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国立ダーウィニズム

作者: 佐乃海テル

この小説はやや過激な内容が含まれています。ご注意ください。

またこの小説は、作者の思想等とは一切関係ありません。人間の価値は、決して成績だけで計れるものではありません。

 島田亜紀しまだあきはこの春、優生学園ゆうせいがくえんへ進学した。

 優生学園は東京都に今年度から試験的に設置された高等教育機関である。よって亜紀は1期生である。

 見たところ、どこも他の高校と変わることは無かった。変わっていることといえば、生徒が3000人もいること、基本全寮制であること、そして一定の成績を保っていれば卒業後に無受験で東大へ進学することができること。何より最後の違いが人気を馳せ、受験者は20000人にも上った。

 そして実際、亜紀が入学してみても普通の高校生活だった。もちろん亜紀は他の学校での高校生活を送ったことは無かったが、亜紀が入学前に予想していたような高校生活とおそらくは同じだった。



 そのうち友達もそれなりに出来てきた。基本あまり男子との交流を好まない亜紀は、つつましやかに女友達を増やしていった。特に仲が良かったのが駒沢作子こまざわさくこと太田紗枝である。作子は成績優秀な子で、亜紀は彼女の勉強方法を見習った。紗枝は面白い子で、亜紀は彼女の遊びや流行を見習った。こうして1年の間は勉強と遊び、両面が充実した高校生活を送っていった。



 ところがその楽しい高校生活も長くは続かなかった。

 高校2年になると、担任などが変わって雰囲気が大きく変わったのである。

 といっても亜紀たちも気づいたのは2年になってすぐではなかった。そのきっかけは前期中間だった。2年になれば、なまける奴も出てくるわけで平均点もゆるやかに下がっていた。その傾向を見計らった学園はしまい込んでいた牙とも言える、真の教育方針をむき出しにした。

 そして答案返しの次の登校日のことである。



「おっはよー」

 教室に入りながら元気に挨拶をした亜紀を待ち受けていたのは、号泣する紗枝だった。そして紗枝は泣きながら、亜紀に抱きついた。紗枝の叫びが廊下中に響く。

「み、みんな、どこへ行ったのよ!」



 亜紀が教室――といっても大学のような大きな集会部屋――を見渡すと、確かに半分程度生徒がいなくなっていた。始業時間まで間もない。全寮制なのにこんなに遅刻者が出ることはありえない。

 始業のベルがいつも通り、しかしどこかいつもより厳かに、教室中に響く。



 担任から告げられたのは、この学校の制度だった。ここにいない生徒は、前期中間試験の合計点が平均点の合計に届かず、国立教育機関の制度として日本政府が社会的に抹消した者であること、このシステムはこれからも続くこと、そして。

 優生学園の目指すところが告げられた。それがダーウィニズムの境地であり、この境地の中を生き抜いた遺伝子が作り出す日本の未来の社会の実現に貢献すること、それこそが優生学園の教育方針であると。

 ホームルームが終わった後も亜紀を始め、教室が沈黙に包まれたままだった。



 もちろんこの制度に驚かない生徒はいなかった。そして辞めていく生徒も少なくなかった。

 しかし、この制度がいつまで続くのかがわからないこと、そしてやはり無受験で東大に行けるというのはそれなりの魅力だった。だから勉強を人並み以上に頑張って何とかしようというポジティブな考えで、亜紀と仲の良い2人や大半の生徒はとりあえず残った。


 1年とうって変わって2年は亜紀にとって、最悪の1年だったといえる。

 試験のたびに生徒は減り、殺されなかった生徒も試験が近づくたび恐怖にかられる。夜に寮へ帰った後、奇声をあげるひどい者もいた。仲の良い友人、ルームメイトがいなくなるということ、次の試験で自分がこの世にいられなくなるかもしれないということはそれほど耐えがたい恐怖なのだ。人に殺されるくらいなら、という自殺者も数人出た。


 気づけば高3になっていた。果たして無受験で東大へ行けるのと、このサバイバルの中で生き抜くのとどっちが楽か、亜紀は分からなくなっていた。いつも勉強、勉強で神経が回らない。愉快な仲間で、この制度を仲間内で一番憎んでいた紗枝も、いつしか教室から姿を消していた。しかし亜紀にもこれらのことについて悲しんだり、弔ったりする暇や心の余裕も無い。


 高3まで耐えた生徒もだんだんと進級を期に辞めていった。高3まで残っていた生徒はそれなりに優秀なので、大検を受けるという選択肢もあった。

 そして最後まで残ったのは亜紀と作子だった。

 


