乙女ゲームの攻略対象に転生したけど、姉に狙われて居ます
城のように煌びやかな学園、そして目の前にそびえる校門を前に俺は途方にくれていた。
「もしかしてと思ってたが…… 姉貴がやってたあのゲーム…… だよな?」
私立鷺宮学園。今日から俺が通うこの高校は、乙女ゲーム『君の為に鐘は鳴る』の舞台……だったはずだ。記憶が確かであれば、転生前の姉貴がとち狂うほどハマっていた。
そしてこの世界に転生した俺、桂木 陽は攻略キャラの一人であり、姉貴が最も気に入っていたキャラだった。
姉貴の能天気な声が頭の中にリフレインする。
「この桂木 陽君って、最っ高にカッコ良いんだよ。
桂木グループの御曹司って設定なんだけど、親の愛を知らずに育ったからか、人の愛情に飢えていてね。陽ルートに入るまでは他人を寄せ付けないオーラバリバリのツンキャラなんだ。
そんなキャラだからね、ヒロインが辛い思いをしたり、すれ違いが多いんだけど、その分陽ルートに入ったときの感動が最高なの。しかもね、ルートに入ると陽君ってばデレッデレの甘々展開になるんだよ。
何をするにもヒロイン第一で行動するし、身分の差でヒロインが責められるシーンでは『身分なんて関係ない。俺が愛してるのはヒロインだけだ』なんて校内放送を使って叫ぶんだよ。
ヒロインだけに夢を語るシーンもあるんだけどね、そこで『君の為に歌を送るよ』って囁くシーンがもう最高なのっ!!
エンディングは彼だけ特別でね、ヒロインの為に作った曲が流れるんだよ。もう最高だよね?
しかも、エピローグでは付き合うことを許さない両親に逆らって駆け落ちまでしちゃうし、夢だったミュージシャンにだってなるんだよ。ヒロインの為に家を捨てる決断までするなんて、ほんっと最高のシチュエーションだよね」
最高が多いな何回言った? ……じゃなく。
女性としては最高のシチュエーションなのかもしれない。……いや、姉貴限定かもしれないが。
だが、現実で考えると色々アウトだぞ?
親に反対されたからって駆け落ちは無いだろ? 本気で好きなら両親を説得しろよ!! 高校を中退して駆け落ちするとか、何を考えてるんだ? 先の事を考えろよ。
更に夢を追ってミュージシャンになる? それどう考えても悲惨な未来しか見えないよね? 成功したならともかく、バイトのその日暮らしだってミュージシャンに違いは無いんだぞ?
そもそも全校生の前で告白とか、何も考えずに駆け落ちするとか……大企業の御曹司以前に、人として足りない所多すぎじゃ無いか?
ついでに言うと好きな女に自分の歌を送るとか、どんなに痛い人なんだって話だよ。……と言うか、俺、そんな事しないといけないのか? 前世の魂を持ち越した俺は、生来の音痴も持ち越してしまった訳なんだが、どうすれば良い? 音痴なりに歌わなければならないのか?
俺はこの世界で良くしてくれた親父の為にも、立派に後をついで桂木グループを更に大きくするという夢がある。
あれ? ……となると両親に愛されなかったのってただの被害妄想なんじゃ? あの二人は忙しい中でも時間を割いて俺の為に色々してくれたぞ? ゲームの中の俺って一体……
うぅむ、だがこの世界もゲームの中ならヒロインに攻略された場合、両親と俺の夢を捨てミュージシャンを目指さないといけないのだろうか?
嫌だ……それだけは絶対に嫌だ……
今までの努力は全部、家を継いでこの世界の親父とお袋を安心させてやる為のものだったんだ。その努力が全て無駄になった上、その日暮らしの先が見えない生活を送るだなんて嫌だ……どうすれば良い?
