序章
どこからが夢なのかはっきりしない。
最後に記憶があるのは交番に来た少女と目があった所だ。
***
気が付くと交番の入り口に人が立っていた。
いつの間に? と思いながらも気にせず声をかける。
「どうされました? 」
見掛けは学生みたいだが制服に見覚えがない。
ここいらの学生じゃないな。道でも聞きに来たか。
春先は上京してきた人達がよく道を訪ねに来る。
AR地図グラスが配備されてから、道案内は単なる機器の貸し出し手続きになった。
在庫と書類を探しつつ少女の方へ目をやる。
伏し目がちにモジモジしているその少女は垢抜けていない風に見えながらも、恐ろしく妖艶な雰囲気をあわせ持ちとても美しかった。
しかも、男の狩猟本能を刺激するような小動物的な仕種に、思わず警察官という自分の立場を忘れて布に覆われていない手足や控え目に突き出た胸、尻を凝視していた。
ゴクリ。と自分の喉が鳴る音が聞こえる。
少女はまだ顔をあげない。
髪は黒く胸の辺りまでの長さだ。
濃紺のセーラー服に血のような赤いスカーフが発展途上の胸の上に巻かれている。
スカートは膝より少し上で、そこから絹のように白い足がスラッと延びている。
瞬きが出来ない。この美しい少女を一瞬でも見れないなどと考えただけで耐えられない。俺は一体どうなってしまったんだ。
「あの……」
俺の一瞬の思考の逸れも許さないとばかりに少女が声を出す。
その声は予想以上に甘美で、舌なめずりをした後に再度ゴクリと喉がなる。
「は、はい……」
目は少女から逸らさないまま微かに残る理性が答える。
少女が伏せていた目を上げる。
大きな瞳。黒のように深く青く美しいその目を見た時に、
少女が微笑み「謝肉祭ですね」と言った。
途端に全身に電撃が走りそこからの記憶がない。
***
次に気がついたときには目の前に誰もいなかった。
それにしても美しい少女だった。
自分は未成年に手を出す趣味はないし、適性検査に小児愛志向の傾向も無かった。何より警察官という職業に誇りをもってやっている。
それにも関わらず。あの一瞬は自分が雄の欲望の塊にでもなったかの様に理性が吹き飛び、目の前の少女を蹂躙したくて堪らなかった。
今は何ともないし一体あれはなんだったんだろう。
知らず知らずストレスを溜めていて、白昼夢でも見ていたのだろうか。それならかなりまずい。メディカルチェックを早めに受けようと考え、ふぅッと息を吐いて立ち上がる。
そろそろ見回りが戻ってくる頃だなと時計を見た。
パンパン!
乾いた破裂音が聞こえる。この音は新宿に勤めるものは聞き逃してはいけない。銃の発砲音だ。姿勢を低くして交番から出て耳を済ます。
「きゃああああああああ! がっ! 」
女性の悲鳴と撃たれたかの様な音が続く。
近いぞ!
無線で新宿署に連絡をしようとするが繋がらない。
「くそッ! 肝心な時に使えない! 」
悪態をついて騒動の中心へ向かう。駅前広場だ。
あそこは新製品イベントの申請が出ていたな。
そこで妙なことに気づく。
周りの人々の反応が薄い。いや薄いのではなく反応がない。
どういうことだ?
