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前兆

ガチャリと家の鍵を開けて二日ぶりの我が家へ入る。


「ただいまーー」


開けた瞬間に(かえで)がガバッと飛び付いてきて、慌ててたたらを踏む。


(まもる)さん! 」


胸に(うず)めた顔をあげると目の(はし)に涙が浮かんでいる。

いつもと違う様子に怪訝な表情を返すが、その原因はどうやら俺にあるようだった。


「『五日』も連絡寄越さないで一体どこ行ってたんですか? ! 心配したんですよ! 」


ドンドンと両手で俺の胸を叩き、無事でよかったと泣きじゃくって座り込んでしまった。


「ん? ちょっと待て。五日だって? 」


二日前に夜勤に行って、そのまま(強制的に)修業に入ったわけだから計算が合わない。


「四日前の私が家を出る時間に帰って来なかったんで、忙しいのかと思ったんですが、夜帰ってきても守さんが家に戻った形跡はないし……」


涙を拭って続ける。


「次の日の朝になっても帰ってこないから、(あや)さん……早川さんの奥さんに相談したんです。そうしたら旦那さんに聞いてくれて、急遽出張になったから連絡できなくてごめんよ。心配しなくて良いよって言われたんです。」


でも……と躊躇いがちに続けて


「三日も連絡がないとなんかあったんじゃないかって……すごく心配になって……考え始めたらどんどん悪い方にいっちゃって……」


無事で良かったと言って再び泣きじゃくる。


「そうか。連絡できなくて悪かった。ほら、俺はこの通りピンピンしてるぞ! 」


ことさらに元気をアピールして慰める。

どうにか落ち着いた(かえで)に笑顔が戻り、涙を拭って「おかえりなさい」と言葉を貰ったことで(ようや)く帰宅を果たした。


***

「一体どうなっている? なんで五日も経っているんだ? 」


熱めの風呂に入りながらシロに訪ねた。


龍穴(りゅうけつ)は膨大な時間をかけて龍脈(りゅうみゃく)から流れ出る力が集まった場所じゃから、(とき)の流れが早かったり遅かったりすることがある。古来より霊山(れいざん)と呼ばれるような山では一日の山籠りで何日分もの修行成果を得たりするために様々な組織や民間でも元服等の際に用いられておった】


「そういうもんなのか? 」


【そういうものじゃ】


そう言われてしまえば納得するしかない。

実際あそこにいる間は感覚がおかしくなっていた。


暫く何も考えないで浴槽に頭まで浸かってから、顔をあげてブルブルと水滴を飛ばす。



「守さーん コーヒー淹れたんでそろそろどうですか? 」


コンコンと浴室のドアをノックしながら、(かえで)の声と共に覚醒を促す良い香が届いた。


コーヒーでも飲んでスッキリしよう。

わかった。と言って実に五日ぶりの風呂を後にした。


***


「それで、五日間も何処に行ってたんですか?」


コーヒーを飲んで一息ついたところで(かえで)が切り出してきた。まぁ楓は事情を知っている訳なので今さら隠す必要もないんだが……


御岳山(みたけさん)と言う、東京の西の外れにある山の近くに行ってたんだ。知っているか? 」


楓はう~んと少し考えてから、知らないですと頭をふった。

実際俺も行くのは初めてだった。登山客の間ではそれなりに有名なようで、登山道に出ると年配の登山客をそれなりに見かけた。


「楓は知っていると思うけど、この水の印に関してここ何日かで急展開があってな。その関係で山籠りするはめになったんだ」


「えー! それちゃんと理由があったんですか……」


確かに、守衛室に来てから何も起こらないまま今に至るわけで、楓もほとんど気にしていなかったから驚いていた。


「それでな。かなり荒唐無稽な話で未だに俺も全部は把握していないんだが……良いか? 」


楓は真面目な顔でコクンと頷く。


「まず、俺は忍者の末裔でこの(しるし)(あざ)と言ってうちの一族に伝わるものらしいんだ」


近くのメモ帳を取り「字」と書いて「あざ」とルビをふり続ける。


「俺の両親は恐らくそれを(じい)さん達から受け継いで、俺にも同じことをしたんだと思う。これは(じい)さんも両親ももういないから確認のしようがないけどな」


実際、(じい)さんか両親のどちらかが生きていればもう少し詳しい話も聞けたんだろうが、居ないものは仕方ない。

肝心のシロは寝過ごしたらしいから役に立たない。


「でだ、最近変な事件多いだろう? 容疑者が【何も覚えてない】とか【気付いたらやってしまっていた】とか。いや、まぁ確かに昔からあるにはあったが、ここのところほぼ毎日だ」


楓は黙って聞いて頷く。


「それの全部とは言わないが、原因は昔の俺の一族からでた悪いやつら、つまり悪忍(おに)の仕業らしいんだ」


再びメモ帳に「悪忍」と書いて「おに」とルビをふって楓の顔を見ると、理解しようとしているのだろう。難しい顔をして何事か考えているようだった。


「どうした? 」


楓が何か小声で呟いている。


「……あざ、しのび、おに? んーどっかで……んー」


聞こえていないようだ。


「楓? 大丈夫か? 」


再び声をかける。


「あ、はい! 大丈夫です! えっとなんかあれですね? 昔話にありそうな感じですね」


まぁそれが普通の感想だろう。

しかし、先程の呟きが気になり聞いてみた。


「さっき何か言ってたが、この話をどこかで聞いたことがあるのか? 」


再びうーんと唸り


「いや、私が直接的に聞いた事はないはずなんですが、何かこう引っ掛かると言いますか……うまく言えなくてごめんなさい」


駄目だぁ分からないと言って机に突っ伏す。


「まぁ楓の言った通り、鬼や忍者なんてこの国にすんでりゃ小さい頃に昔ばなしなんかで聞くからな。そういう物語を小さい頃に聞いたか読んだんじゃないか? 」


俺の場合は聞き馴染みのある言葉なので、尚更受け入れ難くもあるんだが……等と考えていたら「そうですね」と言った後に予想もしない言葉が楓の口から飛び出した。


「ところで、その耳のピアスみたいのはどうしたんですか? 」

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