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01

 

 熱い血飛沫。

 咲き誇る花たち。

 その狭間に、見えた。

 彼、或いは彼女は、聖人の微笑で〝呪う〟。


 美しき国ルアシヴィルは、どんなときも渇れない。

 女神シヴィルの恩恵を受けるとされるこの豊穣の地は、いつでも鮮やかな色と香を振り撒く。そこに飢えはない。わたしはぼんやりと思う。咲くならば赤い花がいい。主さまと同じ色をした、鮮烈な。地面へと向けた剣の切っ先から、断続的に雫が垂れてゆく。血を養分に咲けるならば、赤くなるだろうか。そうならいいけれど。

 剣を払う。飛沫が地面を濡らす。

 如何に魂のないものに見えようともこれは生き物だったのだと、わたしに知らしめるかの如く。フードで隠されていた顔は、風に煽られ露になっていた。わたしに美醜はあまりわからないが、まだ若い遺体である。さきまで、それこそ斬られる寸前まで、男とも女とも取れない顔つきで微笑を浮かべていたはずなのに、この屍体は明らかに恐怖に果てた男だった。少年とも言うべき外見だが、そこは問うまい。わたしは亡骸の外套を剥ぎ、剣を拭った。材質がほかの剣とは異なるゆえ血で錆びるようなことはないが、念のため。常の輝きであることを確認し、鞘へ仕舞う。

 動作をすべて終えたところで、ようやくこちらの事態に気づいた人影。わたしのさまを見て、忽ち顔を引き吊らせる。正確には、いまこの首筋に蛇の如く巻きついているであろう、黒薔薇(ブラックバカラ)の蕾の紋様を目にして。


「え、まさか……」

「呪わたみたい」


 絶句のち、絶叫が上がった。



 ▼▼



 瞼が、ちからなく落ちてゆく。

 あまい蜜酒に酔ってしまったように。

 酩酊は、恐ろしく穏やかだ。ここへくると、いつもそう。けれどわたしを支配するその懐の甘美な誘いに抗おうと、小さく欠伸を噛み殺した。


「なんだあ? フィヨルニル、眠いのか」

「あ。いいえ、だいじょうぶです」


 しかし、すべては主さまに筒抜けであったらしい。慌てて首を振るが、その睡魔を身体から追い出そうとする仕草が面白かったのか、くつくつと喉奥で笑われた。それは唸り声となって大気を震わせるが、むしろその低音が心地いい。

 首を巡らせ、見上げる。

 飛び込んできたのは、霰石(アラゴナイト)の眸。この世のどの宝玉よりも美しい、双つの黄金。縦にくっきりと割けた瞳孔が、主さまが笑うことによって微かに丸に近づくのだ。強靭な筋肉を覆う皮膚には、赤の鱗が隙間なく揃う。深い赤銅の色味を帯びた鱗は、柘榴石(ガーネット)の如き瞬きですべてを跳ね退ける。赤赫(せきかく)の竜神と誉れ高き主さまは、紅蓮を司る王の威厳に満ちている。口から零れる無数の牙が、まるで剣のように覗いていた。まだ笑っている。居眠りしかけたわたしが悪いので反論はせず、口を引き結んでその身体に両手を添えた。

 冷たい。けれど、炎の脈動が触れる。

 わたしはそこに己の唇を寄せた。そっと押しつける。自身を巡る竜の脈拍を探る。これだけは、得意だ。主さまの気配には特別敏感なのである。汲み上げたそれを口移ししてゆく。わたしの行為に主さまは瞳をすがめた。


「おいこら、フィヨルニル。いちいち俺に渡すんじゃねえよ、お前は無駄遣いしかしねえんだから全部残しとけ」

「でも」

「でもじゃねーよ。莫迦か。いっつも足りてねえくせに」

「なくてもわからない、だから、主さまが貰ってくれるのがいちばんいいと思って。主さま、わたし、間違えました?」

「わからない、じゃねえだろう。お前のそれは、ただ飢餓をそうであると感じられねえ――ああいや、いい。今更お前に言ったってしょうがねえことだ。俺がやめろっつったらやめろ、わかるな?」

