前兆2
「ところで、その耳のピアスみたいのはどうしたんですか? 」
あぁこれかと言いかけて違和感。
何だって?!
「楓! これが見えるのか? ! 」
どういう事だ? これは字の能力に依るもので、普通は見えないんじゃないのか?
「え? いや、普通に見えますけど……白い蛇のイヤリングですよね? 」
確かに見えているようだ。
(どういう事だシロ? 普通の人間には見えないんじゃないのか? )
【普通の人間には見えぬよ。見えると言うことはこちら側の人間と言うことじゃろう】
(楓も忍の末裔と言うことか? )
【字(世間的には印)】に関する現在世間に流れている情報は、政府側で意図的に流している情報だと守衛室に入ってから聞いた。
理由としては単純で、探られる位なら適度に本当の事を混ぜた情報を公開してしまえとなったらしい。
人は隠されると知りたくなるが、知ってしまえば案外興味を無くすものだ。
内閣府の発表された年齢制限や発現者数は当然嘘。
伊吹もあぁ見えて二十二歳。楓より年下だしな。
実は大地震の際に悪忍と守衛室の前身となる組織の間で戦闘があったらしい。
そこでの様子がいくらか人の目に触れてしまったため、やむなく噂を流して情報操作をしたとの事だ。
その甲斐あってか今では都市伝説レベルで語られる程に落ち着いている。
だから、仮に楓が忍の末裔だったとしても何ら不思議はない。
「えっと、守さん?」
不安そうな顔で俺を見つめる楓。
俺はふぅっとため息をついて姿勢を正して口を開いた。
「楓。これは字の能力に目覚めた者しか見えない筈なんだ……」
イヤリングを指して言う。
「え……それってどういう……」
突然の事に怪訝な表情を見せつつ戸惑いを隠せない楓。
「このイヤリングに触ってみてくれ」
椅子から立ち上がり楓の側に行く。
おずおずと手を俺の耳の方へ伸ばすも、見えているのに触れない事に驚く楓。
「あれ、触れない……? 」
「これは俺にしか触れないんだ」
言って指でピンと弾いて見せる。
「……不思議ですね。どういう事なんですかこれ? 」
俺にも分からないが楓の身体の何処にも字は無かったはずだ。しかし、俺の時も急に現れたわけだから俺がいない間に発現したのかもしれない。確かめる必要がある。
「よし、楓。服を脱ぐんだ」
一瞬の間。
「いや、守さん……まだ昼間ですし……私シャワーも……あいたっ! 」
腰をくねらせながら言う楓に容赦なく拳骨を振り下ろす。
「いったーい! 今グーで殴った! ? 星が見えましたよ! ? 」
グスンとわざとらしく泣いて見せる。
「なんで今の流れでそうなる……」
俺の言い方も悪かったかもしれないが、話の流れと言うものをもう少し考えてほしい。
「だって、久しぶりに守さんと一緒に居るんだし……ブツブツ」
人指し指で机にいじいじとした動作をとる楓を無視して続ける。
「身体のどこかに字が発現していないか確認するだけだ」
優しく言って楓の頭を撫でる。
「はぁい……」
と口を尖らせて立ち上がる楓。
いや、まぁ確認が終われば別に構わない。というか、脱いだ次いでだし良いだろう。そんなことを考えながら楓を見ていた。
「あの、守さん……そんなに見られていると恥ずかしいんですが……」
シャツのボタンを途中まであけてから、はっと気づいて顔を赤らめて胸元を隠しながら上目使いでそんなことを呟く。
「あ、あぁ悪い……」
言って後ろを振り向く一瞬、首筋にチクリと痛みが走った。
(なんだ……急に眠く……シロ……?)