続けざまに発砲音が響く。
くそ、今は後回しだ。
まずは現場に向かう。
「銃を持っているぞ! 伏せろ! 」
男の声がする方向に向かう。
しかし、ガードレールから先が越えられない。
足がすくんだとかそういう訳ではなく、見えない何かに押し戻されるように先へ進めない。
なんなんだこれは? どう考えてもおかしい。
「悪いが一般人は立ち入り禁止だ」
不意に後ろから初老の男性の声が聞こえて慌てて振り向く。
「な、貴様! 何をした? お前が犯人か? ! 」
この状況で普通にしていることが異常だ。
ホルスターから銃を抜いて構える。
日本の警察は甘いと言われ続けてきた。
被害者の人権は守られないくせに加害者の人権ばかり守られる国。犯罪者達からなめられていたが大震災を期に一新。
キチンと適性試験を行い有資格者のみだが現場判断での威嚇なしの発砲が許可されている。
そもそも、現在の警察官採用からして厳しい適性検査があり、自分の性癖から趣味嗜好、性交渉の有無、頻度、家族構成から三代前の親族名まで調べられる。
プライバシーや人権を声高に叫ぶ奴らもいたが、公務員である以上必要なことだと思っているし、そこまでの覚悟がなければそもそも警察など選ばない。
安全装置に親指で触れ指紋認証がされると同時にグリップで静脈認証が行われてロックが外れる。ホルスターから抜くと同時にこの動作を行い、構えたときには発射できる状態にある。
これは拳銃を奪われても撃てないようにする為に導入されたセキュリティシステムだ。今や簡単な銃なら設計図さえあれば3Dプリンターで誰でも造れるがもちろん違法だ。
銃が造れても弾が手に入らなければ撃てない。
日本は銃規制もあるが弾の取扱いを特に厳重に規制した。
すぐに襲いかかって来る気はなさそうだと目の前の男を観察する。
初老で白髪混じりの頭を短く刈り込み、職人気質の雰囲気をまとっているが、茶のスーツをスラッと着こなし老紳士と言った表現が適当に思える。
が、油断は禁物だ。
男が上げた両手の内、右手を胸のジャケットのポケットに移動させる。
銃か? 威嚇射撃はしないと言っても、容疑が確定していない段階では慎重になる。
誤認や冤罪は避けるべき優先事項だ。
「動くな! 」
足元に向けて一発撃つ。
「……身分証を取っても良いですかね? 」
男が言う。身分証だと? この状況で?
「それ以外の動作をすれば次は当てる」
言って顎で促す。
男はそのまま胸ポケットから四角い名刺型の物をとりだし此方へピンと弾き、また両手を上げた。
男への警戒を解かずにチラッと目の前に落ちたIDを確認すると、
【内閣府所属 守衛室 早川庸(HAYAKAWA ISAOMI)】
と記載があり、右下には内閣府の所属であることを証明するホロ印が浮き上がっていた。このホロ印も本人が触れてから一分以内でなければ見えなくなる特殊技術が施されている。
このホロ印が出てくるということは本物だ。研修で何度も見せられ、実際に何度か目にしたこともある。
しかし、守衛室?聞いたことはないがIDが本物である以上目の前にいる人物は政府の特殊部隊になるのだろう。
「失礼しました! 」
銃をしまい非礼を侘び敬礼をする。
「いえ、こちらこそ急に声をかけてすまなかったね」
言ってIDを拾う。
「さて、詳しい説明は省かせて貰いますがここはわたしに任せて、あなたは怪我人が周りにいないか見て回ってもらえますか? 」
「あぁ、弾は外にでないので安心してください」
と、口調は丁寧だが有無を言わせない雰囲気で告げる。
「はっ」
と敬礼し辺りを見回すと、早川は「頼んだよ」と言って騒動の中心へ向かって事も無げに歩いていった。
辺りを見回すと、全員ボーッとしたように立ち止まっている。
声をかけるが反応がない。怪我をしているわけでは無さそうなので、早川に言われた通り怪我人がいないか見回しながら、ガードしたへ向かう。
途中の西口への連絡通路入り口で見覚えのある制服姿の少女が倒れているのが目に入り、心臓がドクンとはね上がる。
気を失っているのかうつ伏せに倒れている少女に駆け寄り、脇にしゃがむと「大丈夫ですか? 」と声をかける。
返事がないので躊躇いつつも肩に手をかけて仰向けに抱き抱える。
少女の柔らかい身体に触れてしまったことで先程と同様、いや、それ以上に欲望が沸き上がってくる。微かに漂う少女の甘い香に嫌が応にも欲望が高まってくる。
今すぐここでこの少女を蹂躙したい。
自然と肩を押さえる手に力が入り少女から呻き声が漏れ、閉じていた目が徐々に開き見つめられる。
はっとして慌てて手を離そうとするが、少女はわたしの手に自分の手を重ねて小さく呟いた。
「い・い・ん・で・す・よ」
そこで意識が途切れた。