覚醒と山籠り1
ピチョン……
鼻先に冷たい刺激を受けて目覚める。
「ここは……どこだ? 」
目覚めたもののぐるっと周りを見渡しても、見えるのは木、木、木と緑だらけだ。頭上まで濃い緑に覆われていて薄暗く、今が昼なのか夜なのかわからない。外気はヒヤリと冷たく、周りは森特有の湿っぽさが充満している。
腹の減り具合からして、飯を食ってから6時間は経っていなそうだ。頭も記憶が曖昧なことを除けば、それなりに睡眠はとっていそうだ。
「そうすると今はまだ夜明け前……もう一眠りするか」
こういうときは無闇に動くのは良くない。
日が昇れば方角がわかる。行動するのはそれからで良いだろう。
適当な言い訳を見つけ寝床を探そうとしたところ――
【たわけ! お前はもう少し考える事を身に付けるべきじゃ! 初めて会った頃とずいぶん印象が違うなお主……】
頭の中にシロの呆れた声が響いた。
――あの日、巨大白蛇の【シロ】との契約を終えた俺が守衛室に戻ると、同じく夜勤の草薙利に加え、休みのはずの早川庸、兼光八代、穏田伊吹と、守衛室のメンバーが揃っていた。
「どうしたんだみんな揃って? 」
しかもなぜかニヤニヤしている気がする。特に八代が……
その八代が唐突に音頭を取る
「せーのっ! 」
「「覚醒おめでとうー! ! 」」
パンパン! とクラッカーまで用意していた様で、色とりどりの紙テープが宙を舞う。
こんな昭和の遺物どこで手に入れたんだ?と突っ込みたいが、それよりもまず……
「覚醒? ? おめでとう? ? ? 」
いまいち状況が飲み込めていない俺に向かって伊吹が一歩前に出てくる。
しかし、いつ見ても伊吹のファッションは慣れない。
まるで西洋の人形のような魔法少女のような格好……そう、ゴスロリと言うやつだ。
本人の端正な顔立ちと相まって余計人形のように見える。そ
の可愛らしい口から出た言葉は
「……それ」
「……どれ? 」
右手を差して言っているようだ。
もしかして【シロ】と契約したことを言っているのか?
「……外して、見せて」
言われるままに右手の手袋をはずして見ると【水】の字を囲うように、先程まではなかった星形と円が見える。
伊吹の顔を見ると満足したのか、ウンウンと言いながら元の位置に収まっていった。
いや、まてまて。説明してくれないのかよ。
「どれどれー? ほほう……いきなり五芒星までいったかー。さっすが期待の星は違うね! 」
八代が茶化したように笑いながらいう。
期待の星? なんのだよ? そしてお前も説明する気は全くないんだな。
「くっくっく。お前は頭は悪くないのに自分の事になると察しが悪いのがたまに傷だな」
庸が笑いをこらえる気もなくガハハと楽しそうに言う。
「霊獣との契約を先にしてしまうとは思いませんでしたが、字の封印を解くことを我々は覚醒と呼んでいるんです」
ようやく草薙が説明を開始してくれ、お祭りモードは終わりを告げた。得意そうに眼鏡をくいっとあげて続ける
「最初の覚醒は字の回りに囲うような円が出てきます。この円は見てわかる通り、字の力をある程度制御できることを意味しています」
「ちょっと待ってくれ。制御もなにも、俺は自分の怪我を治す位しか使ったこと無いぞ? それすら大して数も多くない」
疑問に思ったので口を挟む。
「日常生活の中で治癒能力が自動的に発動していたはずです。辰巳さん以前花粉症が辛いと仰ってましたが、今年の花粉はどうですか? 」
急に花粉症の話をし出した草薙を怪訝に思いながら
「そう言えば今年は大丈夫だな……」
と答えてから気付く。
「これも治癒の力ってことか? 」
いや、しかし花粉症はアレルギー反応だから治癒とかそういう問題ではないんじゃないか? いや、アレルギーがなくなったと考えると治癒なのか?
「意識しないでも健康体になるのが第二段階です」
第一段階は字が出ることです。と人差し指をピンと立てて付け加える。
「私の【土】の場合は防御力と言いますか、抵抗力や免疫力と言ったものが強化されているようです」
「ここまで来るともはやなんでもアリだな……」
半分呆れながらも当事者である以上受け入れなければならない。
「霊獣と契約をされた辰巳さんには不要かもしれませんが、今のご自分の状態を測るのにちょうどよいと思われますので、合宿に行っていただきます」
そうだ。草薙のやつがそう言った後に差し出したコーヒーを飲んだら急に眠くなって……
「あのやろぅ……一服盛りやがったな……」
【気付かぬお主が悪い。まぁあれは気付けと言う方が酷じゃが】
シロが気を使っているようで気持ち悪い。
「で、ここはどこでこれから何するんだ?」
最初の疑問に戻るわけだが。
「……それは、私が、説明、する」