……そうだ!! そもそも攻略されなければ良いんだよ。攻略されなければ駆け落ちする必要も無いし、歌も歌わなくて済む。
そもそも攻略対象だって俺の他に何人も居る。ヒロインの狙いが俺じゃなければ良いんだよ。
……いや、他力本願じゃ駄目だ。まずは俺がヒロインと接触しないように気をつけないと……
「って、ヒロインの名前は何だ?」
肝心な所がすっぽ抜けている。避けるも何も、ヒロインの名前を知らないんじゃどうしようもないじゃないか。……姉貴との記憶を思い出してみよう。
「ほら見てっ、最高だよねこのシーン。
陽君が夕日の公園でさ、ヒロインを後ろから抱きしめ『俺にはお前しか居ないんだ。お前さえいれば他には何もいらない』って囁いてくれるんだよっ。
もう最高っ!! やー、やっぱ陽君最高だわー」
……いや、この記憶じゃなく。
「ほら見てよ、この陽君がヒロインを見下す視線。最高でしょ? 私は氷の視線って呼んでるんだけど、ぞくぞくしてくるよねー。ああっ、こんな風に陽君になじられたいっ」
……いや、姉貴の残念な性癖は今は関係ない。
「陽君最高だよね。特に陽君と笹雪様のこの絡みなんてもうっ!! これ絶対陽君が攻めで笹雪様が受けだよね?」
……いやいやいや、待て、待ってくれ。
良く良く考えたらうちの姉貴って色々とヤバく無いか? それと最高って言い過ぎだろ。会話のたびに一回は言ってるぞ?
そしてもう一つ思い出した。親友の笹雪も何気に攻略キャラの一人だった。
「やあ、陽。校門前でずっと立ってるけど、どうしたんだい?」
後ろから声がかかる。かけてきたのは鷺宮 笹雪。名前だけでわかると思うが、この学園の理事長の孫で鷺宮グループ総帥の息子。
常に柔らかい微笑みを絶やさず、文武共に秀でており、甘いマスクと合間って中高一貫教育のこの学校ではファンクラブの会員が1000人を超える。噂では、教員の一部も会員と聞いている。
俺の桂木グループとかなり懇意にして居る為、小さい頃から一緒に育ってきた。いわゆる幼馴染という縁だ。
「ああ、すまない。今日から高校生と思うと感慨深くてな」
まさかこの世界は乙女ゲームの世界で、俺とお前はヒロインの攻略対象だなどと言えない。
「珍しいね。陽はそんなキャラじゃ無いと思っていたけど、やはり高校は特別なのかい?」
「いや、相変わらずお前との腐れ縁が続くなと思っただけさ」
特別かそうでないかで言えば、メチャクチャ特別だ。
下手すれば人生が終わる……
「ま、僕達の縁はこれから先もずっと続くのだから、その辺は諦めようか?
さ、中に入ろう」
俺は笹雪に促されるまま学園の中に入り、指定された教室『特進科』へと入る。
名前は思い出せなかったが、ヒロインは学年に一クラスしか無い『特進科』に外部受験で入ってきたはずだ。ならばこのクラスの女子の誰かがヒロインと言うことになる。
などと考えながら指定の席に座ると急激に悪寒がした……
っなんだ!? まるでヘビに睨まれた蛙。いや、ゾウに踏まれる筆箱の気分は?
慌てて周囲を見渡すと一人の少女と目があった。
少女はにっこりと笑うと手を振ってくる。
柔らかそうなストレートのロングヘアと大きくて黒目がちの瞳。小さく形の良い唇は芸術と言っても良いぐらいだ。だが、獲物に対し「逃すまいか」と言わんとする視線だけが妙に怖い。
勢い良く顔を背けたくなるがそれは不味い。何が不味いのかは判らないが、そんな事をすれば取り返しのつかないことになりそうな気がした。俺ははやる心を抑えつつ、にっこりと笑い返してゆっくりと顔を前に戻す。
ヤバい……あの目は獲物を狙う鷹の目だ……
ここ暫くあの視線を受けていなかったので油断して居たが、俺と笹雪はあの手の視線に敏感だ。
日本でも有数の複合企業。その後継者ということもあり、あの手この手で縁を繋ごうとする人間が後を絶たない。
中学に入ってからは本郷 麗華さんと言う方が、あまりにも目に付く人達を粛清し始めたお陰で平穏な生活を送れたが…… 外部生の入学でリセットされたのだろう。暫くはあの視線が付きまとい始めると考えると…… あぁ、憂鬱だ。
だが、想像と裏腹に視線の主はそれ以上のアクションを起こさず、教師が入って来てHRが始まった。
「では始業式の前に自己紹介をしておこう。出席番号は名前と共に机の右上に貼ってあったと思う。一番の者から順に立ってくれ。そうだな……いきなり言われても困るだろうから先生が最初に見本を見せよう。
俺の名前は秀峰 夏樹24歳。教員一年目で担任を任せられた為、色々と至らない所もあると思うがよろしく頼む。
担当教科は英語と選択科目のドイツ語だ。この学校は三年間クラスと担任が変わらないので、これから三年間一緒にやって行こう」
担任の教師が教壇の上で自己紹介を始めた。担任は理知的というより爽やか系の整った顔立ちの男性で、中々に好感の持てそうな人物だ。
ただ、それは通常ならば…… だ。ここは『特進科』で三年間教師が変わらないのならば、もっと熟練の教師が担任になるのが当然の流れと思う…… ゲームと言う世界の補正なのだろうか?
