始まりの唄
かーごーめーかーごめー
かーごーのなーかーのとーりーはー
いーついーつでーやーるー
よーあーけーのばーんに
つーるとかーめがすーべった
うしろのしょーめんだーれー
突如大音量でエコーのかかりまくった女のような子供のような声で響いた唄は守衛室のメンバー全員に起こっていた。
***
――早川 庸の場合
「なんだぁっこれはっ! あ、頭が割れそうだっ……ぐぅっ! 」
リビングで庸が急に苦しみだしたかと思うと手に持っていたカップを床に落として耳を塞いで倒れこむ。
「あなたっ! ちょっとあなたっ! どうしたんですか? ! 頭が痛いの? 救急車呼びますかっ? ! 」
その尋常でない様子に流しで洗い物をしていた文が気付き手を拭くのも忘れて慌てて駆け寄る。
「ぐっ……あ、文ちゃんには聞こえねぇのか……てことは【ハチっ】! これがなんだかわかるかっ! ? 」
文に何もないということは、字関係の事象だろう。
痛む頭でそこまで考え霊獣を呼ぶ。
【庸! これは「始まりの唄」だ! 】
白毛に覆われた犬神のハチが顕現しながら信じられないと言って答える。
「始まりの唄……だと? 」
なんだそれは? 唄は止んだが頭がガンガンする。
暫く立ち上がれそうにない。
「ハチちゃん! 庸さんは大丈夫なの? ! 」
【文。命に別状はないから大丈夫だ。落ち着いて。さぁ割れてしまったカップを片付けよう。庸は少しこのまま横にしておいてあげて】
落ち着いた青年のような声で文へ声をかける。
今は文を安心させるため、あえて姿も声も出している。
勿論、文の前に姿を表すのは初めてではない。
文はハチの言葉を聞き「あービックリした」と言って大きく息を吐くと、言われた通り床に落ちたカップを片付け始めた。
【東南の空に陰りが見える。おそらく辰巳だろう。】
ハチは空を見て振り返り庸に告げる。
「辰巳のやつに何かあったって事か? 」
少し落ち着いてきた庸が聞き返す。
まだ身体は起こせなそうだが、少しましになってきた。
【細かい事までは分からない。ただ白龍の力がかなり弱まっている】
「白龍? シロの事か? あいつ龍だったのか? 」
辰巳がへびへび言うので蛇だと思い込んでいた。
【そうだよ。でも今は弱っている様だから、庸が落ち着いて動けるようになったらすぐに発とう】
そう言うと犬神は姿を消した。
***
草薙利の場合
個人的にコーヒー豆を卸してくれる喫茶店に行き、いつものコーヒー豆を購入した帰り道突如起こった。
「ぐぅぅぅっ! この唄は……」
ビルの外壁に手をつきどうにか踏みとどまるも頭の中で唄がガンガン響いている。平衡感覚がなくなり酔った様な感覚に襲われその場でしゃがみこんで胃の中をぶちまける。
【利! これは始まりの唄だ! 下っ腹に意識を集中して堪えろ! 】
野太く力強い声が響き【大亀】の仁王が姿を現す。
唄が止み草薙が落ち着いた頃合いを見て仁王が説明を始める。
【かごめとは本来「凶」と書き、その字の通り凶兆を表す。
籠の中イコール閉じた世界の道理は五人対五人で手合い(闘い)をする。世を分けるような事は全て剣と盾で統べられた。ましらは猿で申の正面は寅。鬼門を指し、凶事が誰かに及ぶ。その始まりを謳う歌だ】
元の唄はこうだ
凶凶籠の中の道理は
五五手合う
世分けの万事 剣と盾が統べた
猿の正面誰だ
【つまり、悪忍のやつらからの宣戦布告ということだ】
「じょ、上等じゃねぇか……よ? クソ悪忍の分際で俺に調子こきやがって……グッチャグチャのボッコボコにしてやんよっ! 」
ネクタイを弛め額に青筋をたてて眉を寄せ、ビルのコンクリート壁をえぐりとり握りつぶして言う。
【利。地が出ているぞ……】
仁王がやれやれと額を押さえる。
***
隠田 伊吹 の場合
「! ! な、に? こ、れ? 」