「はい」


 唇を離し、触れ合わせていた部分をなぞる。やめろと言われては、そうするしかない。けれどわたしは器用ではないから、動かしたそれをもう一度引き寄せることはできない。すこしはこれで、お腹が膨らむといい。下手くそなりに大量に送り込んだのだ、まさか無意味にはなるまい。

 ひとり満足していると、盛大な嘆息が降ってきた。主さまが、その金の眼に呆れの色を宿し、懐へと抱えたわたしへ顔を寄せる。


「俺が返してやってもいいが、それじゃお前は繰り返し兼ねねえからなあ。あとでハーヴィにでも貰っとけ、あいつはちったあ減ったところで何の影響もねえだろうしよ。おら、わかったら返事」

「はい」

「お前はほんっと、返事だけはいいなあ」


 主さまが笑う。それがこんなにも嬉しい。

 わたしは冷たい鱗に頬を寄せた。そして、この何処までもあまい、夢現の赤にたゆたう。いとおしい、日常。


 翌日、早朝。

 突如として現れた一団――≪黒薔薇の教祖(ササルゥナ)≫が、国を呪わんとしている。

 そんな情報を携えて星舟へとやってきたのは、城の騎士団にて一部隊の隊長なるものを担うヒルドールヴ……の懐刀、クラエス=ブラントである。長身の童顔で、鼻の頭にそばかすの浮いた苦労性の青年だ。騎士のなかでは若い部類だが、剣の腕はなかなかのもの。冷徹になれればさらに伸びるが、まあ性格上無理だろう。だからこうしてヒルドールヴのいいように使われてしまうのだ、と。以前フロプトは彼をそう表現した。間違っていないと、ここ数年の付き合いだがわたしもなんとなく思っている。基本的に悪意を感じないので、クラエスのことは嫌いではない。けれど、彼がこの星舟を訪ねてくるのはヒルドールヴが厄介な案件にぶち当たったときと決まっているので、手放しで歓迎できる相手でもない。そのことを本人も了解しているのか、毎度申し訳なさそうな面を見せるのも、彼が好青年とされる所以なのだろう。

 その日は、主さまへ捧げられた花の、閉じたままだった花弁(はなびら)が開いたから。

 ゆえにクラエスの言う≪黒薔薇の教祖(ササルゥナ)≫の呪詛が余計によくないものだと感じたのかもしれない。

 徒花(リンネバーリ)(しゅ)

 それが二月ほど前から国を跋扈(ばっこ)する(まじな)いの名。黒薔薇(ブラックバカラ)という花には、『貴方はあくまでわたしのもの』という意があり、ひとを操る術式の媒体として多用される花だ。今回のそれは、しかし術者が『相手を自分のものにする』という意図を持たない。呪われたひとが最も愛する人間を、手にかける。そういう呪詛。術者が一度発動させてしまえば、あとは勝手に滅んでくれる。最愛のものを殺めた人間の末路など、明るくはないからだろう。ハーヴィはそのやり方に「賢いね」と微かに口端を歪めた。絶対零度の瞳だった。クラエスは人形のようなハーヴィのその表情を見慣れないゆえか、顔面を蒼白にしていたけれど。