「……木陽君?」
おっといけない、思考に没頭している間に自分の番が回ってきたようだ。秀峰先生が俺の名前を呼んでいる。
「失礼、桂木 陽といいます。内部進学なので知っている人も多いと思うけど、三年間よろしくお願いします」
無難に挨拶を済ませると席に戻る。その後も順調に自己紹介が進んでいく。
「秋葉 香澄と申します。ずっと夢に見ていたこの学園に通える事になって最高に嬉しいです。外部からの入学で、判らない事が一杯あると思いますけど、皆さんに色々と教えて貰えれば最高に嬉しいと思っています。
これから三年間、最高な時間となるように楽しんで行きたいと思います」
先ほどの視線の主が自己紹介を行う。秋葉 香澄という名前で、やはり外部生のようだ。自己紹介をしながらも視線は俺に釘付けで、背中にひしひしと感じる…… 参ったな…… 今はヒロインを探さなければならないのだが、集中力が散ってしまう。
だが助かる部分もある。ゲームの世界として考えれば、冒頭からヒロインが攻略キャラの誰か一人に執着する。と言うことは無いだろう。そう考えればヒロイン候補から彼女を外す事が出来る。その点では候補が絞りやすくなるとも言える。
あとは彼女が張り切りすぎて麗華さんに粛清を受けない事を祈るのみだ……
その後も自己紹介が続き、外部生の総数も判明した。40人のクラスの中、外部生は全部で26人、そのうち女性が16人でヒロイン候補は秋葉さんを除く15人の内誰かと言う事になるはずだ。『特進科』は成績優秀者のみを集めたクラスの為、必然的に外部受験を受け、入学した生徒が多くなるんだが…… そもそも女子のほぼ全員が外部生とか、どれだけ内部生の女子は成績優秀者が少ないんだと改めて考えてしまう……
今のところ、頼りになるのは内部生から特進科に入った、ごく一部の女子である麗華さんとその取り巻きのみ。
……最悪の未来だけはなんとしても避けたい。その為には早い内にヒロインを特定し、接触を避けるか他の攻略対象にヒロインの目が向かうよう、誘導すれば何とかなるはずだ……
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「ねぇねぇ、この本郷 麗華って女がヒロインのライバルなんだけどさ。この女ってば最高に陽君と笹雪様に馴れ馴れしいんだよね。
麗華の本命は笹雪様だから陽君の奪い合いにはならないんだけどさ、ヒロインが陽君に接触しようとすると何所からともなく現れて、いっつも邪魔するんだよ「庶民が笹雪様と陽様に話しかけるなど馴れ馴れしい。勉学の邪魔をするのなら散りなさい」とか言っちゃってさ。
最っ高にムカつくよね? エンディングでは陽君が駆け落ちした責任を負わされて退学になっちゃうから、いい気味って思うんだけどさ」
姉貴との会話を夢で見ながら目を覚ました。自覚したからだろうか、何かあるごとに姉貴との会話が思い出される。
昨日はHRでの自己紹介の後、始業式を行うだけと言う簡単な内容だった為にすぐ帰る事が出来た。
新入生代表挨拶では笹雪が見事な演説を行い、それに当てられた生徒と教師が何人か気絶してしまったり、外部生に対し、麗華さん率いる内部生からの注意事項の説明が起こっていたようだが、俺たちに飛び火する事も無く家路に着くことができた。
帰宅後はいつもの自己研鑽を行った後、睡眠をとった訳だが……先ほどの夢が思い出される。
……麗華さん、ヒロインのライバルキャラだったんだ。しかも俺が駆け落ちすると麗華さんも退学となってしまう訳で……中学の入学当初からとても良くしてくれる人なだけに、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
相変わらずヒロインに関る記憶だけが思い出せないが、それ以外の記憶は分かって来た。
まずは一ヶ月だ。ヒロインと一ヶ月以内に接点を持たないキャラは攻略対象対象から外れると姉貴が言っていた。その一ヶ月さえ乗り切ればなんとかなるはずだ。
俺の未来だけじゃない、麗華さんの未来の為にもヒロインには絶対に接触しないよう気をつけなければ……
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「ですから秋葉さん、見て判るように陽様は予備学習を行っているのです。お願いですから邪魔をなさらないようにお願いします」
少し離れた所から麗華さんの声が聞こえる。どうやら今日も牽制してくれているようだ。
「大丈夫だって。陽君は最高に頭が良くて最高にカッコ良いんだから。ちょっとぐらい話しかけても邪魔にならないって」
