10話+原因追求+
朝食を終え、私はイヴさんに淹れてもらった紅茶を飲みながら、
二階から持ってきた日記を読む。
もしかしたら、何か新たに更新されているかと思って、
1ページ1ページ丁寧に見ていくが、昨日のページが増えたくらいで、
今朝の段階では、特になんの変化もなかった。
「そうだ、ユリスさんなら何か分かるかも」
そう思い、私は日記を持って二階に上がる。
沢山ある部屋の中から、靴下が挟まって半開きになっている扉を開け、
落ちている靴下やハンカチを拾って中へ入る。
「イヴさん、ハンカチや靴下が廊下や扉の前に落ちてましたよ」
「そうだったのか?洗濯かごを持っているときは、振り返らないから
洗濯物が落ちていても気がつかないんだ。ありがとう、すまないな」
イヴさんが落としていったものを拾って、洗濯かごの中に入れる。
この部屋は南側に大きな窓があるので、洗濯物を干すには
打って付けの部屋だ。
「あのイヴさん、ユリスさんがどこに居るか分かりますか?
日記の事でお聞きしたいことがあるんですが……」
「ユリスなら今朝早くに別の国へ出かけて行ったよ。
なんでも、知り合いの薬屋さんの所へ勉強しに行くんだってさ」
「えぇっ、じゃあ帰ってくるのは、何時ごろになりますか?」
「そうだな……夜には帰ってくるんじゃないかな。
夕飯いらないとは言ってないから」
洗濯物をテキパキと干しながらイヴさんは教えてくれた。
夜になるのか……流石に夜には、この家を出て行って
宿泊先を決めなくちゃいけないから、もう一日お預けってことか……。
少し暗く先が見えない未来に、私はため息をつく。
あぁ……なんで記憶は無くなっちゃったんだろう……。
「ため息をつくと、幸せが逃げてしまうよ」
そう言うとイヴさんは、私の唇に人差し指を当てた。
「記憶がなくて気が滅入るかもしれないが、元気を出すんだ。
幸せな気分でいれば、いつかはきっと、本当に幸せになれるんだぜ?」
「幸せ……ですか」
大きな窓の外を見ると、ここで飼われている家畜の世話をしながら、
一緒になって草原を幸せそうに駆け回っている、シストラさんが目に入った。
彼はいつもニコニコとしていて、確かにとても幸せそうだ。
「こんな天気のいい日に家の中にいるのもアレだから、
折角だし君に、街へおつかいに行ってもらおうかな?」
「ハイ、泊めてもらいましたから私にお手伝いできることは、
なんでも言ってください!!」
「じゃあちょっとついて来てもらえるかな」
最後の洗濯物であるハンカチを干し終えて、洗濯かごを持ち
部屋を出ていこうとするイヴさんの後に、私も続いて歩いていく。
一階に降りてきてリビングに向かい、イヴさんは飾り棚の一部に置いてあった
メモ帳に何かをサラサラと書き込むと、一枚ページをちぎって
その紙を私に渡した。メモ帳にはおつかいの品が数品書いてあった。
「君は異民じゃないから、不当な扱いは受けないと思うけど、
一応気をつけるんだよ。何かあったら、すぐにここに逃げてくる、いいね?」
イヴさんは、初めておつかいに行かせる子供に言い聞かせるように言う。
「おつかいが終わっても、すぐに帰ってこなくても大丈夫だから。
少し気分転換に、散歩したりひなたぼっこをして帰ってくるといいよ」
私はイヴさんからお金とバスケットを受け取り、バスケットの中に
家から持ってきた青い表紙のお気に入りの本を入れた。
「でも夕方までには絶対に帰ってくるんだよ。
帰りが遅くなると、シスとノーチェが寂しがるからね」
「ノーチェさんは寂しがらないと思いますよ……」
苦笑いをして私が言うと、イヴさんはポンポンと頭を撫でてくれて、
「そんなことないよ、ノーチェは照れ屋なんだ」とフォローしてくれた。
本当にそうであってくれれば嬉しいのだが、早くデレて欲しい。
彼の吐く毒は、私の心の奥深くまで浸透して、洗浄不可能くらい
強力なものだから。
「それじゃあ、気をつけて行ってきますね」
「うん、いってらっしゃい」
私は靴を履き、つま先を床でトントン叩く。
そして忘れないようにバスケットをしっかりと持って、玄関の扉を開けた。
外に出ると、清々しい春のそよ風が私を包み込む。
玄関付近は木が多いため、木漏れ日が玄関を照らしていた。
門扉を開けて敷地外へ出ると、暖かな春のひだまりが
街へ続く舗装された一本道を照らしている。
私は大きく深呼吸をして、朝の森の新鮮な空気をたっぷりと吸い込んで、
吐く息と共に、暗い気分も一緒に吐き出すイメージをする。
「よしっ行こう!!」
私はひだまりが照らす一本道に、一歩踏み出して、
賑やかな街へ向かって、歩いて行った。