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右フック一閃・・・。
俺は相手をリングに沈め、ゴングの音を聞き、軽く一礼してその場を後にした。
参加者が少数なのもあるが、今日の朝から始まった大会は、日が暮れ始める頃には決勝戦という、なんともタイトなスケジュールで行われている。
本日だけで、既に4人を撃破し、決勝進出を決めた俺は、本来なら最後の試合に備え、準備をしておかなければならない・・・
・・・のだがそんな状況で、俺は颯爽とロッカールームに引っ込み、帰り支度を始めてしまうのであった・・・。
勿論、何も言わずに決勝をドタキャンするわけにもいかないので、ここに来る直前・・・知人で運営スタッフの人間に棄権する旨を伝えにいった。
スタッフルームに入室した俺を見た、その顔見知りの人間の1人が・・・
「やっぱりか・・・」
と呟き、
「はい、すいません」
「ったく、しょうがねえな」
と2,3言葉を交わすだけで、あっけなく、自身の辞退が完了してしまう程度に、俺の決勝不参加は、最早、常習的な行動となっている。
備え付けのシャワールームで汗を流したいという欲求はあったが、ここは少しでも早くこの場を後にすることを優先し、我慢することに。
勝ち進んだにも係わらず、最後の試合を毎度放棄するヤツに、好ましい感情を抱く人間はいない。
決勝の舞台で戦うことを目標としている彼等の気持ちを、自らの行動が踏みにじっている・・・という自覚はある。
彼等との遭遇が、俺にそんな罪悪感を抱かせるかと思うと・・・それがたまらなく嫌なのだ。
「もっとも、仮に次の試合が決勝じゃなくても、俺は棄権してたけどな」
着替えを終えて、ロッカールームを後にし、エントランスを歩きながら俺は呟く。
預けておいた靴を掃き終え、会場を後に・・・
「おい、待てよ!」
・・・しようとしたとき、唐突に後ろから声を掛けられた!
(「迂闊だった・・・」)
俺が棄権した、もう1つの理由が、わざわざここまでやってくるとは・・・!
俺は声の主に対し、背を向けたまま返答する。
「・・・何だ?」
「何だじゃねえだろ!何処に行こうとしてやがる!?まだ俺との試合が残ってるだろうがっ!?」
「それは棄権したんだよ、体調が悪くてな」
「嘘吐けっ!毎回毎回棄権しやがって、正々堂々勝負しろ!」
・・・傲岸不遜な態度はいただけないものの、発言内容自体は全面的にあっちに理があり、自分が虚言を吐いているのも又事実だ。
ここで謝罪したところで、決勝に出場しないという考えが変わることがない以上・・・ただ火に油を注ぐ結果になりかねない。
やむを得ず、俺は・・・
「俺の負けだよ、優勝おめでとう」
と、とりあえず彼のことを讃え、そして玄関を潜った。
その時の俺は愚かにも、自分が負けを認めれば、彼の溜飲も下がるものだと思っていたのだ。
しかし、開けた扉が閉まるまでのタイムラグ。
その間に、彼の口から飛び出した・・・
「ふっ、ふざけんなぁ!!!」
の1言を聞き・・・結局、油を注ぐことになってしまったと後悔した。
たかが15年しか生きていない俺ではあるが、最近分かってきたことが1つある。
・・・それは、会話で解決できる物事は想像以上に少ないということだ。
雄弁は銀・・・とは、よく言ったものである。
(「執念深いアイツのことだ・・・後ろから追っかけられても困る!」)
俺は逃げるように(いや、実際逃げているのか・・・)その場を後にする。
「どうしても勝負して欲しいなら、せめて髪色を変えてこい・・・」
彼の名前すら気に入らない自分の、せめてもの妥協点。
そこが改善されない限りは、彼の姿を視界に納めることすら、勘弁願いたい。
そんな自分の本心を彼が聞くことは、当然無かった・・・。




