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長めのコーヒーブレイク1

「よっこらせっと」


動作に掛け声が伴うようになると自分も年を取ったと実感する。

40代、50代前半とそれぞれ体力の衰えを口にしつつも、若い頃にはなかったメリハリがついた思考、動作が出来るようになってきていた。


だが、やはり六十歳目前となると今までの比ではない。

眠りは浅くどうしても短時間で目が覚める。

かといって寝不足というわけでもない。

基礎代謝が下がって生命活動に消費するエネルギーの総量が減ってきているので、短時間で一応回復はする。

ちょうど充電電池のメモリー効果のようなものだ。


「俺ももう還暦目前だってよ……くっくっく」


自嘲気味に言って笑う。


「あなたは自分が思っているほど年寄りではないわよ」


後ろから声が聞こえて振り返ると妻の(あや)が二人分のカップを持ってドアの横に立っていた。


カップを持ち上げて「お茶にしましょう」と言うとリビングの方へ歩いていったので後を追ってリビングにいく。


リビングの時計を見ると午後二時だった。

さっき昼飯を食べたと思ったのにもうこんな時間か。

時間の感じ方も年齢によってずいぶん違う。

楽しい時間はあっという間で嫌なことは長く感じる。というのは多くの年代で言われている事だろう。

大抵は年齢と共にやるべき事とやりたいことが増えていくので相対的に時間は足りなくなるもんなんだ。


「? なにぼさっと突っ立ってるの? 座ったら? 」


リビングの入り口でそんなことを考えていたらボーッとしていたらしい。


(かえで)ちゃんから貰った【金城(こんじょう)お焼き】出しておいたわよ。」

八葉(やつば)(かえで)辰巳(たつみ)の同棲相手だ。

殆ど夫婦みたいなもんだが籍はいれていないらしい。


辰巳は知らんが楓は俺ら夫婦を親のように思ってくれているらしく、時々訪ねてきては(あや)の話し相手をしてくれている。

(あや)(あや)で娘が出来たみたいで喜んでいる。


「しかし、根性焼きとは穏やかじゃねぇな……あの()のセンスは辰巳とはまたひと味違ったアレだな……」


「あら。商品名は商品を作った人のセンスでしょう? これは楓ちゃんが実際に食べて美味しかったからってくれたのよ。要らないなら私がもらうわよ」


ひょいッと俺の手から【金城お焼き】を奪うと、あっという間にパクパクと頬張ってしまった。


「くっくっく。何が俺は年寄りじゃないって? 自分の方こそ随分若いじゃないか? 」


(あや)は昔から甘いものが大好きなのだ。


「あ、あなたが要らなそうな事を言うから、私がしかたなく食べてあげたんです! 」


顔を赤らめて反論する(あや)

年を取って随分ツンケンするようになったが、若い頃と同じやり取りに思わずお互い目を会わせた後に声を出して笑う。


「あははは。あーおかしい。あなたってば昔っから同じ様な事やって私に怒られてたわよね」


「くっくっく。そりゃぁお互い様だ。思春期に甘いもの食いまくって饅頭みたいになってたのはどこの誰だよ? 」


両手で丸いフォルムを再現する。


「な……それは禁句でしょう? ! 」


「いや、(あや)ちゃんはあの頃も今も十分魅力的だぜ? 」


怒り出す前にキリッと顔を作り(あや)の顎をクイっと上に向け、目を見ていう。


「も、もう! おばさんをからかって! 」


知らない! とそっぽを向いて言ってまた一つ【金城お焼き】を頬張る(あや)を見て、コレが幸せというやつかと感じる。


(あや)はまぁよくある幼馴染みというやつだ。

家が隣だったり親同士が昔からの知り合いというわけでもなく、

ただ単にそこそこの近所で小中高と同じ学校だっただけだ。


思春期てのは基本、(あま)邪鬼(じゃく)だ。

こと惚れた腫れたに関しては特に。

後に本人から聞いたところによると、俺らはお互いに好きあってはいたようだが、お互い言葉に出すことはなく高校卒業後に俺が町を出て働きに出たことで連絡もとらなくなった。


