霊獣2
「答えは四! 俺が穴を開けたときに入れ替わったんだろう? 」
名探偵よろしく、俺は指をビシッと伊吹の姿をした【白弧のハッコ】に向かって突き出した。なんなら腰に手も当てていた位だ。
うつむき下を向いているゴスロリ狐仮面が不意に顔を上げる。
そこには先程まで被っていた面ではなく、毛の質感が十分に見てとれる本物の狐の顔があった。
そして口角をあげてニヤリと不敵な笑みを浮かべると、俺の(?)霊獣である白蛇の【シロ】と同じように、口を動かさず頭に直接響いてくるように言った。
【せいかーい♪ まぁぶっちゃけ普通に考えればすぐ分かるのに、技繰り出すとかどんだけだよって思ったけど! 】
シロと違うのは、若い女(伊吹も十分若いが)それも未成年の声のように黄色い事くらいか。
黄色い声で容赦ないツッコミを入れつつ両足を揃えて両腕を左右にピンと張ったかと思うと、ほっ! と一言いれてその場でトンボを切った。
ドロンと音でもしそうな靄がでたかと思ったら先程の小柄なゴスロリ狐仮面はいなくなり、座ってなお俺の倍ほどの大きさの狐が現れた。
首もとにはその大きさに似つかわしくない可愛らしい赤い前掛けがさがっていて、よく見ると右下に【ハッコ】と刺繍されている。
「それがハッコの本当の姿か? なるほど。確かにお稲荷さんだな」
【ヒトの形をとれば喋れるんだけど……まぁこれは君の所の白蛇様と同じで、字を介して意識に語りかけているから楽なんだけどね】
字を介して意識にだって? 初耳だ。
まぁ【シロ】とゆっくり話すまもなく気付いたらここだったしな。
「ハッコは、イタズラッ弧、なの……」
聞き覚えのある声と馴染みのある話し方に声の主を探すと、ハッコのきちんと揃えられた白い前足の間からもぞもぞと、お馴染みの黒い衣装に今度はお面をつけていない穏田伊吹が顔を出した。
「伊吹も大概だったけどな? 」
苦笑いしながら答える。
実際、斜め上のやりとりをしていたのは伊吹本人なのだ。
「では、改めて、私の、字は、【火】。霊獣は、白弧の、【ハッコ】」
そう、伊吹の字は【火】なのだ。
正直、火というイメージから最もかけ離れていると思うんだが。
じゃぁどんなイメージなのかというと困るんだが。
「あなたの、ことも、教えて? 」
ひょこんと愛くるしい顔を横に倒して動作でも尋ねる。
「俺の字は【水】。霊獣は白蛇の【シロ】だ」
【シロって……白蛇様いつの間にそんな可愛らしい名前に……それでいいの? 】
ハッコが人のネーミングセンスに文句をつけてくる。
【初期イメージは字の能力発動の習熟に関係するしのぅ。まぁ契約は済んでおるし、こやつのネーミングセンスは凄まじいの一言につきる。シロはましな方じゃ】
俺の後ろに水の気配を感じるとシロが姿を現していた。
【……白蛇様を諦めさせるとか、たつみたん半端ないわね……ある意味尊敬するわ】
変なところに尊敬されても嬉しくない。
というよりも白弧のハッコに言われたくない。
なんの捻りもないじゃないか。
「白弧のハッコも似たようなものじゃないのか? 」
【ハッコは先々代の時の名で、気に入ったからしばらく名乗ってるのよね】
先々代ということは伊吹の祖父母かそれ以上前に当たる人だろうから、時代的なものもあるのだろう。
そう考えると自分のボキャブラリーの少なさは三世代以上前と同じということか。
まぁ子供の名前にも流行りがあるというし、一周回ってシロが新しくて良いんじゃないか?
庸さんの子供が生まれた頃なんて、アニメキャラや外国の名前に無理矢理漢字を充てて個性を出そうとやっきになっていたらしい。
実際、今の老人は中々難解な名前の人も少なくないが、難解な名前の人は採用しない。という公式に大手企業が連名で出した声明により、義務教育終了と共に改名した人なんてざらだ。
その前の時代では義務教育が「みんな頑張ったんだから順位をつけるなんておかしい。運動会はゴール前で並んでみんな一緒に一番」という恐ろしく歪んだ茶番が繰り広げられていたというから、その弊害もあるのだろう。
名は体を表すと言うのだからシンプルイズベスト。
直感を信じるべきだ。
予想外に方々からネーミングセンスを否定され、少々やさぐれてしまったが、つまりはそういうことなのだ。
「シロは、かわいい、よ」
このタイミングでの伊吹のフォローが目に染みる。
「では、霊獣に、関して、ハッコ、お願い、します」
「合点承知! 」
……いつの時代だよ。




