辰巳守2
ホーホーホー……ホケッキョ!
些かリズム感に欠ける鶯の鳴き声でまどろみから覚める。
「ふわぁ~ぁ……」
大きく伸びをした後に盛大な欠伸をして脳に酸素を送る。
そのまま首、肩、腰と回してほぐしながら徐々に身体を覚醒させていく。
季節はすっかり春の様相だ。
テレビをつけると天気予報では「今年の花粉は例年の二倍の飛散量です」とどこか楽しそうに言っている様に聞こえるのは被害妄想だろうか。
「毎年倍々で増えていくな花粉……そろそろ杉に地球乗っ取られるんじゃないのか? 」
テレビにツッコむ。
不思議なことに、毎年悩まされていた花粉症の症状が今年はまだない。
ただ、やつらは意識しだすと待ってましたとばかりに症状が出るから、花粉のことは考えないようにしよう。
テレビの音量を上げでベッドから起き上がりキッチンへ向かう。
もう少し身体を覚醒させる為にコーヒーでも飲もう。
ガチャ
洗面所の扉が開く
「あ、おはようございます守さん! よく眠れましたか? 」
起き抜けには眩しいほどの笑顔で楓が言う
「あぁおはよう。毎朝続くな」
楓は毎朝のランニングを欠かさない。
昔からの習慣だというが素直にすごいと思う。
「中学の時からですから。やめると調子悪くなりそうでやめられませんね」
と石鹸の香りを漂わせながら脇を通り抜けてリビングへ向かう楓。
不意に後ろから抱きしめて唇を塞ぐ
「ひゃっ! むぐ~む~……ぷはっ! もーいきなりじゃびっくりするじゃないですかぁ」
顔を赤らめて上目遣いで嬉しそうにそんなことを言う。
俺の右手に【水】の印が発現したのが一年と三ヶ月前の誕生日。楓と一緒に居る時だった。
印持ちと周りにばれると無用なトラブルになることがあるのでわざわざ見せびらかす必要はない。
街中で発現してしまった為、楓が誕生日プレゼントということで手袋を買ってくれた。
しかし、手袋と共に楓より想いを告げられた時は、何を言っているのか正直わからなかった。
それもそうだろう。私と楓は十も歳が離れている。
楓に言わせればずっとオジサン好きを公言していたのに鈍すぎるとのことだが……無理もないだろう。
女として意識をした事はなかったし、正直人付き合いが面倒だった私は断った。
断ったが、若さというのは怖いものを知らない。一度想いを告げられてからの猛アタックは凄まじく、
また、そのやりとりを楽しく思っている自分に気付いた時には、十分魅力的な女性であり、なくてはならない存在として楓を見ていた。
楓の両親は共に十九年前の大震災の時に亡くなって既にこの世にいない。
楓自身も瀕死の重症を負いながら奇跡的に一命をとりとめた。
故郷では祖父母の家で育てられ、人懐こいのはその影響もあるのだろう。
「? どうしたんですか? 守さん? 」
しばらく動かない私を見て楓がきょとんとした顔で首をかしげる
「いや、寝起きでまだボーっとしているらしい。楓もコーヒー飲むか? 」
「あ、じゃぁ私が淹れますから、守さんシャワー浴びてきてください。何か食べますか? 」
そう問われると腹が減っていることに気付く。
「じゃぁ、パンも焼いておいてくれ。あ、あと――」
「「コーヒーはブラックで」」
声が重なりお互いニヤリと笑った後に俺は風呂場に向かい熱いシャワーを浴びた。