 星舟へ流れ着く情報は、魔女か巫女の関連が疑われるものが大半を占める。しかし、そのなかの八割が眉唾ものだ。彼女たちの絶対数は、すくない。

 魔女。異邦のお嬢さん。

 穢れてしまった、砂糖菓子の成れの果て。

 敬愛する主さまの欲を満たすために最適な、そのあまい生き物。それが手に入るのならば。


「ハーヴィ」

「どうしたんだい、ヨル」

「わたし、行ってきてもいいでしょう?」


 広く四角い、窓のない部屋。白い壁に赤の絨毯。冷たく固い印象のここは、星舟への寄付として寄せられた上等の家財道具だけが置いてある。無駄にきらびやかで主張の激しいものばかりだが、選りすぐったハーヴィのお陰か、それが妙にこの場に嵌まっている。砂硝子の板机(テーブル)を挟んでクラエスが掛け、こちらのソファーにはわたしとハーヴィが並ぶ。頭を使う役回りにないわたしがこういう場にいるのは珍しい。というのも、フロプトは聖歌隊からの要請、ヴァーヴズは放浪と、どちらも外へ出向いているゆえ同席はできないからだ。大抵はこの位置にはフロプトが収まる。その特性ゆえ口の上手い男だ、外との付き合いにはうってつけの人材である。

 と、ハーヴィの曹柱石(マリアライト)の眸がわたしを見た。美しく、けれどすこし冷たい色を帯びて。


「ヨル。腹の傷に障るだろう」

「傷は、ないよ」


 剣の突き立った痕などどこにもない腹を撫でる。ここに穴が空いたことも何度かあったけれど、それはハーヴィが塞いでくれた。いちいち気にすることもないだろうに。

 そう思ったのだが、ハーヴィの唇からは呆れの吐息が零れた。


「お前ね……。三夜も眠り続けるような傷のことを、既に忘れてしまったとでも? あの方の加護があり、僕が治療したと言っても、内臓は繊細だからね。過度な運動により再び破裂しないとも限らない。腕をくっつけるのとは訳が違うんだよ。それに、お前のそれをあの方に渡したろう? 回復し切っていないのに、どうしてそういうことをするかな……。とにもかくにも、考えなしのお前を確証のないことのために外へやるのは気が進まないよ」

「でも」

「ブラント。続けて」


 わたしの言を遮って、ハーヴィが促す。クラエスは躊躇いすらなく大袈裟に頷いた。すこし面白くない気分だが、わたしも口を閉じる。


「呪いの中身については既にお話したことくらいしか判明していませんが……。まず徒花の呪を受けると、首を囲うように黒薔薇(ブラックバカラ)の蔓が巻きつきます。丁度正面に蕾がくるかたちになるんですが、その蕾が満開の薔薇になったとき、呪いを受けた人物は最愛の人間を手にかけるようだと報告が上がってきました。遠隔的な術ではないので姿を現すことは現すんですが、捕まえた奴ら皆呪いを持っているだけの操り人形でして。生け捕りにしたところで、尋問する意味を為しません。正直、後手に回っている状態です」

「ふうん……。その蕾が開くまでの期間は?」

「それが、最短三日、最長一月と設定がまったく掴めず仕舞いで。ハーヴィさんから見て、どうですか?」

「どう、と訊かれてもね。徒花の呪に犯された人間をここへ連れてくるならまだしも、それだけの情報で僕が言えることは何もないよ。術式の解体ならば、それ専門の宮廷直属の術士たちがいるだろう?」

「あいつら騎士(おれ)たちを見下してますから、ハーヴィさんみたいに協力的じゃないんですよ……。たぶん期間設定も定義しているんでしょうが、確信がないとかでこちらに回してこないんです。それで、情報の開示もなく手足のように扱われていたんじゃ終わるものも終わらないから、と隊長がこちらへ俺を」


 王宮使えの騎士と、宮廷術士たちの不仲は随分前から継続していると聞く。どちらも相手方のやり方に疑問や反発があるらしく、その深い溝は埋まらない。ゆえに事件の際それが浮き彫りになることもしばしば。

 その尻拭いに助力を求められることに辟易したように、ハーヴィが嘆息する。


「ブラント」

「は、はい」

「ヒルドールヴは他には何と?」


 クラエスの、垂れ目がちな褐色の瞳の瞬きが増す。緊張のためだろう。「呪術関連のことでしたので、ハーヴィさんに意見を仰げと。それから……」一度口を閉じ、再び。「(つるぎ)を貸せ。そう言えばわかるから、と」

