1. 『序文』
『現代編・あらすじ』
白昼夢を見た。
それは、どこか懐かしくて、どうしようもなく遠い景色だった。
現実では、ただの帰り道。
汗ばむ初夏、選挙ポスターの前で、どうでもいいことばかり考えていたはずなのに。
けれどその日を境に、何かが静かに動き始める。
一年後、現れた転校生。
彼は、まるで夢の続きを知っているかのように、自然に彼女の隣へと入り込んでくる。
そして、辿り着いた丘の上。
風と光と、眠る少年。
その瞬間、確かに世界は重なった。
——あの白昼夢と、今が。
これは、まだ名前もつかない“始まり”の物語。
やがて来るすべての出来事の、その前触れ。
"その一瞬=青春"に恋をする——、
まな板の上の鯉、ホットプレートの上の骨つきカルビ、お母さんに見つけられたG、火のつけられた線香花火、子供という名の悪魔のような笑みを湛えた堕天使たちの前の、アリの巣、かたつむり、あるいはセミ……それらを思い浮かべたら、それがきっと今の私だった。
初夏の忌々しい日照りに首元を焼かれながら、けれど私はその時、そうして校門前にでかでかと張り出された一枚の木板を見ていた。
正確には校門を出てすぐの小径を進んだところ、脇の生垣に打ち立てられた長方形の立て札。そのマス目状に区切られた表面に、ずらりと貼られたポスターの一枚一枚を。
カットしろ、で有名な冒頭文ということもあり、ちょっと真面目ぶって丁寧な解説を入れてはみたものの、実際選挙ポスター用の掲示板を眼前にしてやってみれば分かるように、その間、私の脳内は説明と暑さにかまけて、神以て他に何も考えてなどいない。
目の前のポスターも、ただ網膜が写しているというだけで、そこにある○○党だとか、人の名前だとか、それらはもう、素人の作ったファンタジー作品のあらすじに出てくる地名や国名や歴史的偉人名、その他固有名詞のように、脳内をつるっと素通りしていくのである。
バカにしているのではないし、私の脳みそが滑りやすいだとか決してそういうことではない。
それ以上に、今の私は、暑さと動揺で思考回路がショート寸前なのである。
視聴者、読者の皆様に置かれましては、とある物語の他愛ない冒頭にして一ページ目だろうが、私にとっては急転直下の神機妙算も甚だしく、まだ気持ちの整理もついていない状況で、準備などは以ての外、白羽の矢が突然、何を勘違いしたか、こんなどこにでもいる16の極めて清廉潔白、容姿端麗、花も恥じらう多感な乙女に突き刺さったところなのだから、混乱するのも無理はない、との内情をご理解いただき、もしあなたが間違えてページをめくってしまっただとか、普通でない主人公の快刀乱麻を断つかのごとき愉快痛快、非現実的な逆転劇がご覧になりたくば速やかに右へ、リアリスティックで寝取り寝取られ、血みどろ腹黒、なんでもごされのクロスワードさながら入り組む群像劇をご所望とあらば左へ、お手数ですが各々ページをたぐってもらい、16の極めて純情可憐な、乙女の甘く切なく、それでいてどこか懐かしい……。往年の青春映画のような清涼感と人生の真理、そして哲学をお求めになられる通であると仰っていただけるなら、今しばらく、この暑苦しい自己紹介はもとい、息継ぎにお付き合いいただきたい。
然らば一粒食べかけないが、そんなあなたには、現状からは信じられないほどの、心地の良い涙とセンチメンタルな読後感を、きっとお約束いたします。
……え。それも食傷気味だって? そらアンタ、有象無象も魑魅魍魎、有名無実の跳梁跋扈、およそ具にもつかない、名ばかりどころか名もない偽看板ばかり出回っているのだもの。目が腐り落ちるのも無理はない。
けれど本当に大切なことは、何度見たって、飽きない、覚めない、色褪せない。八紘一宇というようなそれだけで満たされるもの。
本物とはそういうもの。
深謀遠慮な皆々様であれば、そのことに気付かなきゃなりません。
改めて状況を説明すると、私はただどこにでもいる他の十六歳と同じように、今しがた帰りのホームルームを終えて、どこにでもあるような私立高等男女共学校の昇降口を通り、校門を出たところの小径におっ立てられた選挙ポスターの掲示板の前に立ち、それを眺めていたとは、先刻、解説した通りでありました。
そんな折、突如として私の脳内に舞い降りた文学的資質が、こうして訳もわからず、見も知らないどこかの誰か、あなたに語り聞かせ始めている間にも、私の全身とりまく薄皮一枚の上では、汗が湧き水のように噴き出しては、頭のてっぺんから首元を滴り落ちて、制服のブラウス、スカート、及び下着までも、じっとり蝕む地獄絵図が展開されていたのであります。
これがなにしろ耐え難い。
実際のところ、暑さはまだいい。けれども、殊更これを不快たらしめている専らの原因は、やはり熱気に乗じて、全身のエクリン汗腺から噴き出すこの液体のせいではないだろうか。
だから、本当ならば私もとっととこの場面から立ち去って、帰路に着きたいところなのだが、何しろひねくれ、あまのじゃくな性格が災いする。
カットしろといわれればこの通り冗長に伸ばし、推敲しろといわれれば行き当たりばったりに筆を進め、ボケろと振られることあらば黙して全力で茶を濁しにかかり、動いちゃいけない場面で十八番に喉を鳴らしたがる。産まれながらの厄介勢にして生粋の逆張り人間、最後にはたぶんうまいことかち合うだろうと、今も鼻をほじくりながら、粗雑も乱雑、天真爛漫は天衣無縫、天上天下唯我独尊とばかり、我がままに話を展開させたく、心がむずむずぴょんぴょんし始めるのである。
だが、これではいつまで経っても始まらない。
伝えたいことはこの遥か先にあるのに、一向にお届けできない、と私はお喋りな文舌を、涙を呑んで押し黙らせ、先を続けることにする。
これまでの説明はいわば前置き。
いわく、この物語は徹頭徹尾、フィクションです。
かなり際どい演出、出来事、文句に過激な思想等々、種々、百人一首と出てきますが、所詮はエンターテイメント。あなたが読んで、見て、笑って泣けて、考え、楽しめることを第一に創られた一介の妄想、一物語にすぎません。当然、実在の人物や地名、建物などは一つも出てこないし、聞き覚えのある名前であったとしても、全く関係ございません。万が一問題を起こされても、当方は責任を負い兼ねますし、絶対に真似などなさらぬよう、謹んでここにお願い申し上げます、と、前もって、こう言い訳をしておきたいだけなのである。
言葉とは、かように複雑怪奇、奇妙奇天烈に入り乱れて、真実、それのみを告げることを憚る、息せく少年のように厚かましく、あたかも恥じらう乙女のように儚いものであるのだから。
——だからこそ、あの一瞬に現れた“それ”が、何を意味していたのか、私はまだ知らない。




