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七界神樹の用心棒  作者: 林檎亭
第1章  大樹の導く世界
11/12

10:初仕事

 ここ「酪陽の果実亭」らくようのかじつていは貧困層の集うウルズの北地区の中にある。

 そのため周囲も質素な建物が多く、ここに来るまでの間にざっとみただけだが、生活に余裕のある者はおそらく皆無だろう。

 にも関わらず酒場はかなりの賑わいを見せていた。

 7つあるテーブルは満席で、カウンター席も5つ中3つが埋まっている。

 ただ客層は想像通りで、いかめしい顔つきをした連中が全てだった。

 どこのテーブルでも酒を片手に下品に騒いでいる。

 とは言っても、この雰囲気は嫌いじゃない。

 地球にいた頃の俺の周りもロクな奴がいなかったせいだろう。


「どうだい?」


 俺がカウンター横の壁にもたれ掛かりながら店内を見回していると、バドが様子を窺いに声をかけてきた。


「あぁ、今のところは平和そのものだな」


 悪人面した筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)の男どもが酒を飲みながら大声で笑っているだけだ。


「これを見て平和って言葉が出てくるなら大丈夫そうだね」


「それより、やたらと体格がいいやつが多いな」


「ここに来るのは鉱夫が多いからじゃないかな」


「鉱山が近くにあるのか?」


「少し北に行った所に白精石はくせいせきが採れる鉱山があるのさ」


「はくせいせき?」


「知らないのかい?」


「あぁ、まったく」


「そうか、まぁそういうこともあるか」


 バドは納得したようなしてないような顔で唸った。


「えーと、ほら見てごらん」


 バドが指差す先には天井から吊るされたほのかに光る石があった。

 この酒場の各テーブルの上にもれなく設置されている。

 実は日が落ちてからそれなりに時間が経っているのだが、店内は結構明るい。

 地球の蛍光灯ほどとはいかないが、人の顔を確認する分には十分なほどだ。


「あの石が白精石だ。魔力を通すと、日中に蓄えた分だけ明かりを灯してくれるんだ」


「ほう、それは便利だな」


「そうだね。人の暮らしに欠かせない物さ」


「だが、魔力を通すと言ったな? それでは祝福持ちしか使えないのか?」


「いや、魔力を通すだけなら誰にでもできるよ。魔力自体は誰もが持っているからね。祝福持ちとの違いは、それを術として使えるかどうかなんだ」


「そういう事か」


 それならばなおさら魔術の有用性が低くなるな。

 明かりを灯す魔術なんてなくても、誰でも明かりを用意できるのだから。


「白精石は便利で需要があるんだけど、やっぱり鉱山っていうのは事故がつきものでね。鉱夫をやるのは、危険でも働かなくちゃならないこの貧しい北地区の住人ばかりなんだ」


「ふむ」


 その辺りは地球でも同じだ。

 危険な仕事は社会的地位の低いものが請け負う。

 社会的地位、つまり貧乏人だ。

 こんな魔法があるようなファンタジー世界でも、金がものをいうのは変わらないんだな。


「ただ、彼らは貧しいとはいっても基本的には気のいい奴ばかりでね。でもほら、酔っ払うとね、ついつい感情的になってしまう事もある。しかも採掘で鍛えられた屈強な男たちだ。暴れると手がつけられない」