 最後の試験にあたる後期中間が近づくある日、亜紀は今年からルームメイトとなった作子に話しかけられた。

 これも退学者が増えていくため、進級や新学期の際に部屋を詰めていった結果だ。

「もうすぐ後期中間だね」

「うん」

 亜紀はうなずいた。亜紀の手はガクガク震えるのが常になった。

「これで最後だから、どっちかが平均より上で下になるわけじゃん。つまりさ、どっちかが死ぬんでしょ?」

 亜紀は黙りこくった。

 作子は亜紀の顔色をうかがって、続ける。

「そういうお互いの殺し合い、最後なんだからやめない?」

 亜紀の高校生活で数少ない希望が生まれた気がした。亜紀はそれに賛同する。

「そうね……でもどうするの」

「簡単よ。二人とも白紙で出せばいいの」

「なるほどね」

「あ、でも」

 亜紀が納得してまもなく、作子は何かを思いついたような顔をした。

「まずは校長先生に訴えてみない?」

「どうして?」

「だって、私たちは優性思想教育論に基づいた最初の卒業生になるのよ。私たち二人ともいなくなったら、それはそれで学校や政府も困るのよ。そんな二人の願いだったら、校長だって何らかの姿勢を見せるでしょ」

「なるほど……そうね。私も協力する」

 亜紀と作子の目が合った。二人の目は1年以上見られない輝きと、固い約束・決意がにじみ出ていた。



「ほう、最後の試験での抹消をやめてくれと」

 校長は思ったよりにこやかな顔をした。

 本校舎の1階にある校長室。話し合いの次の日、亜紀と作子は校長へと抗議をしに行ったのだ。

「もう2人まで絞られたんですから、言葉は悪いですが十分だと思いませんか」

 作子はこれでもかと1年間の思いを訴える。こういう雰囲気が苦手な亜紀もなんとか、細かい箇所でフォローした。

「なるほど」

 校長はすべての抗議内容を聞き終えると、少し考える顔をした。

 だが口を開けるのは案外早かった。

「結論から言うと、無理ですね。あなたたちの意見はともかく、ここは国立ですから政府もからんできますし……」

 校長も政府関係の人間であることは明らかだった。けれどもここで今実権を握っている人は校長が一番近い。亜紀と作子は泣きながら訴えた。

「校長先生!」

 校長は二人の顔を見て、立ち上がり、二人の反対側にある窓の前に立った。

 ブラインドを下げ、グラウンドを見下ろしながら校長は言った。

「寮に戻りなさい」



「もう……ストライキしかないね」

 亜紀はうなだれている作子に声をかけた。

「予定通り、テストは白紙で出しましょう。結果がそうなったら、大人たちもそういう風に処理せざるをえないんだし」

 作子はようやく涙をふいた。

「うん。そうしよっか」

 テストを二人で白紙で出す。これで二人で生きられる。おかしなことに、結果しか見ない大人たちは結果に従順で、この場合は抹消されないのだ。だったら醜い争いはやめよう。明日からも普通に生きて、二人で卒業しようね。そう二人誓った夜……。



 亜紀は飲み物を買いに、コンビニへ向かった。そのコンビニのバイトの男性が亜紀は気になっていた。高校生らしい風貌、そして髪や顔の細かいところどころにオシャレを思わせる彼は、亜紀のタイプでもあった。1年近く通っていたので、たまに話したりもする。ところが皮肉なことに、その日の彼は動き出したのだ。