相も変わらず本郷さんは俺と接点を持とうとして麗華さんに捕まっている。今ではこのやり取りが日課となり、他の女子が介入する隙も無い位だ。
入学からもうすぐ1ヶ月。麗華さんのお言葉や行動が効いたのか、無遠慮に話しかけてくる度胸のある人はいなくなった。
お陰で話しかけてくるのは数名の男子に加え、笹雪と麗華さんと秋葉さんぐらいになった。少し寂しいが、ヒロインとの接触を断つと言う注意事項を守る事が出来ているので、まぁ良しとしよう。
麗華さんは言わずもがな、秋葉さんもヒロインには程遠い性格なので安心して接することができる。
「麗華さん、いつもありがとう。お陰で勉強に集中する事が出来てとても助かるよ。
秋葉さんも俺を過大評価してくれるのは嬉しいけど、まだまだ未熟者だからね。悪いけど勉強に集中させて貰っていいかな?」
「いえ、陽様こそいつも労わって頂きありがとうございます」
「うぅ……陽君にそう言われるんじゃ仕方無い……」
秋葉さんも最初はとって食われるんじゃないかと恐ろしかったが、きちんとお願いすれば多少は聞き分けてくれる事が分かった。
「ありがとう。でも麗華さんにはいつも助けて貰ってるしね。俺に出来ることでよければお返しするよ?」
麗華さんが巻き添えを食らうことを知って以来、麗華さんには気遣いをする事が増えたような気がする。
「その……もしよろしければ今度図書館で勉強を見ていただいてもよろしいでしょうか? 少々判らない所がありまして……」
分からない所があるのが恥ずかしいのだろうか? 顔を赤くして頼んでくる。
「そうだね。麗華さんにはいつもお世話になっているし、判る範囲で良ければ付き合うよ」
俺の答えに満面の笑顔になる。これで笹雪狙いじゃ無ければなと心の中で思ってしまう。
「ありがとうございます。それでは次の日曜日あたりに……」
「ムッキー、麗華ちゃんずるいっ!! 私だって陽君と最高の一時を一緒に過ごしたいのにー!!」
無視した形となった秋葉さんがむくれる。まぁ、仲間はずれは良くないか。
「ははっ、それじゃ秋葉さんも一緒に勉強するかい? 大人しく勉強するのなら構わないよ」
「陽様最高っ!! 是非っ!!」
「陽様っ!? 秋葉さん、これは私と陽様のデー……いえ、何でもないです」
秋葉さんはその場で踊る程嬉しかったらしい。流石に一歩引いてしまうが、彼女のおかげでヒロインが近づいて来ないと考えると、その突拍子もない行動にも微笑ましく思えてしまう。それに前世の姉貴を見てるみたいで楽しくなってしまう。
でも男一人と女性二人はバランスが悪いか……よし、ここは麗華さんの為に笹雪も誘ってみるか。
「ははっ、それじゃ麗華さんの為に笹雪も呼んで一緒に勉強するとしようか」
「いえ、私は陽様さえ居れば……いえ、何でも」
「そうだねっ、麗華ちゃんは笹雪様が大好きだもんね。陽君は私に任せて麗華さんは笹雪さんに教えて貰うといいよ」
「秋葉さんっ!! 私は笹雪様ではなく陽様がっ……いえ、これは何でもっ!!」
恥ずかしいのか、麗華さんは遠慮するが嫌がっているわけじゃ無いだろう。
「それじゃ、今度の日曜日に図書館で勉強をすることにしようか」
『はいっ』
二人は笑顔で返事を返してくる。
さて、笹雪を説得するとしますか。
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「ねぇ陽君、勉強終わったらカラオケ行こうよ~」
図書館で勉強を始めて3時間。何回目だろうか、秋葉さんからのお誘いが始まる。
「行かないよ? そもそも俺、音痴だし」
「まったまたぁ~。そんな謙遜しないで皆で行こうよ最高に楽しいから」
最初はカラオケを知らない笹雪と麗華さんが興味を示したようだったが、歌を歌う所である事を伝え、俺が絶対に行かない意思を示したら二人も興味を失ったようだった。
笹雪曰く「歌ならスタジオを借りれば良いじゃないか」
麗華さん曰く「陽様の美声は聴きたいですが、無理を仰るつもりは………」と言うことらしい。
「秋葉さん、今日は勉強の為にここに来たんだよね? これ以上邪魔するなら帰ってもらうよ?」
さすがに何度も言われて疲れたのと、いい加減勉強の邪魔にもなってきたので少しきつめに言う。
「はうっ!! その冷たい目……やっぱり最高」
ん?……ぼそっと言ったので聞き取れなかったが、何か恐ろしい言葉を呟かれた気がする。
「秋葉……さん?」
「あっ、ごめんなさい。
でも陽君、無理しなくていいんだよ?」
「ええ、だからカラオケは行きたくないと言ってるんですが」
「そんな事ないでしょ? 陽君は歌うの大好きだよね?」
本気で待ってくれ。……俺は何か勘違いをしていたのか?
