八代さんは書類仕事が嫌い
二〇四〇年八月十五日
作成者:兼光 八代
【発生内容】
日時:八月十日 十二時頃
場所:JR新宿東口駅前広場
対象:瓦場 康介 巡査(二五)
段階:鬼化(一角)
処置:無力化後に捕獲
被害:死者 なし 重傷者 なし 軽傷者 十二名
担当:○辰巳 守 ○兼光 八代 ○早川 庸
備考:目撃者二名
○目一:相谷美咲 一般人
○目二:車折 轍 巡査長
所感:発症から鬼化までに時間差がほとんど無かった様に感じる。
以上
「・・様に感じる。以上っと! 終わったー」
ホロキーボードを勢いよくターンッ! と打った後に、椅子から立ち上がり大きく伸びをする。
「ん~~~~~~っとぁッ! あ~~ん~~あ~~ふぅっ」
【更に伸びをして首と片をごりごり回す女性こそ、守衛室の自称美人枠、兼光八代 齢さんjy……】
バシン!
「ちゃんと紹介しなさいよっ!」
【ひどい・・齢二十歳と一三六ヶ月、二人の娘を育てながら悪忍と戦う、正に働くお母さんの鑑である】
「そうそう。やればできるじゃない! おねぇさん嬉しいわ! 」
うんうん。と満足そうに頷きながら、目の前の金翅鳥の霊獣【カルラ】の頭を撫でている。
【八代さ、二十歳と一三六ヶ月って余計「痛々しい」よ? 】
悪気はなく親切心からの進言だったのだが……
「……ナニカイッタカナ? カルラチャン? ハハハ……」
目が笑っていない。台詞も棒読みだ。
【怖い! 怖いからっ! 二十歳の娘が出す殺気じゃないよそれっ! 】
羽根を身体に巻き付け、足は生まれたての小鹿のようにがくがくさせて怖がるカルラ。いや、君は正しい。と誰かに言ってもらってる気がするのがせめてもの救いか。
「うっそよーん! ビックリした? 迫真の演技だったでしょ~? 」
絶対に違う。あの目は何人か殺してる目だと思いながら、あの殺気を見た後でそんなこと言えない。
【え、えー! や、やだなー八代ったら! ボク、だ、だまされちゃったぁ……あは、あはははは……】
今は一刻も早く話題を変えなければならない。
【そ、そうだ! 今は何していたの? 】
あからさま過ぎる話題転換に八代の目がスッと細くなる。
流石にに焦りすぎたかと己の失策を悔いる。
「ん? この間の新宿の報告書よ。まーったく今時紙よ? 紙! 」
よかった。怒りの矛先が変わった様だ。
「別に手書きでやれって訳じゃないんだし、決められた項目に調べたこと入力するだけじゃねぇか。ちゃっちゃとやっちまえば良いものを……」
早川庸が一部始終を見ていながら他のところには触れず、業務内容に関してのみ指摘する。流石だ。
「早川さーん。この報告書形式本当に面倒なんで、監視カメラの映像と現場の音声ファイル添付で関係者のREVOに送ってそれぞれ承認する形にしてくださいよー」
もうやだやだーといって子供みたいに駄々をこねる八代を見て、またかと呆れる庸。
REVOはスマートフォン普及後期に【革新的な情報端末】として登場したウォッチタイプの情報端末だ。ウェアラブル機器と違うのは、こちらが本体でありワンストップで完結している。
腕に巻いた本体の手のひら側にホロ液晶を投射する機能が付いており、本体は身に付けつつ画面を実際に持つ必要がない。技術的にはARナビと同じようなものだ。
本体側の指のモーションを予め登録しておくことで、ページ捲りやアプリ切り替え等の動作も片手で行える。
最新技術に弱い年配向けにも一気に普及したのは、音声認識とオンラインサポートの充実もあっただろう。
更に画面はあくまでも投射映像のため人や物にぶつかることもなく、基本的にハンズフリーである。ディスプレイサイズは五インチ~十インチまで常時変更可能で外部機器としてはARグラスがあれば、HMDの様に使うことも可能だ。
充電は腕につけて歩いていれば太陽光と自動巻きの要領で勝手にしてくれるので、長期間外したり使わなかったりしない限り基本的に電気は不要だ。
常時装着型かつ対ショック構造に完全防水で水深五〇〇メートルまで耐えられ、端末の落下、水没、紛失、盗難と言った過去の携帯端末にありがちなリスクも皆無。
どちらにせよ初期登録でマイナンバー、指紋認証、静脈認証は必須なので、他人のREVOを盗んでも使用不可だ。
特に業務用では勤怠管理や情報閲覧権限の付与などで、入室可能エリアを設定でき情報漏洩リスクを極限まで減らせるとあり、それまでタブレットシェア一位の製品を採択していた企業がこぞってREVOに乗り換えていった程だ。
またウォッチタイプのため、脈拍、血圧、睡眠時間等も常時計測しているため、直近三日以内の数値に異常があれば人事担当者へアラートがいく。
人事担当者は速やかに該当者の休暇手続きをとらなければいけないので、過労死や業務中の突然死のリスクを未然に防ぐことが出来る。
八代もOL時代に使っていたからこそ、その高い有用性を認識しているのだろう。ただ、やはり役所的な組織にはなかなか最新の機器というのは配備されないのは今も昔も同じだ。
「じゃぁその企画書とシステム変更依頼書作って見せてくれよ。上を納得させられる内容なら申請してやるよ」
「書類仕事面倒だって言ってるのにまた書類仕事増やすとか、早川さん鬼畜ね……」
【結局いつもこうなって終わるため、八代の書類仕事がなくなる日はいつになるのか分からない状態である……】
淡々と締めるカルラの後ろから、目が笑っていない八代が近づいているが本人は気付いていない。この後の惨状は後に血の月曜日と呼ばれたとか呼ばれないとか。