「そういう時に俺の出番、というわけだな」


「そういう事だよ。でも、いま言ったように皆根はいい奴なんだ。だから、出来たらあんまり手荒くはしてほしくないんだ」


「……なかなか厳しい注文だな」


「さすがに、無理にとは言わないけどね」


「善処しよう」


 とは言ったものの、見るからに腕力自慢な男たちばかりを相手に穏便に済ませる自信はなかった。

 願うならばアクシデントなど起こらないでくれれば、と思う。



 だが、平穏無事に夜が過ぎるのなら元々俺のような用心棒やくわりは必要なかったのだ。



「んだとテメェ!」


 俺の祈りは虚しく、突如荒々しい怒号とともにテーブルを強く叩く音が店内に響いた。

 見れば、スキンヘッドの男がテーブルの対面に座っている髭面の男に怒声と鍔を降り注がせていた。

 酔っているせいか言っていることに整合性がなく、何か喚いているという感じだ。


「ハジメくん、頼んだよ」


「ああ」


 俺はバドの声に背中を押されるようにして、問題のテーブルへと近付いた。

 テーブルではすでにエムルがスキンヘッドの男を落ち着かせようと試みていた。

 自分の2倍は体積がありそうな怒った男に近寄れるとは、彼女も随分と肝が座っている。


「どうしたんだい? 一旦落ち着きなよ」


 そんな風に声を掛けているが、スキンヘッドの男は一切取り合わずに髭面の男に食いかかっている。


「さっきからうっせぇなこのアマ!」


 と、急にスキンヘッドの男がエムルへと怒りの矛先を向けた。

 威嚇のために振りかぶった手がエムルに当たりそうになる。


「チッ」


 しかし、すんでの所で俺はその腕を掴んだ。

 エムルは手には当たらなかったものの、驚いた拍子にたたらを踏んで後ろに転けそうになる。


「っと、大丈夫か?」


 空いている方の手でエムルを支える。


「う、うん。大丈夫」


 エムルは驚いた目で俺を見ている。

 何か言いたそうではあるが、そんなものを聞いている暇は今の俺にはない。

 俺はスキンヘッドの男へ向き直ると、その目を真っ直ぐ睨んだ。


「オイ、アンタ。ウチの看板娘に何してんだ」


「うっ……」


 元々エムルに手を上げるつもりはなかったのだろう、スキンヘッドの男はバツの悪そうな顔ですぐに目を逸らした。

 しかし後には引けない気持ちが勝ったのか、またすぐに俺を睨み返してきた。


「そ、そいつが俺たちの話に割り込んでくるから悪ぃんだろうが!」


「あぁ?」


「テメェはなんだよ! 関係ねぇやつは引っ込んでろ!」


 無理矢理に怒気を持ち直させたスキンヘッドは、俺に掴まれてない方の腕、右手を握りしめて俺へと振り下ろした。


「止めろ」


 それを受けるでも避けるでもなく、掴んだ腕の力一杯握りしめた。


「っいでででで!」


 振り下ろされた右手は途中で止まり、男は握りしめられている左手の痛みに苦悶の表情を浮かべて叫んでいる。


「ふん」


 俺は手の力を緩めるとそのまま足を引っ掛けて、男が座っていた椅子に強制的に座らせる。

 次に空いた手で男の頭を鷲掴みにし――毛が無いせいで掴みにくい――力を少し込めた。


「俺はお前がこの席に座って酒を飲んでいる限り、仕事の話をしようが下世話な話をしようが、あるいは泣こうが何もしない。だが、店自体に迷惑をかけたり、女に手を上げるようなら――」