 こういうことははじめてではない。

 ヒルドールヴという男は、わたしを手足の如く使うことを躊躇わない。もちろん、わたし以外のほかの従僕でも。ヒルドールヴからの伝言を受け、ハーヴィの表情が微かに変わった。これはもう確定だ。ハーヴィも同様の結論を出した。


「……そう。ならばヒルドールヴ個人としては魔女の仕業と断定したわけか」

「正式な調査報告ではそういった事実は公表されていませんが、おそらく」

「ヒルドールヴは鼻が利くからね……あれが言うのなら、賭ける価値はある。そちらのごたごたにこの子を貸し出すつもりはないけれど、魔女を得られるというのなら別だ」


 唇に浮かぶ、微かな笑みとも言えない、なにか。わたしはそこに、主さまの影を見る。優しさだとか哀れみだとか、そういうものだけではない、わたしにとってのほんとうを。

 だから、胸がこんなにも踊る。


「ヨル、お前、命に関わるような無茶はしないと誓えるかい?」

「うん。誓う」

「わかった。……おいで」


 氷の如き紫の眸が、優しい色に変わる。

 無意識に笑みが浮かんだ。ハーヴィの低い体温を味わいたくて、擦り寄る。頬を擽るように撫でられ、逆らわず唇を開く。ハーヴィはわたしの尖った犬歯をなぞったあと、二本、指を進めてくる。クラエスが小さく、狼狽えたような声を上げた。


「んう……」

「こら、噛まない。随分と渡したね……ほら、ちゃんと舐めて」


 咥内を掻き回すハーヴィの指に軽く牙を立てると、苦笑しながら諭される。舌を柔くねぶる冷たいそれから、じんわりとした熱が伝わる。あまい。もっと、欲しい。従僕として生きた刻がいちばん長いゆえか。主さまとハーヴィのものは限りなく近くて、わたしは恍惚として舌を這わす。

「ヨル。僕ら以外のものは、お前のなかに入れてはいけない」高揚する意識の隙間に、するりとハーヴィが入ってくる。気持ちいい。「これを、他から調達してはいけないよ。わかるね?」「ん……わかる、から、もっと」手ずから与えられる蜜酒は、ほんとうに、あまい。わたしはその辺りの感覚が鈍いらしく、自分がひどく渇き、飢えていたことを知るのはこのときのみだ。うちに染み入る感覚に背筋が震える。ぼんやりと滲む視界で、ハーヴィが笑った。とてもきれいに。嬉しそうに。


「いい子だね」


 わたしは主さまのもの。

 ハーヴィも主さまのもの。

 主さまはわたしのすべて。主さまのものであるハーヴィも、そう。ハーヴィが嬉しいと、わたしも嬉しくなる。

 だからわたしは、この時間が好きだ。


 わたしの出立が決定し、早々に荷を纏める作業に入る。不可解な呪いゆえ悠長にしている時間はないということで、本日のうちに立つことになったからだ。とはいえ、わたしの荷などたかが知れている。自身の愛馬に荷をくくりつけてくれるというクラエスに渡した際も、これだけかと問われたほどだ。防御性より身軽さを取り甲冑の類いを身につけた試しのないわたしとしては、荷は軽いほどいい。それに星舟から外へと出向くときには、現地調達が基本である。自己の意思で火を扱える身としては、火打石さえ不要だ。無論、なくてはならないものは手離さない。わたしの腰には主さまの鱗から造られた美しい剣が吊るしてある。上から外套を羽織る。準備など、一刻もかからず終わった。

 主さまに出立の挨拶ができないことが、唯一こころ残りだったけれど、仕方がないことだ。ここは主さまの寝室、眠る主さまを起こす価値はわたしにない。だれにもありはしない。

