長めのコーヒーブレイク2
「……なた! あなたってば! 」
文の声で現実に戻る。
「おっと悪い悪い。ついつい昔の事を思い出していてな」
時間にして5分ほどだったらしいが、ニヤニヤしたり鼻の下伸ばしたりと百面相をしていたらしい。
「昔の事って……随分楽しそうな顔をしていましたけど……」
何を思い出してたんだか。と溜め息をついて言う文
「今は、俺がプロポーズした時の事だな」
ブーッと吹き出す音と、カップをソーサーにガチャリと置く音が聞こえ、ガタッと椅子から立ち上がる
「おいおいきたねぇな……ギャグアニメの登場人物でもねぇのに、俺らの年齢でそういうことやると病院か施設に連れていかれるぞ? 」
冗談混じりで言うも、次の言葉はあらかた予想できた。
「「あ、あなたが急に変なこと言うからでしょ? ! 」」
うむ。息ピッタリ。これぞ長年連れ添った夫婦ってやつだな。ニカッと笑って親指をビシッと立てる。
さらに大きいため息を吐いて、あからさまにがっくり肩を落とす文。
ここで何を言っても仕方無いことが解っているので、コホンと咳払いをして姿勢を正すと自ら語り始めた。
「あの時は本当にビックリしたわよ。十年ぶりに会っていきなりプロポーズされる方の身にもなってほしいものだわ」
プンスカという音が聞こえそうな雰囲気で怒ったふりをする。
「十年ぶりに会ってお前が欲しいって気付いたんだ。あそこでプロポーズしなきゃ男じゃねぇだろう? 」
あの時の気持ちは今も変わっていないし、間違っていなかっただろう。
「だいたい、わたしがもう結婚していたらどうするつもりだったんです? 」
「いや、母ちゃんに帰省の連絡した時に見合い断っているって聞いてたからな」
「いや、だから、相手がいるから断っていると考えなかったんですか? 」
呆れながらいう。
「いや、結婚しているやつに見合い話持ってく間抜けもいねぇだろ……」
まぁあの時は理屈じゃなかった。
***
文がダッシュで駆けていく後ろ姿を見ていた。
予想通りというかなんというか、盛大に転んで周りから生暖かい視線を浴びている。
一瞬時が止まったかと錯覚したが文はすくッと立ち上がり手足の汚れをはたいて落とし、転んだ勢いで飛んでいった麦わら帽子を拾い、何事も無かったかのように早歩きでスタスタ歩いていった。
ここから見た限りはたいした怪我はなさそうだ。
さてと。とりあえず実家に向かうか。
二、三日は必要だよな。などと考えながら懐かしの家路へついた。
***
一週間はあっという間に過ぎた。
十年ぶりに見る両親はとても小さく、一気に老けたように見えた。
俺の部屋もそのままにしていたそうだが、キチンと掃除がされていてきれいだった。
母親曰く、すぐ帰って来ると思っていたとのこと。
親父はそっけなかったが酒は飲めるのかと聞かれ、晩酌に付き合ったら嬉しそうにしていた。
一通り実家の掃除や庭木の手入れをして、プロは違うな等と言われて嬉しかった。親父のお陰だと素直な気持ちで言ったら、後ろを向いて鼻をすすっていた。
数日後、文に連絡して翌日経つことを伝えた。
「わかった。じゃぁ今からあなたの家にいくわ」
とだけ言って電話は切れた。気持ちは決まったようだ。
三十分ほどで家のチャイムがなり母親が出る。
あらあやちゃん。遅くにすいません。ちょっと待っててね。等とやり取りが聞こえ、俺を呼ぶ声がする。
「よう。少し歩くか? 」
と言ってサンダルをはこうとする俺を押し止め、文が口を開いた。
「おばさん。……いえ、お義母さん。この間、庸さんにプロポーズをされました。一週間考えましたが、私も彼と一緒に年を取りたいと思います。不束者ですが、どうぞよろしくお願いします」
一気に言って深くお辞儀をする。
母親は一瞬呆けて俺のほうを見る。
俺もビックリしたが文の横に移動して直り「よろしくお願いします」と頭を下げる。
「まぁまぁまぁ……あらやだ、こんな玄関先で……さ、二人とも上がって! お父さん! お父さん! こっち来てくださいな! 」
少し涙ぐみながら父親を呼びに言った。
頭を上げて横をチラリと見ると、文がウィンクしてペロッと舌を出した。
「プロポーズの仕返しよ」
と言って笑ったその姿が愛おしく、その場で口をふさいだ。
その後、父親を交え結婚の報告をし、その足で文の実家へ向かい挨拶をした。
急な話で驚いていたが、文の両親も納得した感じで祝福してくれた。
俺はまだ住み込みで働かせてもらっている身分なので、先ずは戻って親方に話をし、近くの小さいアパートを借りた。
その後改めて実家へ戻り両家プラス親方に参加して貰い、細やかな式をあげた。
親方には子供がいなかったが自分の子の様に思ってくれていた。
「こういうのは年取ると余計嬉しいもんだな」
涙ながらに喜んでくれ、両親にこっちでの面倒は任せてくれと言ってくれていたのが嬉しかった。
***
まぁそんなこんなで今に至る訳だが、やはりあの時の判断は間違っていなかった。
ニヤニヤしながら文を見ていると、何よ気持ち悪いと言ってそっぽを向いた。
後ろからこっそり近づいてあの時と同じように口を塞いで、どちらかが死ぬまでよろしくな。と囁いた。
文さんが好きすぎて止まらなくなりそうなので一旦おしまい。