「そうなのか? 陽が歌を好きだなんて聴いたことなかったんだが」
「そうなのですか? 陽様は選択授業を音楽でなく第二外国語を受講していたので知りませんでしたが」
秋葉さんの言葉に笹雪も麗華さんも食いついてくる。
「そうだよ。陽君は親に反対されているから歌わないだけで歌が凄く好きなんだから」
秋葉さんが胸を張って答える。
それは設定の話であって現在の俺は歌なんて聞く専門だ。音痴が恥ずかしくて人前で歌うことなんてとてもじゃないが出来ないし、夢に見る気もない。
最悪の予感が頭をよぎった……
「ね? だから終ったらカラオケ行こうよ?」
尚も言い続ける秋葉の右手を掴む。
「秋葉、ちょっとこっちに来い」
「え? ちょっと?」
いきなりの俺の行動に秋葉はうろたえる。
「陽、どうしたんだ?」
「陽様、いかがなされたのですか?」
笹雪と麗華さんもいきなりの行動に面食らったようだが、今は2人に構っている暇はない。
「ごめん、ちょっと秋葉と大事な話があるから少しだけいいかな?」
そう言うと、二人とも釈然としない顔をしないながらも黙って俺達を送ってくれた。
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係員に頼んで小会議室を貸してもらい、俺は秋葉と対面に向かい合っていた。
「やだなぁ、陽君。
まだデレるには早いんじゃないかな? もうちょっと氷の視線を楽しみかったんだけど」
未だにとぼける秋葉に向かって第一声から爆弾を落とす。
「秋葉、俺は前世の記憶がある」
「……へ?」
普通に考えて、こんな事を言われれば「頭大丈夫?」と思われるかもしれない。
だが、俺の予想通りであればこの言葉が必要なはずだ。
「ここは乙女ゲーム"君の為に鐘は鳴る"の世界で間違いないんだよな?」
言葉を続ける。
秋葉は俺の言葉を理解しているのだろう。さっきまでのへらへら笑いから驚きの表情へと変化している。
「俺の姉はこのゲームをやっていた。だから詳しい内容は判らないが、俺が攻略キャラの一人である事を知っている。
今までヒロインの名前を知らなかったが、もしかして秋葉がヒロインだったのか? ならお願いがある。
俺は今の両親がとても大事だし、両親の跡を継ぐことが夢でもある。だから、俺を攻略するのはやめてくれ」
深く頭を下げる。俺の意志は変わらないがこの世界がゲームであった場合はゲームの強制力が働くかもしれない。
だから俺は俺の夢を叶える為、ヒロインの可能性があるこの少女に頭を下げるのだ。
そのままどのぐらい時間がたったのだろうか。1分? 2分? もしかすると30分ぐらい立っているのかも知れない。驚きから解凍した秋葉が口を開いた。
「おっどろいたぁ……
ゲームと違うから私が色々やっちゃった影響かなと思ってたけど、違ったんだ?」
その言葉は予想の中にあった言葉だった。
「改めて挨拶するね。私も転生者。
秋葉 香澄はヒロインにとって最高の友人で情報源だった女の子。
ヒロインはデフォルトネームが無いからこの世界では誰がヒロインか判らないんだけど、候補に上がってるのは早蕨 香苗ちゃんかな。
実際に会って見て判ったんだけど、彼女が転生者かどうか判らないけど、ハーレムルートを選んでいたみたい。
私の陽君を弄ぶなんて言語道断だったからさくっとルートを全部潰しちゃった♪
今日で1ヶ月目だからバットルート一直線なんじゃないかなぁ?」
……予想の斜め上を行かれてしまった事で頭の中が真っ白になる。
「ちょっ!? まてっ、お前がヒロインじゃ無かったのか?」
「えっ? 何? もしかして陽君、攻略されたかった?」
「冗談じゃない!!」
「大丈夫、私は陽君を不幸せになんてさせないからっ!! だから氷の視線で私を見てっ」
「無理だっ!! 出来ないっ」
「じゃ、せめて『身分なんて関係ない。俺が愛してるのはヒロインだけだ』って叫んで?