「もうすぐバイト終わるんで、待っていてくれませんか。話したいことがあるんで」

 微笑みつつ言う言葉が、亜紀にとっては嬉しくてならなかった。

 彼がバイトを終えたので一緒に外へ出て、彼の背中についていった。その背中は近くの公園に向かっていた。

「テストとかあるんだよね、君」

「うん……まあでも大丈夫」

 今回は二人で0点取るんだし、亜紀は心の中で小さくそうつぶやいた。

「いやさ、いろいろ言いたいことがあってね……悪いね、テスト前に」

「そんなことなっ」

 彼の謝罪を遠慮しようとする亜紀の唇に、彼の唇が重なった。唇を重ね続けたまま、まるで誰かによって計画されていたかのようにベンチが近くにあり、二人は倒れこんだ……。



 寮に帰った頃には日付は変わっていた。でも初めてのことではなかったので、慣れたように職員通用口から寮に入り、階段で上がる。

 もう作子は寝てしまっているかもしれない、と思いながら亜紀は自分たちの部屋がある階に着こうとしていた。

「遅かったね」

 そのとき階段の上から声がした。作子は自分の階の階段の前で待っていたのだ。

「ま、まあね」

「コンビニ行ってきた割には、遅いのね。まあいいわ。寝ましょう」

 作子は自分の部屋に向かおうとした。しかしその足は途中で止まった。

「どうせ0点取るんだから、早く寝たほうがいいでしょ。 ね?」

 わざわざ振り返って、そして震えた声で、作子は言った。



 毒薬をそっと仕込む殺人犯のように、しかし物は違えど亜紀のやろうとしたことは同じだった。問題集とノートとシャーペン、消しゴムをそっと机から持ち出して二段ベッドに入る。良の部屋の二段ベッドは、上が作子で下が亜紀だ。亜紀は問題集とノートをそっと開いた。

 彼がしてくれたこと、言ってくれた言葉はどれも亜紀にとっては新鮮だった。誰からも受けなかった、そして親とは違う愛情を教えてもらったような気がした。生きる勇気を与えてくれる、それ。作子は良い勉強仲間として付き合ったが、遊びなどには理解を示してくれなかった。とにかく自分は生きたい、それがシャーペンを持つ亜紀の手の原動力だった。身勝手な手と脳の動きを、亜紀は作子との約束をブレーキにして止めることが出来なかった。作子と誓いを結んだ夜は、同時にそれほど刺激的な夜だったのだ。



 それを亜紀は4日間続け、勉強をしっかりした。さすがに作子が寝付いたのを見計らった後にやるので、眠気は尋常ではない。最終日の朝はとうとう作子に起こしてもらうようになってしまった。

「おーい。朝だよ」

「あ」

 亜紀は急いで起きた。作子に起こされた、ということで亜紀は申し訳ない気持ちになった。

「ごめんね」

 亜紀は二重の謝罪を、分かるはずはないと思いつつ心の中でした。

 急いで着替えて、亜紀は先に部屋を出た。作子は用事があると言って、部屋に残った。

 亜紀が階段を駆け下りるのを見届けると、作子はこっそり亜紀のベッドの枕を引き上げ、"それら"を見つけた。しかし感情を隠しているのか、それとも自分の運命を悟ったのか、悲しみも驚きもせずに作子は試験会場に向かった。



 後期中間が終わったあと、2日の休日が与えられた。なるべく作子と接しないように部屋で誰とも何もせず、のんびりしていた亜紀に作子が珍しい提案をした。

「カラオケ行かない?」

 亜紀は驚いた。作子はカラオケどころか、一般の高校生がするような一切の娯楽を知らないで学校生活を生きてきたと、亜紀の目には映っていたからだ。けれども自分がいつも試験後に遊びに行っている手前、断ることはできない。そしてこの試験の行く末を考えればなおさらだった。

「……うん」


* * *


* * *


* * *


 その3日後、亜紀は一人ぼっちの教室で卒業証書を担任から受け取っていた。

「まだ9月だから寮には残っていて構わない。君の卒業は確定だから証書だけ渡しておく」

 亜紀は証書を受け取ると、一礼して寮に帰っていった。



 亜紀は学校から帰ってから、作子がいなくなっての初めての夜を寮で過ごすことに……はならなかった。それからというもの、例の彼の部屋に泊まることが多くなった。彼と過ごす時間が楽しいだけではない。作子といた部屋、こっそり作子に隠れて勉強したベッド、すべてのものが来るたび来るたびに、耐え切れないほどの罪悪感を亜紀に与える。結局はそれからの逃亡でしかなかったのだ。



 卒業までの半年は亜紀が思うよりもずっと早く過ぎていった。3月の終わり、亜紀は正式な卒業式を目前に寮に荷物を引き取りに行った。

 二人で約束を交わした夜、そして彼との交際が始まった夜、真夜中作子に上から遅いと言われた夜――今考えればとんでもなく痛い思い出が蘇る階段を登ると、その部屋には見たことの無い女子二人がいた。荷物を引き取りに来た旨を言うと、丁寧に応対してくれる。彼女らは今度進級する新三年生だった。

 荷物を引き取るとき、作子との思い出のものが出てきた。一人でいたら引き裂いていたかもしれないそれらのものも、下級生の前ではそういうわけにはいかない。とてももやもやとしたものが、亜紀の心の中を占めていく。

