帰宅
ザッザッザッザ
腰まである草を掻き分けて道なき道を進む。
時々止まって太陽の位置を見て、集中して進むべき方向を見定める。油断しているとまっすぐ進んでいるつもりが、いつの間にか同じところをぐるぐる回らされている。
どうやら龍穴と言うのは人の感覚を狂わせるようだ。
夜明けと共に出発したはずが未だ人里が見える気配がないまま、太陽は真上に来ようとしている。
【止水を維持しろと言っておるじゃろう】
白蛇の【シロ】がしゅるっと現れていう。
「そう言われてもな……人間が本気で集中出来るのは精々十五分ほどだ。ずっと集中なんてできるか」
先程から行程が遅々として進まないのは集中力が持続しないせいもある。
気を抜くとすぐに止水が解けてしまう。
【止水は集中とは違うのじゃ。集中は止水に入るために「お主が必要と思い込んでいるだけ」じゃ】
同じことだろう?
【お主頭は悪くないし、閃きもあるはずなのにどうも頑固なところがあるのう……】
誉められているのか貶されているのか分からない。
【いいか、初めて止水に入った時を思い出せ。今のお主が言っているのは止水には程遠い。ただ水面を凝視しているだけじゃ。己を中心として意識を外に広げて俯瞰で全体を見渡せ。そして力の波紋を感じても意識をそこに引っ張られるな。夜空の星を見るときに、見つけたからとその星を見ようとすると見えなくなることがあるじゃろう?俯瞰、心眼、周辺視、呼び名はなんでも良いが、一点を凝視しようとするな】
随分長く説明されたが言われてみればその通りだ。
力の波紋を追うばかりに、感じる度に意識を持っていかれていた。
「考えるな。感じろってことか」
使い古された言葉と言うのは陳腐に聞こえるが、それだけ本質を得ているという事だろう。
集中しつつ俯瞰で見る……
うーん。どうしても頭で考えてしまう。
「少し休憩だ」
どうにもダメな時はある。
そういう時は気分転換をして見ると案外良い方向に転んだりする。「ふあぁー」と大きく伸びをしてその場に寝転がる。
木漏れ日が良い感じにキレイだ。
少し目をつぶっていっそ昼寝でもしてしまえと更に大きな欠伸を繰り出す。
先程までは聴こえなかった葉っぱに水滴が落ちる音や、鳥の鳴き声も聞こえる。この鳴き声はなんだっけかな……
ピッピチュピーチピリリチチチ……
あぁホオジロか。ホオジロは山奥にはいなかったはずだから人里近いのか? 等と考えている間に本当に寝てしまった。
眠っているんだが自分の周りの景色がよく分かる。
あぁ、コレが止水なんだろうなと思いながら森の緑に包まれて心地好い眠りに落ちた。
***
目覚めたときには日が真上から西に向かって落ちようとしていた。
後ろから何かが近づいてくる。
振り向かずに声を出す。
「よう伊吹お前も道に迷ったのか? 」
「……なん……だと……? 」
声をかけられると思っていなかったのか、伊吹が驚いているのが分かる。
「コレが自然体の止水ってことか」
不思議な感じだ。前を向いているのに後ろのほうや遥か遠くの方まで見渡せる感じがする。
伊吹が目の前に歩いてくる。
「それ……」
指で俺の方を指す。それ? どれだ?
後ろを振り返るが何もない。もう一度伊吹を見る。
ふるふると首を振り再度俺の左耳辺りに指を移す。
左耳の辺りを触ってみるとカツンとなにかが当たった。
なんだこれ? 触ってみるとつるんとしたリング状のものが耳から下がっている。
引っ張ってみると取れた。蛇を象った太めのイヤリングのようなものか?胴体に当たる部分に幾つか穴が開いており、一つが青く光っている。
【止水をモノにした証じゃ。お主以外が引いてもとれん。着けておけば常時止水の待機状態にいるようなものじゃ。】
いつの間に?と思ったが、寝転んだ時に感じたあれがそうかと思い至る。
「これ……」
伊吹が右手の甲を上にし俺に見せるように差し出す。
その人指し指には銀色の狐を象ったリングが嵌められており、片目が赤く光っている。
「これは……俺のと同じ様なものか? 」
コクリと伊吹が頷くとおもむろに手を握り、一、二、三、四、五と順番に数を数える様に手を開く。
五のタイミングで掌の上に人魂のような炎が出て来てチロチロと燃えている。
【これが『狐火』だよ! さっき見たでしょ? 】
白狐のハッコの声がする。
成る程。こいつら先に帰ったわけでも消えたわけでもなく、気配を消して着いてきていたのか。
「と言うことは、他の穴はまた何か別な力をモノにすると光るって訳か」
【光らせることが目的ではないがそう言うことじゃ。全部光ったところでコンプ報酬はないからな】
まぁ目標があったほうが良いというものだ。
「さて、これからどうするんだ? 帰り道で迷うことはもうないと思うが、修行とやらはこれで終わりか? 」
さっさと帰って熱い風呂に入りたい。
「一旦、終わり……」
でも、と付け加え
「家に、帰る、までが、修行、です」
小学生か。




