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七界神樹の用心棒  作者: 林檎亭
第1章  大樹の導く世界
8/12

7:仮契約

「用心棒?」


「そう、用心棒。実はつい最近うちの店の用心棒が辞めてしまってね、それで募集しているところだったんだ」


「ふむ」


「住むところがないのなら、住み込みで働くといい。なにせうちは宿屋もしているからね。寝泊まりする部屋は売るほどある」


「それすっごくいい! ねぇハジメ、そうしなよ!」


 バドの提案を聞いたリーアが両手もろてを挙げて賛同する。

 先立つものものなければ、泊まるあてもない。

 となればこの提案は俺にとって願ってもないものだが。


「しかし、そんな安易に頼んでいいのか?」


「というと?」


「自分で言うのもなんだが、俺はかなり怪しい。そんな男を雇って、ましてや寝泊まりさせるなど決して賢いとは思えん。さらに言えば、用心棒ならば腕っ節も強くないと駄目だろう。それも確認しなくていいのか?」


 怪しくなんて無いよ、というリーアの言葉はスルーする。


「はは、本当に自分で言うのかい。君にとっては詮索されないほうがいいんじゃないのかい?」


「む」


 確かにそれを言われるとそうだ。


「よし、ならこうしよう」


 バドは手をポンと叩くと、


「今日1日試しに店先に立ってくれ。それで仕事を全うできたら改めて正式に雇う、というのはどうだい?」


「それでも、俺の身元が不確かなのは解決しないと思うが」


「君は自分に不利なことをどんどん言っていくね。損をする性分だ、と言われたことはないかい?」


「あぁ、そういえばあるな」


 何度もある。


「信用に関しては正直な所ほとんどしてないよ。そもそも信用は言動によって築いていくものだ。君は今の状態を議論するのではなく、雇われた後のその仕事ぶりをもって信用を勝ち取るべきなのさ」


 その言葉はまさに、その通りだ、としか言いようのない正論だった。

 こんな事を言われては俺に返す言葉などない。


「分かった。ならばバドの提案通りにしよう。まず、今日試しに用心棒として店に立つ。そしてその姿を見て判断してもらい、正式に雇われたなら信用を勝ち取るために全力を尽くそう」


