2:神話?実話?
5分くらいは走っただろうか。
痕跡を残さないように走ったとはいえ、それなりに距離を稼げたはずだ。
念のため追っ手が来ていないかを確認するが、やはりその気配はなかった。
「この辺りでいいだろう、下ろすぞ」
俺は返事を待たず女を下ろした。
逃げている間に回復したらしい、女は腰が抜けることなくその場に立った。
「あ、ありがとう! 危ないところを助けてもらって」
女は深々と頭を下げると、何度も礼を言った。
「いや、いい。勝手にやったことだ。それより聞きたいことがあるんだが」
「えと、なにかな?」
「ここは、何処だ? 日本語を話す人間がいるからには日本なのか? しかし、容姿が明らかに日本人離れしているが」
そう、さっきのチンピラといいこの女といい、使っている言語は間違いなく日本語だった。
しかし、容姿はどう見ても西洋人のそれだ。特にこの女――金の髪に緑の瞳に白い肌をした日本人はいないだろう。
まぁ、西欧の血筋で日本育ちという可能性もあるが。
そんな俺の問いに、女は初めて聞く単語を耳にしたように首を傾げると、
「ニホン? それは何を指す言葉なの?」
などと返してきた。
確かに日本は田舎の島国で全世界の人間が知ってるわけではないが、日本の言語を使っておいて知らないはないだろう。
日本を知らないというのは釈然としないが、知らないと言っているものを問い詰めても仕方あるまい。ここは次の質問に移るほうが建設的だ。
「なら、ここは何ていう国なんだ?」
「ここ? ここはヴィンガルフの北端の街、ウルズの北西にある森だよ」
「ウルズ?」
聞いたことのない名前に戸惑ってしまう。
「ヴィンガルフとは、国名か? そんな国は聞いた事がないが。何処の大陸にある国だ? ユーラシアなのか?」
もちろん名前も存在も知らない国は多くある。ここもその知らないという事も知らなかった国の1つなのだろうか。
「ヴィンガルフは国名だけど……えと、ゆーらしあってなに?」
「ユーラシアとは地球に浮かぶ6つの大陸の一つだ。ここは、違うのか?」
気候的にも人種的にも、十中八九ユーラシアだと思うのだが。
しかし、女は信じられない言葉を口にした。
「何を言っているの? ここはチキュウなんて場所じゃないよ。ここは、アースガルドにある、ヴァルハラっていう名前の大陸だよ」
眩暈がした。
「お前こそ何を言っている。 アースガルド? ヴァルハラ? まさか北欧神話を信じているというのか? あんなものはお伽話の中だけのものだ」
「そう言われても、いま実際にこうして私たちがその大地に立っているじゃない」
女はやや意固地になりながらも、物を知らない子どもに教えるような優しい口調で俺を諭そうとする。
冗談じゃない。
諭したいのは俺のほうだ。
しかし、神話を信じきっているこの女と話していても埒があかない。
ここは別の人間に話を聞いたほうがいいだろう。
「分かった。とりあえず、この話は保留にしよう。それより、ここからそのウルズという街は近いのか?」
「保留……まぁいいけど。うん、ウルズならすぐ近くだよ。歩いて一刻くらいかな」
「そうか、じゃあ悪いがそこまで案内してもらえないか?」
「うん分かった。じゃあ着いてきて」
女は保留という言葉に納得がいかないようだったが、笑顔で案内を引き受けてくれた。
助かった。街というからにはそれなりに人もいるだろうし設備なんかも整っているはずだ。現在地を知ることくらい出来るだろう。
まぁ、知ったところで帰る場所なんてないが。
「そういえば」
俺が考え事をしていると、女が思いついたように声を上げた。
「まだ、名前聞いてなかったけど、聞いてもいいのかな」
「あぁ」
それを言われ、初めて名乗ってないことに気が付いた。
「私はリーアって言うの」
「俺は桜井創だ」
「クライハ??」
変なところで切るんじゃない。
まぁ日本人名は日本以外の人間には聞きなれないか。
「いや、創だ。ハジメでいい」
「ハジメさんだね」
「呼び捨てでいい。敬称なんて慣れてないからな、聞いてるとむず痒くなってくる」
女――リーアは一瞬ポカンとすると可笑しなことでも聞いたかのように笑い、
「うん、それじゃあ――ハジメだね」
たどたどしく俺の名を呼んだ。
2014/5/25 2時間を一刻に修正。ここはそんな正確な時間感覚のある世界観ではないので






