いが腕を引き抜いて防御する事ではないと気づくが、この勢いではもう止まらない。
そこまで瞬時に考えてどうにか下からの衝撃に対して防御姿勢をとった所に、地面が礫となって散弾のようにばらまかれる。
その衝撃波で三度空中に舞うも、なんとか姿勢を戻して着地する。
「ぐはっ! 手ぇ振り上げただけでこの威力かよ! 」
防御姿勢はとったが土塊が腹に何発か入り咳き込む。
周囲は土埃で視界が悪い。
右後ろから殺気を感じて左側に転がる。
直後に今いた場所にドーンと手形が刻まれる。
今度は威力を抑えて速度を重視した攻撃だ。考えてやがる。
だが殺気が駄々もれの為、見えようが見えまいが位置ははっきりと感じる。止水のお陰か。
シキは気配を感じて動いているわけではなさそうだ。
最初の上空からの攻撃をあいつは目で見て防御していた。
俺のスピードではあの大きな目で追われるということだ。
となるとこの視界の悪さは俺にとっての好機。
(九、開いて扇を模す。そよげ、フッ)
心のなかで唱えて進む方とは逆方向に風を起こして土埃を揺らす。
シキの気がそちらに向いたところで速度をあげて目の前の殺気の塊に対して横凪ぎに剣を振るう。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁっ! 」
手応えありだ。俺の霊剣がシキの身体を切り裂いた感触があった。
土埃が収まると肘から下の右腕が無くなったシキが片膝をついてこちらを睨んでたっていた。当然ながら血は出ておらず、切断面は空洞のようにも見える。
「ぐるるる……」
と口の端から涎を垂らし、獣のように低く唸っていたと思ったら、一際大きく吼えた。
「がぁぁぁぁふっ……るあぁぁぁぁ」
ズリュッ!
空洞の奥から無くなった右腕が一瞬で生えてきた。
そして生えてきた右手には大きな古びた刀が握られていた。
【あれはちと厄介じゃのう】
ここまで口を出さなかったシロが言う位だ。その通りなのだろう。
【あれは夜霧という悪忍に堕ちた刀鍛冶が打った刀じゃ。悪意が溢れ出ておる。あれで斬られると治癒に時間がかかるぞ】
分かったと言って一度霊剣を消して間合いをとる
体格差があるので単純な打ち合いはこちらが不利だ。
こうなれば出し惜しみはなしだ。
「一、二 、三、四」
言って掌を下にして一度に空中に縦に四本線を描く
「五、六、七、八、九」
続いて四本線と平行に交わるように横に五本線を描く
「九字紋!発!」
言って格子状の九字紋をシキに向かって飛ばす。
シキに届くまでに九字紋は徐々に大きくなり、刀で九字紋を切ろうとしたシキをそのまま絡めとり動きを止める。
長くは効かないだろうが一瞬で十分だ。
九字紋を飛ばした直後にシキに向かって走り出しており、動きを止めると飛び上がり同時に水平に斬りつけ角を根本から断つ。
着地の直後にカランカランと両角が落ちて、黒い霧となって消えた。シキはその場に崩れ落ち、こちらも同様に黒い霧となって音もなく消えていった。
「ふぅ、終わった……のか? 」
ため息を吐いて誰となく呟く。
【うむ。この一週間がなければ確実に負けておったじゃろうが、よくやったの。九字紋が上手くいかなければ危なかったがな】
シロが誉めるとは珍しい。
確かに九字紋は成功率五割と言ったところだっただが、あの時は失敗するイメージがわかなかった。
「あー疲れた! 熱いフロ入りたいな……」
その場で大の字になって寝転がって己の願望をぶちまける。
「んじゃ帰りがけに温泉でも寄っていくか! 」
庸がお疲れと言って上から覗き込みてを差し出しながらいう。
「良いですねそれ! 」
俺はその手をがっしりととり、起き上がると心はもう温泉宿へと移っていた。
首筋の【七】の刻印が一つ静かに風に溶けていった。