「よし、ようやく首を縦に振ったな。それじゃあ早速今晩から頼むよ」


「分かった」


「ハジメなら大丈夫だよ! これから宜しくね」


 頷き合う俺とバドを見て気の早いリーアはすっかり契約が成立したものとして喜んでいる。

 だが俺としても与えられた仕事に対して手を抜くつもりはない。

 彼女に期待に応えるわけではないが、結果的にそうなるよう全力を尽くそう。

 だが仕事までに時間があるのなら、その前にしておきたい事がある。


「ところで、夜からという事なら少し頼みがあるのだが」


「ん、なんだい?」


「働く前からすまないのだが、寝床を貸して貰えないか? かれこれ3日ほど寝ていないんだ」


「ええ!?」


 リーアがあからさまに驚いた声を上げた。コイツは感情表現が一々大げさだな。

 バドも目が大きくなっていることから、少しは驚いているようだ。


「そういう事なら、2階にある部屋を使うといい。リーア、案内してあげなさい」


「あ、うん分かった! ほら、こっちだよハジメ」


 リーアが俺を待たずにパタパタと駆けていく。

 俺はそれに着いて行くこと無く見送った。

 リーアは俺がすぐ後ろにいると思っているんだろう、振り向くことなくそのまま階段を上っていった。

 そして足音が遠ざかって――いくと思ったら、近づいてきた。

 俺が着いてきていないことに気が付いたらしい。


「って、なんで着いてきてないの!?」


 律儀に俺の目の前まで来ると、大声で抗議してきた。


「いや、それには深いわけがあってな」


「どんな!?」


 食い気味に問い詰められた。

 俺は一呼吸置いてからカウンターの上に目を送ると、


「まだスープを食べている途中だ」


 端的に答えた。


「あー」


 リーアは納得したような、でも腑に落ちないような、そんな声を出してから――席についた。




 * * * * * * * * * * 




「ハジメの部屋はここねっ」


 スープを食べ終わった俺は2階の奥まった部屋に案内された。

 他の部屋とは少し距離があるように思える。


「ここは泊まり込みの従業員がいたら使ってもらってる部屋なの。奥の階段の上にはお父さんとお姉ちゃんと私の部屋しかないから、客室は全部あっち」


 なるほど、離れているのは従業員用だからか。

 それといま新しい情報が台詞内に含まれていたような。


「リーアには姉がいるのか?」


「うん、いるよ。本当は紹介したいんだけど、お姉ちゃん昼間はずっと寝てるから」


「姉は働かないのか?」


「ううん、そうじゃないよ。私は昼間担当で、お姉ちゃんは夜担当なの」


「そういう事か」


「だからハジメは後で仕事の時に会うと思うから、その時に紹介するね」


「ああ、分かった」


「お姉ちゃん、すっごい美人だからきっとビックリするよ」


「ほう、それは楽しみだ」


 本来、女が紹介の時に使う「綺麗」や「可愛い」はあてにならないが、美少女であるリーアの姉というなら美人という評に信憑性が増す。

 そんな事を話しながら室内に入る。

 広さは大体4m四方くらいだろうか。

 決して広くはないが、寝泊まりするだけなら十分だ。

 定期的に清掃もされているのだろう、埃や汚れもほとんどない。

 部屋の半分ほどを占拠しているベッドに腰を下ろす。

 想像はしていたが、やはり地球で一般的に言うベッドとはかなり違っていた。

 簡単に言うと、板張りのベッドに薄いシーツが掛けられているだけだ。それと申し訳程度にシーツの下に干し草が敷かれている。

 だが幸いなことに俺は寝ようと思えば土の上でも石畳の上でも寝ることが出来る男だ。

 というか、真っ当なベッドの上で寝た記憶がかなり少ない。

 むぅ、よく考えたら地球に生きていたのにあんまり文明的な生活してないな。


「どうかな?」


 ベッドを睨みながら唸る俺をどう思ったのか、リーアが探るような視線で尋ねてきた。

 もしかしたら寝床に不満を持ったと思われたかもしれん。


「助かる。かなりいい部屋だな。しかし、ベッドは1人で使うにはいささか大きすぎるが」


 なにせ部屋の半分、2m四方くらいあるのだ。

 両手両足を広げて寝てもまだ余る。


「本当は他の従業員さんと共用だからね。でも、今は泊まり込みの従業員はハジメしかいないから」


「1人用ではないのか。これは恥ずかしい事を言ったな」


 それならこの大きさも納得だ。


「ハジメの世界ではベッドって1人で使うものなの?」


「そうだが、ここでは違うのか?」


「うん、大体家族と一緒に寝るんじゃないかな」


 そうなのか。

 しかし思い返してみれば、辺境に住む部族の集落では1つの寝床で家族が揃って寝ていたな。

 そう考えると別におかしな事でもないのか。

 というか、地球の都市部が贅沢過ぎるのか。


「とりあえず寝床は有り難く借り受けるとしよう。それで、何時くらいに起きればいい?」


「んー、酒場は陽がだいだいに染まったくらいから始まるんだけど、自分で起きれる? なんなら起こしに来るけど」


「橙に、と言うことは夕方くらいか。まぁ起きることは可能だと思うが……そうだな、念の為に時間になったら声を掛けてもらえるか?」


 おそらく正確な時間など決まっていない、というか正確に時刻を計れないだろう。

 腕時計にアラーム機能は付いているが、ここは起こしてもらったほうが無難だ。


「うん、分かった。じゃあ後で起こしに来るね」


「ああ、頼む」


「それじゃ、おやすみっ」


「ああ、おやすみ」


 リーアは手を挙げると、元気よく部屋を出て行った。

 俺は静まり返った部屋でベッドに横になると同時に襲ってきた眠気に身を任せ、そのまま気絶するように眠りについた。

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