オノマトペ2
「ドンッ! 」
言って地面に向かって拳を降り下ろす。
……なにも起こらない。なぜだ?
「いっ……てぇぇぇー」
寧ろ殴った拳の方が痛い。
恨みがましく涙目で伊吹の方を睨む。
「ちゃんと、字の、力で、拳を、覆う、の」
と言うとこちらに歩いてきて俺の右手を取り持ち上げる。
外見に反してとても暖かい手だ。
その暖かい両手で俺の右手を包み、痣をなぞりながら言う。
「あなたは、水を、知る、べき」
「水は、自由に、形を、変え、る」
「気体、液体、個体、何にでも、なれ、る」
一呼吸おいて続ける。
「水滴は、岩に、穴を開け、水流は、岩を、削る」
「意識は、水面に、広がる、波紋の、様に」
「字は、自分の、一部、恐れ、ない、で」
いい終えるとひょこんと首をかしげて、動作でわかったか尋ねられる。
字の力か……意識して使ったことなんて数えるほどしかなかったし、そもそもこれがなんなのかって事が分かってなかったわけだからな。
「【水滴は岩に穴をあけ、水流は岩を削る】ってのは、力の使い方でどんな結果になるか変わってくると言うことだな? 」
これは家の屋根から落ちてくる水滴が、長い年月をかけて下に置いてある岩に穴をあける事、川の上流から流れてくる間に大きな岩が丸い石になってくることを言っているのだろう。
コクりと伊吹が頷く。
「【意識は水面に広がる波紋】ってのは、自分を中心に全周囲に広げろってことか? 」
意識を潜水艦のソナーの様に周りに広げていくと言うことだろう。
再びコクりと頷く。
ふむ。頭で理解し口で言うのと実践するのには大きな隔たりがある。俺はいろんな事を感覚でやるタイプなので、苦手意識を持つと厄介だ。
しかも他人から説明される言葉は解りづらい。
とりあえず自分なりにやってみるか。
水面に波紋を広げるには、凪にしないとダメだよな。
一旦心を落ち着かせよう。そう思うと構えるような姿勢から、足は肩幅に開き肩の力を抜き目をつぶり、自然体へとなっていく。
目をつぶる事で周りの木々が風で揺れる音、風の湿っぽさ、草の擦れる音等が聞こえてきてその様子を教えてくれる。
と同時に自分を俯瞰で観ているような感覚に入り、周囲の様子が手に取るように分かる。
その状態のまま右手に意識を向けて【水】の字を意識でなぞりつつ拳を握る。字を中心に水が拳を覆うようなイメージが出来たところで、静かに構えをとり力を込めずに地面へ降り下ろす。
地面に触れる前に「ドン」と小さく呟く。
トン。と拳が地面に触れると足元から俺を中心に円錐状に大きく陥没した。
「うおっと! 」
姿勢を崩して穴の中心で尻餅をついた。そしてその効果に驚く。
穴は中心で深さ2メートルはあるだろう。外側にいくにつれて浅くはなっているが、効果範囲は直径5メートルといったところか。
「大、丈、夫? 」
穴の外からゴスロリ狐仮面が声をかけてくる。
その声は少し嬉しそうだ。
「あぁ、予想以上の結果にビックリしたが怪我はない」
右手を見ると淡い光に包まれていたが、しばらくして消えた。
「これで、基礎編は、クリア……」
パチパチと可愛らしく拍手をしながら告げる伊吹。
基礎編と言うことは次は応用編か。以前の治癒を使えるようになった時と同様、一度出来てしまえば精度や程度の差はあるにせよやり方は忘れないだろう。
「応用編は、ない、と、いうか……」
「基礎の……精度が、上がると、応用的な、使い方に、なる……はず」
またもや斜め上の読心術かと思いきや、まともな理由でなるほどと納得してしまう。いや、物足りないとかではなくて、これが正しいんだ。感覚がおかしくなっているぞ?
「オノマトペ、の幅を、広げる、と……いい」
「日本人は、二音か、四音が、馴染み、易い、よ」
なんとまともな意見。いや、これでいいんだが。
確かにどれだけオノマトペを知っているかで差が出てくるな。
帰ったら調べてみよう。
「次は……霊獣……ね?」