 そして頭を掴む手に力を込めていく。万力のようにギリギリと締め付けていく。


「いだだ! いだい! わがった! 大人しくする!」


 スキンヘッドの男はあっさりと折れた。


「よし」


 その返事を聞いて手を離す。

 スキンヘッドにはくっきりと手形がついていた。


「ぷっ」


 エムルがそれを見て堪え切れずに噴き出した。


「いってー。あー、酔い覚めちまったよ。つか、あんちゃん何者だ?」


 スキンヘッドの男は幾分か冷静になった顔で俺を見上げて聞いてきた。


「俺は今日からここで用心棒として働くハジメという者だ」


「あぁ、なんだ新しい用心棒雇ったのか」


「そうよ、アンタみたいな奴のためにね」


「あぁ、全くもって何も言い返せねぇ。悪かったなエムル」


 スキンヘッドの男は自らの行いを反省しているのか、素直に謝った。


「いいよ。あんなの気にしてちゃ酒場の女はやれないよ」


 エムルも本当に気にしていないという表情でそれを許した。

 お互いすでにわだかまりはもうないようだ。

 なるほど、この気風きっぷの良さがバドの言っていた「基本的にいい奴」という事なんだろう。


「そういや俺はまだ名乗ってねぇな。俺はダイン。この酒場にはよく来るからよ、よろしくな」


「あぁ、よろしく」


 差し出された手を握る。

 ダインもすでに俺に対するわだかまりの感情は持ってないようだ。


「ダインが迷惑かけたのぅ」


 テーブルの向こう側に座って成り行きを見守っていた髭面の男が声を挟んできた。


「あぁ、大丈夫だ。アンタは?」


「ワシはヴィトじゃ。ワシもよく来るでな、宜しく頼む」


「あぁ、よろしく」


 ヴィトとも握手を交わす。


「で、アンタ達。あんなになって何を言い争ってたのさ」


「いや、それがなぁ」「それがのう」


 2人共決まりの悪い顔をしている。

 男がこういう顔をするときは、大概が下らない事だ。


「どうせお互いが贔屓ひいきにしている女の事で言い争ってたんだろう」


「!?」


 適当に行ったのだが、2人はどうしてそれを!? みたいな顔で俺を見てきた。


「なんだ、図星か」


「いやだってよ、コイツがメニアよりフェンの方が可愛いとかほざくから」


「なにおう。どう考えてもフェンの方がいいじゃろ!」


「いやいや、メニアの方だろ!」


 再び唾の応酬が始まった。汚い。


「誰だ?」


 エムルに聞いてみると、溜め息を一つ置いてから答えが返ってきた。


「ウチの娼婦だよ」


「ここは娼館も兼ねているのか?」


 ただの宿屋件酒場ではなかったのか。


「まあね。こんな辺鄙へんぴな所に泊まりに来る客なんて滅多にいないからね。2階の部屋の用途は基本的にそれさ」


「なるほどな」


 まぁ別段おかしな話でもない。


「それでメニアとフェンはウチの中でも2番目と3番目の人気娼婦なのさ。ついでに言うなら、メニアは胸が大きくて、フェンは足が綺麗」


「なんだ、ただの性的嗜好の押し付け合いか」


「「なんだとはなんだ!」」


 いまさっきまで目の間で言い争っていた2人が同時にこちらを向いた。

 ちゃんと聞こえていたのか。


「まあまあ、お互いそれはどれだけ言い争っても決着なんてつかんぞ」


「それでも俺はメニアの良さをコイツに教え込まないといかんのだ!」


「ワシとてフェンの素晴らしさを知らしめる義務があるのじゃ!」


 だがその戦いはどこまで行ってもおそらく平行線を辿るだけだ。


「ふむ、ならばこういう決着の付け方はどうだ?」


 俺は店のすみから樽を一つ持ってきた。中に酒が入っているのだろう、かなり重い。


「なんじゃ、飲み比べか?」


「上手いこと言って売上に繋げようってか? あんちゃん中々に商売人だな」


 2人は酒樽を持ってきたことで早合点したようだ。


「違う。見たところ、お互い腕力には自身があるのだろう?」


「おう、そりゃもちろんだ!」


 ダインが棍棒のような腕を叩いて自信をアピールする。

 ヴィトの表情も当たり前だと語っていた。


「なら、これだ」


 俺は酒樽に肘をついて構えた。


「腕相撲だ」


 しかし2人は「なんだそれ?」と意外にも乗ってこなかった。

 そうか、この世界には腕相撲はないのか。

 少々興が削がれながらも2人にルールを説明する。

 とは言っても、細かいルールはなしで、相手の手を地につければ勝ちくらいの事だけだが。


「まぁ、ようは力比べだな」


 不思議そうな顔をしていた2人も、力比べの言葉にやる気を出したようで、早速樽の対面に立った。


「じゃあ俺が合図するまでは動かすなよ」


 俺は2人がしっかりと手を掴み合った状態になった事を確認し、


「レディー……ゴー!」


 開始の合図を叫んだ。

 2人は合図と共に全力で、それこそ相手の手を握りつぶさんばかりの勢いで力を込めた。

 攻防は一進一退。中々どちらかに傾かない。

 そうこうしている内に、他のテーブルで呑んでいた客達も何事かと集まり始めた。

 そうして何をしているか悟るやいなや、歓声を上げて各々が声援を上げ始めた。


「いけーダイン!」「負けんじゃねーぞヴィト!」「がんばってー」


 声援に応えて、2人の戦いにどんどん熱が入っていく。


「ふぎぎぎぎ!」


「ぬぐぐぐぐ!」


 ずっと続くかと思われた均衡は、しかし思った以上にすぐに破れた。

 片方の手が徐々に徐々に沈んでいき、


「「あーーーーーー!!」」


 そして――。

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