8:夢の中の邂逅
次に目を開けると、そこは寝ていたはずの部屋ではなかった。
「ここは……」
広さはおおよそ20立方米で空間の形は球状。
まるで、巨大な木の洞のような場所だ。
「これほど巨きな木に覚えは……あるな」
この世界の象徴のような大木、七界神樹が。
「断定は危険だが、仮定とするには十分だろう。しかし、ここが七界神樹の中だとして、何時、何故、どうやってここに来た」
何時はどう考えても寝ている時だろう。
「――」
「ん?」
考え事を始めた所で声が聞こえた気がした。
辺りを見回してみると、少し離れた所に何かが浮かび上がってくるのが見えた。
最初はただの白い靄だったのが次第に人型になっていき、やがて完全に人になった。
そこに現れたのは身長以上に伸ばされた深緑の髪と、硝子ような透き通る翠の瞳をした少女だった。
白い布をいくつも重ねたようなやたら重そうなローブを髪と一緒に引き摺っている。
その少女は俺の姿を認めると、
「私の呼び声に応えていただき有り難う御座います」
そう言って深く頭を下げた。
その声には聞き覚えもあったし、何より当人がそう言っているのだから間違いないだろう。
「アンタが俺をこの世界に喚んだのか」
「はい」
少女は申し訳無さそうな顔で頷いた。
「事情も説明せず突然召喚してしまい、申し訳御座いません」
少女は再び深く頭を下げようとしたが、俺はそれを手で制する。
「確かにこんな事になるとは思っていなかったが、アンタの助けを求める声に応じたのは俺の意思だ。アンタが負い目に感じる事じゃない」
「しかし……」
「しかしも何もない。俺がいいと言っているんだ。気にするな」
「……はい、有り難う御座います」
現れてからずっと難しい顔をしていた少女の顔が僅かに綻んだ。
「それで、アンタは俺に何をさせたくて喚んだんだ?」
「はい、それは――」
少女が説明を始めようとしたその時、急に世界が歪んだ。
「なんだ!?」
「これは、誰かが貴方を眠りから覚まそうとしているのです」
「眠りから?」
「はい、ここは夢の世界。私は貴方の夢に入り込んでお話をしているのです」
なるほど、原理はよく分からないが、魔術などがある世界だ。他人の夢に干渉する術くらいあるのだろう。
そしてそんな事を話している間に世界はどんどん歪んでいき、すでにその形はほとんど崩れきっていた。
魔術が分からない俺でも分かる。
もう何秒も此処に留まることは出来ない。
「さ――に――き――さ――」
少女が声を張り上げているが、全く聞き取れない。
「なんだって!?」
こちらも大声を出すが、おそらく聞こえてはいないだろう。
消えていく世界の中、俺は少女の言葉を読み取ろうと口元に集中する。
少女の必死の叫びも虚しく、声は届くこと無く、世界と共に消えていった。
* * * * * * * * * *
「ハジメー。時間だよー。起きて―」
眼を開くと、そこには俺の身体を揺するリーアがいた。
寝起きでぼやける視界に映るのは、寝た時と同じ従業員用の部屋だった。
「あ、やっと起きたね。大丈夫? 寝足りないなら、仕事は明日からにする?」
3日も寝てなかったんだもんね、とリーアが心配そうな目で俺を見てくる。
「いや、大丈夫だ。十分睡眠は取れた」
実際、かなりスッキリしている。
時計に目を落とすと、最後に見てから6時間が経過していた。
「よかった。じゃあ、水汲んできたからそれで顔洗ったら降りてきてね」
リーアが指をさす先には水の張られた桶が置いてあった。
丁寧なことに、タオルというか布も用意されていた。
「有難う」
「うん、桶はそのまま置いといてくれていいから。じゃあ、また後でね」
それだけ言うと、リーアは軽い足取りで部屋を出て行った。
それを見届けた後、水に浸した布で顔を乱暴に拭った。
水は驚くほど冷えていて、わずかに残っていた眠気も綺麗に飛んでいく。
「ふぅ」
そして冴えた頭で考えるのは、先ほどの夢――にしては現実感の有り過ぎる出来事だった。
あれを簡単に夢と切り捨てることは出来ない。ある程度は現実だと考えておいたほうがいいだろう。
それにしても、最後に少女が言っていた言葉。
『わたくしをここからつれだして』
声が聞こえたわけではないが、唇は間違いなくそう動いていた。
「俺を喚んだ時の“助けて”という言葉といい、おそらく彼女を何処からか助けだすのが俺が喚ばれた理由だろうな」
一応これで行動の大まかな指針が出来た。
またコンタクトがすぐにあればいいが、そうじゃない可能性もある。
ならばこちらからある程度は動いた方がいいだろう。
酪陽の果実亭で働きながら、少女の情報を集める。酒場であるなら情報は比較的集めやすいだろう。ただ、聞く相手だけは慎重に見極めないとな。
「どうあっても情報収集は無駄にはならないだろうからな」
いますべき事を口に出して確認し、俺は1階へと向かった。