地方創成だの、豊かな町作りだのと美辞麗句(びじれいく)を並べても、既得権益(きとくけんえき)を手放せない政治屋のやつらには、本気で何かを変えようという気はないのだ。

そんな町に高校卒業してすぐの若僧が一人で食っていけるような仕事はない。


とはいえ、それは都会でも変わらないという事を思い知るのにそこまで時間はかからなかった。


***


ある日仕事を探してぶらりと歩いている時に、そこそこ大きな家の庭で造園業者らしき奴らが、庭木を手入れしているのを見かけたがその仕事っぷりが余りにも酷い。


その場で家主に直談判(じかだんぱん)して、ぎゃぁぎゃぁ喚く奴等を追い返し、続きを俺にやらせて貰った。


田舎は基本なんでも自分でやる。

庭木の手入れなどは中学に上がる前から手伝わされていた。

庭木の剪定はただ()れば良いというもんじゃない。

風通しを良くし、日当たりを考え、来年の成長を想像しながら整える。(はさみ)を入れる角度が少し違うだけで、生かしも殺しもする。


「人間と同じだ」そう親父からは教わった。

終わってみると午後の日差しが強く汗だくになっていた。

そんな俺を見て「若いのに大したもんだ」と言って家主が冷たい麦茶を出してくれた。

あんなに上手い麦茶を飲んだのは生まれて初めてだった。


聞けばいつも頼んでいた親方が怪我で来れなくて、やむなく飛び込みの業者にお願いしたんだそうだが、あそこまで酷いとは思わなかったらしい。「どうにも押しが強くてね。助かったよ」と嬉しそうな笑顔が印象的だった。


そのいつも頼んでいた親方も跡取りがいなく、怪我を期に引退を仄めかしているらしく。目の前の家主は、今後どうしようかと悩んでいた。


そこで俺は、田舎から出てきて仕事を探していること、今回のは悪徳業者に比べればましだが素人の仕事であること、礼は要らないから、その親方を紹介して今後自分に手入れをさせてほしいと頼み込んだ。


突然の申し出にビックリしていたが「それはこちらとしても良い案だ」と言って親方に連絡をし、家主は翌日の約束を取り付けてくれた。


その後、夕飯と風呂を御馳走になり何処に泊まっているのか尋ねられ、公園や雑木林などで寝泊まりしていた事を告げると、泊まっていけと有無を言わさず寝巻きを渡された。

久し振りに人の暖かさと布団の温もりに触れ、ありがたくまどろんだ。


翌朝の朝食も御馳走になり、親方へ引き合わせて貰い弟子入りを頼み込んだ。


「素人の癖に良い仕事したらしいが、プロは甘くねぇぞ」


と言われ、住み込みで働かせて貰うことになった。


親方は厳しくも丁寧に教えてくれた。元々実家で何年もやっていたことが奏功し自慢じゃないが吸収も早かった。我流でやっていたこともきちんと理由を説明して悪いところは修正してくれた。