【おい! 守! どうした! 意識をしっかり持て! くっ……遅かったか? ! 】
「う~ん。ダメですよシロちゃん? 守さんはお疲れなので、そのまま眠らせてあげてください」
楓が胸をはだけ、後ろに結んだ髪をほどきながら言う。
楓の胸元に黒いモノが明滅する。
(楓……どうしたんだ?……駄目だ……意識が……)
そのまま意識が遠くなりドサッと倒れてしまった。
【貴様! 何者じゃ! ? なぜわしが見えている? 悪忍か! ? 】
「流石シロちゃんは何百年も存在し続けてるだけあって鋭いですね? でもちょっと違いまーす」
てへっ。と言っておどける。
【なんと言うことだ……ずっと近くにおってこんな禍々(まがまが)しい気にわしが気づかぬとは……守を騙しておったのか! 】
「騙してなんかいませんよ? だって楓ちゃんは何も知らないですから」
両手のひらを上にあげて肩をすくめて、心底以外という表情で告げる。
【何? ! どういう事じゃ? 】
「やだなぁ一々教えるわけないじゃないですか。さっきから質問多すぎですよ」
カラカラと笑いながらリビングの机を周り、守の身体へ近寄りながら答えて続ける。
「さてと。時間もないんで早速ですが要件をお伝えします。これから二十二日後に守さんは悪忍に堕ちます。七日に一度【シキ】が表れますので頑張ってやっつけて下さいね」
【【死鬼】じゃと! 】
シロの目が見開かれ驚きを露にして楓を凝視する。
「シロちゃん。童貞みたいにがっつかないでくださいってば。色の方の色鬼ですからご安心を。もっとも、ご要望とあれば【死鬼】にしますが? 」
少しムッとしたが笑顔を崩さず聞き返す。
【どちらにしろ今の守では太刀打ちできんじゃろう。七日に一度とは、七七七の喜呪か。こんな呪いをどうやって……】
ちらりと守の首筋を見ると【七】という字が三つ少し間隔をあけて三角を描くように浮き出ていた。
「ピンポーン! ……まぁ一週間毎に死ぬ気で頑張ってください。あ、ちなみに守さんに打った呪いは色鬼の角を落とせば一つ消えていきますよ」
まぁ全部倒さないと意味無いですけどね。と笑顔で付け加える。
【そんな事は解っておる。こんな高度な呪いをわしに気付かせずにやってのけるとは何者じゃ? 】
シロが警戒しながら問う。
【まったく察しが悪いですねこのヘビは。そんなんだから蛇なんかと間違われるんですよ? 】
楓が呆れ顔でシロを見ると、声から突如思念での会話に移行した。
【その声! そうか! 貴様は……黒龍! 】
【ここまで来てそうか! と言われてもですね? 白龍……いや、今はシロちゃんですか。ははっ! 角を折られたあなたにはお似合いですね】
言うなり楓の皮膚が黒光る鱗に変わっていき手足が覆われる。
両耳の後ろからは龍の角が生え、髪には鬣の様に黄色い筋が浮かび、腰の辺りからは龍の尾が生えてくる。
【ひとつ良いことを教えてあげましょう。守さんに風雅が亡くなった時の事を聞いていますよね? その時助けた子供が楓ちゃんなんですよ】
守は風雅が震災の時に子供を助けて死んだと言っていた。
風雅は守の祖父で白龍と黒龍の主だった男だ。
しかし、風雅に息子が出来たときに字の秘術で白龍のみがその息子へ引き継がれた。
黒龍はその性質が闇に引っ張られ過ぎていた為に、風雅の代で封印されるはずだった。
【なんと言うことじゃ……まさかわしが目覚める時期がずれたのも……】
【今頃気づいたんですか? 私の呪いですよ】
がくりと項垂れる白龍に黒龍が告げる。
【そう言うわけですのでシロちゃんは頑張って守さんを鍛えてくださいね! 最低でも真言と霊剣か霊槍位出来ないと太刀打ちできませんよ? 】
そう言うなり窓がバンッと音をたてて開くと共に黒い突風が吹き込んできて楓の体を包み込む。
風が止むとそこにはもう楓の姿はなかった。