湯煙が漂うバスルームで薔薇の香りの入浴剤入りのお湯に浸かっていたときにそれは起こった。
音が反響しているのか全方位から音の波に呑み込まれて意識が飛びそうになる。
【伊吹! 意識を失っちゃ駄目だよ! 肚に力を入れるんだ! 】
ハッコが顕現するなり大声で警告する。
言われた通り湯船の中で足を踏ん張り、肚に力をいれて意識を保つ。
暫くそのままの姿勢でいると徐々に音が止み。
続いていた耳鳴りも収まった。
「ハッコ、今の、何? 」
まだ立ち上がれそうにない。
【始まりの唄だよ! 誰かが悪忍の襲撃を受けたんだと思う! 】
唄の意味や意図を説明する。
「五、対、五? 」
確かに守衛室のメンバーは辰巳が加わり五人だが、
悪忍の側も組織だって動いているということか。
悪忍という言葉の響きから、組織的な動きを排除してしまっていた。
【もう気づいていると思うけど、字は木火土金水の陰陽五行が基礎になっている。本来は陰と陽は善と悪ではないけれど其々対応する闇があると考えてくれればいい。】
「闇、の、火、エビル、ファイヤ、ナイト、か……ぐっ! 目がっ! 」
急に額を押さえながら苦しみだす伊吹にハッコが警戒する。
【伊吹! ? どうしたの! ? 目が痛いの? ! 】
「ふ、ふ、ふ、邪眼、の、力、を、なm」
スパーン! と良い音がバスルームに響き、伊吹はブクブクと湯船に沈んでいった。
***
兼光 八代の場合
「な、なに……これっ……もしかして朱美! ? ……うるさーいっ! ! 近所迷惑! 音量下げなさいっ! ! 」
部屋にいる長女が大音量で音楽を聴き出したのかと思った八代は、あまりの音の大きさに、一言注意しなければと娘の部屋の扉を開けて怒鳴りこむ。
しかし、よく考えれば今は学校に行っている時間なので当然部屋には誰もいない。オーディオ機器が誤作動を起こしたような気配もない。
チュンチュン。
外では鳥が鳴いている。
【あのね、八代。今のは始まりの唄だと思うよ? 】
金翅鳥の【カルラ】があまりにも平常運転の八代にかいつまんで説明する。
「は? じゃぁなによ? 今のは私にしか聞こえないって言うの? 」
それが本当なら昼間っから大声を出している自分こそ近所迷惑甚だしい。考えると冷や汗が出てきて玄関からそーっと外の様子をうかがう。
ガチャ
ちょうどお隣の奥さんが出掛けるところで目があった。
「あ、あらやだ奥さん! 大きい声だしちゃってごめんなさいねぇ~」
口に手をあて、オホホホと取り繕う。
「八代ちゃん……大丈夫? 悩みがあるなら相談してね? 」
本気で心配されてしまった。とがっくり肩を落とす。
長女の反抗期真っ盛りの時は、怒られる度に家を閉め出された朱美がドアの前で泣いていると「おばさんが一緒に謝ってあげる」と何かと母子家庭の我が家を気遣ってくれていただけに心苦しい。
「煩くしてごめんなさい。ちょっと寝ぼけて娘を叱る夢見ちゃったみたいで」
あははと笑って言う。
実際似たようなものだろう。
「あらまー環ちゃんもそろそろお年頃だものねぇ……」
あんまり張りつめない方がいいわよと言って出掛けていった。
バタン
玄関のドアを閉めてふらふらとリビングに向かい、ソファに倒れこむ。
「あー疲れた。で、さっきの唄は結局なんなのよ? 」
全部お前が悪いと言わんばかりの詰問口調。
【だから、悪忍との闘いがいよいよ始まるんだよ! 】
羽をバタバタさせて事の重大さを必死にアピールするカルラ。
「ふーん。じゃぁ時間になったら起こしてね」
と言って中断された昼寝に戻るなりスースーと寝息をたてて寝てしまった。
【えぇぇぇぇぇぇ! ? ちょっと八代! 平常運転過ぎるよ! 】
あわわと狼狽えながら羽でバシバシ頭を叩くも遅かった。
がんばれカルラ! 負けるなカルラ! 君は正しい!