一時は引退を(ほの)めかした親方も、自分の技術と信念を託せる後任ができて「もう少し頑張らねぇとな」と嬉しそうに話していたらしい。

俺は新しくものを覚えることがこんなに楽しいんだと初めて知った。学校の授業というのももしかしたら本当はとても楽しかったんじゃないかと考えるほどに。

親方は色々な庭を見せに連れていってくれた。

都会の狭い庭でも見せ方によっていくらでも創れる事を知った。

季節によって表情を、住む人の生活に合わせて機能を変化できる庭を如何にして創るか。

「想像しろ。そして創造力と実現できる腕をを磨け」親方の口癖だった。


その親方がある日、「少し休みをやるから一度実家に帰って両親に顔を見せてこい」と言って新幹線のチケットをくれた。


日付を見て驚いた。気付けば十年が経っていた。


***


実家に電話をして、久し振りに帰ることを告げた。

「雪でも降らないといいけどね」母親は嬉しそうに話していた。

ふと、(あや)の事が頭を(よぎ)り母に尋ねる。

「あやちゃんはねぇ……誰かさんが帰って来るの待ってるみたいに見合い話断ってるみたいよ? 」連絡しておきなさいと(あや)の携帯の電話番号を教えられた。


教えられた携帯にかけるも留守番電話になったので、帰る日と到着時間を伝えて切った。


そして出発当日


「親方、それでは少しお休み頂いて帰省してきます」


礼を言って出発する。

親方はゆっくりしてこい。と笑顔で送り出してくれた。


***


無人ではないがあまり利用客の多くない地元の駅に降り立つ。


昔は温泉街として多少賑わっていたが、今では開いている店や宿は少ない。


「こんなにちっちゃい駅だったっけな? 」


振り返って駅舎を見上げる。駅名も塗装が剥げているじゃないか。


「あなたが大きくなったんじゃない? 」


聞き覚えのある女性の声に声のする方向へ向き直る。


「おかえりなさい。十年ぶり……ね」


目の前には十年前、卒業式に最後に見た幼馴染みが立っていた。


いや、とても大人っぽくなっていて一瞬誰かわからなかった。

長い髪の上に麦わら帽子を乗せ、風で飛ばない様に押さえている。


真っ白のブラウスの上に薄い黄色のカーディガン。淡いブルーの細いプリーツのロングスカートを風に(なび)かせている。


俺は目の前の幼馴染みに見惚れてしばらく固まっていた。


「おーい? わたし(あや)だよ? 連絡くれたのに覚えてないとは言わせないぞ? 」


両手を腰にあて両頬をぷくっと膨らませて怒る仕種が懐かしくて笑ってしまう。


「あははは。いや、想像以上に美人になっていて驚いたんだ」


言って自分でもビックリした。


「な、え? 美人なんて……ていうか、い、いきなりなんて事いうのよ! 」


嬉しそうにしたり恥ずかしそうにしたかと思えば最後には怒り出す。

十年経っても変わらないやり取りにくっくと笑いが漏れる。

俺達はこのまま年を取っていくんだろうと予感めいたものを感じた。


「なぁ。俺たち結婚しないか? 」


それは自然と出た言葉であり、久し振りの再会間もないこのタイミングでいう台詞ではないだろう。

だが、(あや)とずっと一緒にいたいと感じたこの気持ちは、思春期のそれとはまた違う覚悟のようなものもあった。


「へ? え? けっこ? え? ええええええええええええええっ! 」


理解すえうまでに時間がかかったようで、一呼吸おいた後驚いて口をパクパクさせながら後ずさる。


「ん? お前は結婚していないと聞いたんだが相手がいるのか? いるならそいつと会わせろ。諦めてもらう」


「え? いや、相手なんて……ていうか本気なの? 私達別に付き合っている訳でもないし、会うのだって十年ぶりなのになんで……」


冗談でこんなことは言わないだろう。


「俺はお前と一緒に年を取りたい。嫌なのか? 」


真面目に真摯に伝える。


「嫌なんて事はないけど……こういうのは順番てものが……」


最後の方はゴニョゴニョ言って聞こえない。

不思議だ。嫌ではないと聞いて物凄く喜んでいる自分がいる。


「そうだな。確かに随分急だし即答する内容でもないから、俺がいる間に考えてみてくれ。一週間はここにいる予定だ。」


休みは二週間貰ったが、残り一週間は何処かに出掛けようと考えていた。


「え? あ、うん。分かった」


顔を赤らめながらも真面目な面持ちでコクりと頷く(あや)


「早川くん。えーっとその……あ、あのね……ありがとう」


言って振り返ると猛ダッシュで駆けていった。

閑話休題と同じくらいの長さで箸休めにしようかと思っていたら、書いているうちに楽しくなってしまったので続きます

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