「じゃあこれで全部。お邪魔しました」

 亜紀は冷や汗まじりで、部屋を出て行った。ご卒業おめでとうございます、と言われたがその言葉も亜紀には響かない。まずこの部屋から出たかった。



 亜紀が部屋を出た後、片方の女子生徒が言った。

「あの人、三年のたった一人の卒業生なんだって」

「本当?」

「で最後、この部屋のパートナーとも別れたんだって」

「まあ、でも仕方ないよね」

 1期生で多数出た退学者数を抑えるため、2期生以降に実施された更に強い洗脳教育は、生徒に諦めの言葉を吐かせるようにまでなっていた。

「あの人、東大行くのかな。あんな気持ちで東大に行けるのかな」

「そりゃそうでしょ。行かないわけないじゃん」

「本当、かな」

 もう片方はもう話に興味が無いらしく、机に向かって言った。

「そんなことより勉強しなきゃ。もうすぐ後期期末だし。あんただって死にたくはないでしょ?」



 ものすごい速さで亜紀は歩き、気が付けば走っていた。亜紀はその速さのまま、彼の部屋に駆け込んだ。

「どうしたんだよ。静かに入れよ」

 彼はテレビを見ながら迷惑そうに言う。

 すっかり親しく気兼ねの無い仲となったがゆえの、彼のぶっきらぼうな物言いは亜紀をなおさら追い詰めた。寮にも居場所が無い。この部屋にも……今まで封じていた自分の罪が頭の中をいっぱいにする。狂乱が亜紀の中ををうずまく。

「今ちょっと変なの。ごめん」

 亜紀は彼の方を見たが、彼の目は相変わらずテレビの方を向いたままだった。

 その日から亜紀の言動はおかしくなった。彼は異変に気づいていなかったわけではないが、どうしようもなかった。とりあえず、大丈夫かとたずねるしかなかった。亜紀は答えを返すことは無く、おかしい言動が続いた。



 卒業式を終えて幾日とも経った、ある日のことである。

 晩飯の買い物をしにスーパーへ向かった亜紀は、途中で公園のベンチに寄った。どういうわけか寮に荷物を取りに帰った日から、亜紀は疲れやすい体になっていた。

 何かが憑り付いているような不自然な重みが、体全体にかかる。

「お前だけを生かすものか」

 背後から声がした。亜紀の背中がひんやりとする。急いで後ろを振り向いても声の主はいなかった。いたのは亜紀のすごい形相に、おびえる子供たちだった。

 だがその声音には覚えがあった。

「さ、さっ、さくこ……っ……」

 皮肉なことにそのベンチは彼との付き合いが始まった場所でもあった。

 亜紀は重みに逆らうように、そして何か見えない物から逃げるように、足早に買い物に向かった。



 無我夢中で買い物を終えると、亜紀は急いで帰ってきた。

 すると亜紀は突然、台所へ向かうと包丁を手に取った。 そして居間でテレビを見ていた彼の背中に、忍び寄ることもなく突如刺す。

「あ、亜紀! 何が悪かったんだ! 最近おかしかったのは何故なんだ!」

 決して彼が悪いのではなかった。しかし血の渦は彼の周りにただただ広がっていく。

「お前だけを……生きさせるものか。お前だけを卒業させるものか……」

 亜紀はそういうと、彼の背中から包丁を抜いて先端を自分の腹にあて、床に向かって跳んだ。明日には東京大学の入学式を控えていた。



 国立ダーウィニズム教育体制の失敗 政府の計画白紙に

   首相 慎重な解決策の検討を強調

「国立ダーウィニズム」


年明け前から執筆活動を大休業していましたが、この作品を持って活動を再開させたいと思います。

久々?のホラーです。今までのがSFチックだった反面、今作は割とホラー要素の方が強めです。いかがだったでしょう。ご意見・ご感想お待ちしております。


この小説の掲載と同時に、拙作・連載「After9」の休載を宣言させていただきます。現在のスケジュールではとても連載続行が不可能と判断したためです。少なくとも自分の中では「休載」と考えているので、必ずや連載再開をしたいと思います。形としては残して置きます。


これからもよろしくお願いいたします。佐乃海テルでした。

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[一言]  こんにちは。この間の企画小説ではお世話になりました(^^)  少しずつ人が選別されていくという奇異な設定がなんとも珍しかったてます。構成も細かく組み立てられていて好感を覚えました。  た…
[一言] 序盤は近未来的な設定で、惹かれましたが、彼との関係が始まった頃からよくある怖い話どまりになってました。 ラストも単なる復讐劇で終わってしまい、面白い面白くないというより、内容的に読み飽きてし…
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