『君の為に歌を送るよ』でもいいよ?」
「図書館で叫ぶなっ!! それに俺は音痴なんだよ」
「むぅ~、なら、後ろから抱きしめて『俺にはお前しか居ないんだ。お前さえいれば他には何もいらない』って囁いてくれるだけでもいいよ?
最悪陽君×笹雪様の絡みでもいいし。」
「やだよ!? 姉貴じゃあるまいしなんでそんなマニアックな事ばっかり頼むの!?」
「え~、私的最高のシチュなのになぁ~」
最悪だ。こいつ姉貴そっくり……と言うか姉貴そのものなんじゃないかと言いたくなって来る。
「と言うか、私そんなにお姉さんにそっくりなの?」
「ああ、と言っても前世の姉貴そっくりって意味だけどな。この世界では俺一人っ子だし」
「へぇ、そうなんだ?
私も前世で弟が居て今の陽君そっくりだったんだよ?」
「はぁ……姉貴そっくりな奴ってどこにでも居たんだな……」
「最高に失礼だなぁ。人をゴキブリみたいに」
「その最高って口癖も同じだよ」
「え~、それ弟にも何回も言われたなぁ……」
……うん、今すっごく嫌な予感がした。
「もしかしてアンタの前世の名前って、鈴木 麻美だったんじゃないか?」
俺の問いかけにそれまでちまちま動きながらしゃべっていた秋葉の動きがぴたっと止まった。
「……もしかして、一哉?」
やっとの思いで搾り出した名前は、俺の前世の名前だった。
暫くの間無言で見つめあう。
「あっ……あはっ、あははははは」
「はっ……ははっ、はははははは」
どちらとも無く見詰め合うと、乾いた声で笑いあう。
「ええと……久しぶり?」
「ああ……なんて言うか、15年振りだな」
「とりあえず確認するけど、アンタ今幸せ?」
「ああ、姉貴は親に愛されてないとか言ってたけど、この世界の両親は俺のことをしっかりと愛してくれてるし、尊敬もしてる。
友人の笹雪と麗華さんにも恵まれて幸せだって言える」
「そっか。
私のほうは色々やっちゃったからか、予定とは違うけど概ね幸せ。
ただ陽君が一哉だったとはねぇ……さすがに弟を攻略する気にはなれないわー」
「いや、そうしてくれると助かるんだが……俺もさすがに姉貴に口説かれるのはないわー」
「そうね。ゲームと違って麗華ちゃん貴方にホの字だし、麗華ちゃんとくっついちゃいなさい。
で、私は陽君の次に笹雪様が好きだから笹雪様狙うわ」
「……は?」
ちょっ!? 今なんていった?
「だから、何故か判らないけど麗華ちゃんはあなたの方を好きなのよ。
だから笹雪様は今フリーだし、狙うから手伝ってね」
「ちょっ!?」
「あ、大丈夫。すでに笹雪ルートの前提条件はクリアしてるから」
「いや、そう言う問題じゃなくって」
「あとはアンタの力が必要な時に指示するからお願いね」
「ちょっ!? 姉貴っ!?」
「あ、そうそう。口説くのは諦めるけどアンタの歌は聴きたいから音痴だなんて言ってないできちんと練習しなさいよね?」
「いや、だから俺の話を」「良いわねっ!!」
「……はい」
どうやら俺の無職ルートは回避できたようです。
でも姉貴に振り回される日々は今日からスタートするみたいです。
……まぁ、とりあえず歌の練習から始めるとしよう。
少々、他投稿作品の息抜きに何か連載作品のプロットでもと書き上げてみました。
他にも2作品投稿している為、どの作品を連載用に書き直しした方がいいか意見をいただければと思っています。