 そもそも、魔女を手土産に戻ればあの胸に抱かれ眠ることができるのだから、迅速にすべてを片づけてしまえばいいだけの話だ。

 わたしは主さまからクラエスへ意識を移す。


「それにしても、何か背徳的なもんを見た気分……」

「なんのこと?」


 唐突に、クラエスが言った。意味がわからず首を傾げていると、何でもない、と苦笑される。

 その彼の頬に、愛馬ベアトリスが鼻頭を擦りつけている。術式によって他の生き物と掛け合わせ強化された、合成馬(ミックス)である。彼女の大きな目がわたしを見、そして頭を差し出した。撫でてやる。どれほど他の血が混じったとしても、手入れの行き届いた栗毛とこの性質は生来のものだ。「かわいい」「だろ? なんたって俺の相棒だ」「うん」「あー、でさあ。さっきは言い出せなかったんだけど」

 クラエスの躊躇いがちな台詞に、ベアトリスを撫でる手を止めた。クラエスはハーヴィが怖いらしい。プロフトとヴァーヴズにも些か固い。ヒルドールヴがはじめに紹介したのがわたしだったゆえか、それともこの見目か。理由は知らないけれど、わたしに対しては口調が砕ける。


「うん?」

「ちょっと私用でさ。いや、すぐ終わるんだけど。転移の座標、この地図の赤い印のしてあるところに落としてもらうことって可能か?」

「たぶん。座標軸はハーヴィが設定してるから」

「頼んで……もらっても?」

「いいよ」


 クラエスから地図を受け取る。わたしは読めないのでその場では開かず、クラエスに着いてくるよう促した。転移術で飛ぶ経験がすくないためか、ハーヴィが赤の陣を展開させた部屋へ通した瞬間、クラエスの身体が強張る。陣の外側ではハーヴィが錫杖を手に佇んでいた。立ち上る冷気。動かないクラエスに代わってベアトリスの手綱を引く。この場に充満するハーヴィの術式の気配を動物の本能で敏感に感じ取ったのか、逆らわず大人しく着いてくる。そうすべきだとわかるこの子は、やはり賢いのだろう。彼女を陣へと乗せた。慌てて追ってきたクラエスに綱を託し、ハーヴィに寄る。

「ハーヴィ」瞳だけがこちらに向く。赤く発光する陣に照らされ、紫の眸が血の色に映る。「座標変えてもらっていい? 地図の印をしてあるところに」「貸してごらん」

 渡す。さっと目を通し、床を錫杖で叩くハーヴィ。かつん。黙視できる範囲では陣に変化はないが、転移地点が書き替えられたことを感覚で知る。丁寧に畳み直された地図を返されるよりさきに、わたしはハーヴィに抱きついた。腕を首に回す。ちょうど耳の位置で鼓動が響く。平淡で、狂いのない音楽だ。わたしの好きな、冷たい皮膚。ハーヴィのものを与えられたばかりだからか、触れているととてもこころが凪いでゆく。

 主さま。

 わたしは、あなたのフィヨルニル。

 蜜酒を隠すもの。守るもの。決して折れない、赤の剣。だから、その役割を果たそう。――わたしは、永遠にあなたのフィヨルニルでいたい。

 顔を上げると、ハーヴィが笑んでいた。

 このひとも、ハーヴィでいるために己を縛っている。それを間違っているとは、思わない。決して。


「ヨル。僕らの可愛い子」

「うん」

「お前の刃は、僕たちを傷つけることはない。お前の鞘は、僕たちとお前を繋ぐ。分かるだろう? お前の全ては、ここへ帰還するためにある。忘れないで――行っておいで」


 そして、転移の術式が動く。

 身体がばらばらにほどけゆく。

 主さまの笑い声を、聞いた気がして。


 けれど――美しい宝石(マリアライト)の瞬きが。

 歪み、そして、霞んだ聖人の微笑に変わる。

 これは、だれ。否、なに?

 咄嗟に腕が動く。わたしは剣だから。

 けれど、間に合わない。いや、いつ斬り捨てたところで、導かれる結果は同じか。理解した。だが、剣を進める。そうあるべきゆえに。赤の飛沫が上がった。

 弧のかたちを描く唇から、高くもなく低くもない音が、声が落ちる。その祝詞にも似た、呪いの言の葉が――


「〝汝、徒花(あだばな)となれ〟」


 わたしに絡みつき、花を植えた。

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