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もう1度言うが、俺は本当に驚いた。
何故なら、俺は今日が授業参観日だということを、祖父母に伝えていなかったのだ。
勿論、それは祖父母に来て欲しくなかったとかそんなネガティブな理由からではない。
ただでさえご厄介になっているというのに、これ以上迷惑を掛けるわけにはいかない・・・そう考えた自分なりの配慮だったのだ。
あの著しく配慮に欠けた連絡プリントは2人に見せずに丸めてゴミ箱に捨てたはずだし、その後も何食わぬ顔ですごしていたはずだから、祖父母がこのイベントを知る機会など無い筈なのだが・・・。
(「いや・・・今はそんなことよりも!」)
私事で授業を中断させてしまうのは良くないと思った俺は、自ら席を離れて祖父母の元に行き、後方の扉の前でどこか恐縮そうにしている祖父母の手を引いた。
「祖父ちゃん、祖母ちゃん、ありがとう」
経緯はどうあれ、それだけは伝えないと・・・!
そう思い発した俺の呟きに、祖父母の小さな頷きが返ってくる。
「ごめんねぇ、遅くなって」
「すまんなぁ、優」
「謝ること無いよ。俺、2人が来てくれて凄く嬉しいから」
それは偽りの無い本心だった。
父母が来ないことに何の痛痒も感じていなかった、そんな俺だが、祖父母の姿を視界に納めたあの時は目頭が熱くなった。
多数の人の目があるこの状況で、涙を流すことだけは辛うじて阻止したが、2人の謝罪に対する自身の返答・・・その声の震えまでは阻止できなかった。
俺は、このような人達が自らの祖父母であることを、生まれて初めて神様とやらに感謝したくなった。
本当にそれほどの高揚感に包まれていたのだ。
しかし・・・こんな時ですら、ヤツは目立ちたがりを止めない。
彼が・・・飛田が自らの欲望やテンションに任せて言った1言は、俺の気分を一気に現実に引き戻した。
「あれぇ?お前の父ちゃんと母ちゃん、老けてんなぁ!?」
「・・・ッ!!!」
遠慮も敬意も何も無いその発言が、クラス内に響き渡る。
ブチブチッ・・・
俺の頭の中で、『何か』が千切れる音がした。
祖父母の手を離した俺は、ヤツの座る場所に向かう。
そして・・・
「あん?なんだよ?何か文句でも・・・」
と、頭の足りない台詞を吐こうとした飛田の横っ面を・・・
パシィィィン!!!
と張り倒すと・・・今まで自身から発したことの無いような汚い言葉を、胸の奥からぶちまけた!
「あるに決まってんだろ!人を馬鹿にするのもいい加減にしろ!お前みたいなヤツくたばっちまえ!!!」
・・・そこから先、自身が祖父母と3人、黙って校門から出るまでのことを、俺は余り覚えていない。
飛田の母の大絶叫・・・他の親御さんの驚愕した顔・・・かたや唖然と、かたやイベント事のように面白そうに見ていたクラスメイト達。
霧が掛かったようにおぼろげな記憶に辛うじてそれだけインプットされてはいた・・・。
しかしそんなものは所詮、飛田の顔面にプラス5発ほど全力のビンタをお見舞いし、その後、祖父母共々、教室から退出させられるまでの間に、偶々視界に入ってきたにすぎない。
飛田は俺の1発目のビンタで反っくり返り、以後、俺が慌てて駆け寄った祖父母に止められるまで、何か謝罪の言葉を口にしようとしていた(意味ある言葉が紡がれるより先に、次のビンタの餌食になっていたので、何を言おうとしていたのかは終ぞ分からなかった)。
もしあの時、飛田が詫びの言葉を口にし、表向きには一件落着したとしても、俺はそれを字面通り受け取ることはしなかっただろうし、それこそ寝て起きたら直ぐに忘れてしまったに違いない。
しかし、教室を出る間際、這々の体で椅子に座り、まるで最終ラウンドまで戦いきったかのようにヘトヘトになっていた飛田が、俺達が廊下に出て扉を閉める・・・その僅かな間際に放った1言。
それは・・・俺の内心を深く傷つけ、そして自分が件の体質になる切っ掛けとなったのであった。
「はっ、愛沢のくせに・・・お前は父ちゃんにも母ちゃんにも愛されてねえんだな!」
この日、飛田は俺に『忘れないと決めた言葉』だけでなく、『忘れたくても忘れられない言葉』をも残していったのだった。




