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七界神樹の用心棒  作者: 林檎亭
第1章  大樹の導く世界
2/12

1:出会い

 身体を起した俺が目にしたのは広い草原ではなく、鬱蒼と木々が生い茂る森だった。


「どう、なっている?」


 問いかけても答えてくれる声はなく、疑問は森へと溶けていった。

 立ち上がってみても、当然のように状況は変わらない。

 自分の身体を確認しても、変化はない。

 いや、少し奇妙な感覚はある。

 言葉では言い表しづらいが、身体の中に何か妙な熱があるような。


「まさか変な物でも食ってトリップしたのか?」


 だが、そんなものを食べた覚えはない。

 そもそも丸2日は何も食べていなかった。

 それに違和感があるものの、健康状態に異常はないようだ。

 痛むところはないし、思考もハッキリしている。

 薬をやった時の独特な全能感や、毒をもらった時の芯にくる重さがない。


「ここで得られる情報はあまりなさそうだな」


 景色からも身体からも新たな情報を得られないと判断した俺は、とりあえず歩くことにした。


「うーむ」


 木々を見るに、ここはおそらく北半球、それも赤道に近かったり極端に緯度の高い地域ではないだろう。スペインや日本くらいか? 樫っぽい木に花が咲いているし気温もさほど低くないということは、春か夏に入る前くらいか。

 そんな風に今いる地域に当たりをつけながら歩いていると、ふいに何か悲鳴のような音が聞こえた。


「気のせい……じゃないな。そこまで遠くではないだろうが、方角までは分からんな」


 もう1度聞こえないかと耳を澄ましていると、要望に応えるように叫び声が聞こえてきた。


「こっちか」


 進行方向に対して右、間違いなくそちらから聞こえた。

 現在の位置や状況を知る為には、他人からの聞き取りが手っ取り早い。

 そう判断し、声のしたほうへ走る。

 聞こえたのが悲鳴で、しかも2回聞こえたとなると状況は切羽詰っているだろう。

 最悪、獣に襲われていて間に合わない場合もある。その場合は申し訳ないが逃げさせてもらおう。

 などと、駆けつけた時の状況に応じたシミュレートを行っていると、程なくして悲鳴の発生源と思われる地点に到着した。

 と言っても、まだ30m程離れているが。

 手近な木に身を隠しながら様子を窺うと、2人の男の姿が見えた。

 服装はかなり質素だったが、いかにもといった風貌のチンピラだ。

 まさかあの2人が悲鳴を?

 いや、声は女のものだった。

 あの2人のどちらかが女性と聞き間違うほどのソプラノを奏でる可能性もあるが、ここから見る限りではそいつらは悲鳴を上げるほど、余裕のない表情をしているわけではなかった。どちらかというと、下卑た笑みを口元にこびりつけている。

 ああいう手合いがあの笑い方をしている場面には心当たりがある。

 気配を悟られないよう2人の背後から慎重に近付くと、その予想は見事に的中した。

 木を背にして、若い女が1人腰を抜かして怯えていた。


「やれやれ、嫌なものを見たな」


 そう独りごちると、俺は身を潜めながら3人へと近付いていった。

 そして、会話がハッキリと聞こえる位置まで移動した。


「ぐへへ、こんな所で叫んでも誰もこねーぜ」


 体格のいい筋肉質の男が嗤い、針金のように細い卑屈そうな男がそれに続いた。


「兄貴、早くやっちまいましょーぜ」


 チンピラ2人は今時テンプレでも聞かないような台詞を口にしながら、女との距離を詰めていく。


「こ、来ないで。近付かないで!」


 女は腰を抜かしながらも、表情と口調だけは気丈に振舞っている。


「なるほど」


 それだけ聞けば十分だな。

 俺は身を隠していた草むらから飛び出すと、下っ端っぽい男へと襲い掛かった。


「だが、そういうプレイだったら悪いな」


 男たちはその声に反応してこちらを向くが、もう遅い。

 俺は跳んだ勢いそのままに男の顔を蹴り飛ばした。

 男は何が起こったのか分からないままに吹っ飛び、そのまま倒れて意識を失った。


「な、てめぇ――」


 言い終わるか終わらないか、俺は事前に手にしていた大き目の石を兄貴と呼ばれた体格のいい男の顔面へと投げつけた。


「ぎゃっ」


 石は見事に命中し、痛みで男が目を閉じてよろける。


「おいおい、喧嘩の最中は目を閉じるなって父ちゃんに教わらなかったのか?」


「ふざっ――え?」


 叩かれた軽口に男が激昂するが、俺が目の前から消えていたことに驚いて目を剥いて硬直する。


「喧嘩中に相手から目を離すからこうなるんだ」


 目を閉じさせた隙に背後に回りこんでいた俺は、すかさず裸締めを極める。念のため両足で挟み込み、手での反撃も封じる。


「あ、が」


 かなり綺麗に極められたことで、すぐに締め上げて意識を刈り取れた。


「ふう、帰ったら喧嘩の方法を教えてくれなかった父ちゃんに文句でも言うんだな」


 もちろん意識のない男から返事はなかった。


「で、怪我はないか?」


「へ? あ、うん、ない」


 意識のある女からは返事をしっかりと貰えた。


「そうか。なら歩けるか?」


「えっと……」


 女は立ち上がろうとしているようだが、どうも上手くいかないようだ。


「ごめんなさい、立てないかも。腰、抜けちゃって」


「そうか、仕方ないな。襲われて早々に触れて悪いが、あまり騒ぐなよ」


「え?」


 俺は絞めていた腕を離すと、返事を待つことなく、女を抱き上げた。


「きゃっ」


 幸い暴れられたりすることはなかった。


「眠らせたからと言って、ここに長居はするべきではないからな。移動するぞ。揺れるから可能なら俺の服か身体かを掴んでくれ」


「う、うん」


 女は頷くと、素直に俺の服を掴んだ。

 というか抱きついてきた。だが、それに異論はない。しっかり抱きつかれたほうが身体が固定されていい。


「よし、じゃあ行くぞ」


 俺は声を掛けると、出来る限りの速度でその場を離れた。


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