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『金色』嫌いな俺の青春  作者: えみお


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4/8

1-3

 あれから時は流れ、今は15の冬。

 俺の姿は、どこか埃っぽい、寂れた一室にあった。

 窓の向こうからは朝日が差し込む・・・が流石にそれだけが熱源では心許ないこの時期に、今の自分は上半身は何も纏わず、下も短パン1枚。

 だが、自身の身体を纏う、鍛え上げられた筋肉が、この程度の冷気など屁でも無いと言わんばかりに熱を発する。

 先程、日課のランニングを終えた俺は、依然として世話になっている祖父母の家・・・ではなく、ここ『河西ボクシングジム』に足を運んだ。

 休日は勿論、平日も出来るかぎりは、誰よりも早く扉を潜り、時間の許す限り練習に明け暮れるのが今の自分の日常である。


「・・・相変わらず精が出るな」


かつさん・・・おはようございます」


 基礎練を1通り終え、息を整えている・・・その間を見計らったかのように、玄関とは別の扉から入ってきた人影。

 自身が『勝さん』と呼ぶその人こそ、この場の主・・・河西勝かさいまさるだった。

 俺よりも頭一つ分低い背丈に、頭2つ分大きな肩幅。

 何処に行くときも・・・というより、何時如何なる時も着用している、上下揃いの黒ジャージ。

 ゴツい禿頭に大きな瞳、まだらに映えた髭。

 まるで昭和のボクシング漫画からタイムスリップしてきたかのような出で立ちの男は、自分が初めてこの場所を訪れたときと、何一つ変わらない姿で今日の俺を迎えた。

 

「おめぇ・・・今から試合だろうが。まるでもう終わったみたいな汗のかきようで、大丈夫なのか?」


「何を心配してるんですか?今更でしょ?」


「まぁ、確かに今更説教しようなんておかしな話ではあるんだが、それでも不安になっちまうんだよ。他のヤツらは試合が近くなると、その時に備えて身体を静養させるってのに、お前ときたら、当日までいつもと変わらない練習しやがって・・・」


「・・・もしかして怒ってます?」


「違えよ。呆れてんだよ」


 ・・・俺は、このジムに所属している他の人達と異なり、試合直前まで、いつもと変わらぬトレーニングをこなす。

 しかしその姿勢をもって、俺は自分以外を怠慢だと言うつもりはサラサラない。

 そもそも、この部屋の壁の向こうに、それこそ掃いて捨てる程保管されているトロフィやらメダルが、このジムに過去現在所属している者達が、いかに勤勉実直であるかを物語っている。

 そんな一流の経歴を持つ人達が、試合が近づくにつれ、練習を意図的に減らす理由・・・それは、自信が疲労無く万全の状態で、本番のリングに上がるためだ。

 日々、時間を見つけてはトレーニングに精を出す者達・・・だからこそ、疲れとは縁を切ることは出来ない。

 幼少時と違い、年齢を重ねるほど、身体に溜まった疲れを取るには時間がかかるもの。

 その為、試合間近の選手達は、少しずつ練習メニューを減らし、ストレッチや休息に当てるようになるのだ。

 なら・・・その原則に反する俺の行いは非効率も甚だしいのでは?と感じる人もいるかもしれない。

 しかし、その人はきっと、俺とその他の人達とでは『目的』が違うということを理解していないのだ。




 俺の『目的』は、『あの時』から何一つ変わっていない。




 聴衆の真ん中で、目の前にいる相手を地に伏せたい訳じゃ無い。

 栄誉をたたえられたい訳でもない。

 拳1つで食っていきたいとも思っていない。

 俺の目的は・・・『強くなりたい』ただそれに尽きるのだ。

 



 祖父母の古くからの知り合いであった勝さんのジムに、偶々祖父と共に訪れ、その景色を一見した瞬間、俺は入会を決めた。

 決めた・・・と言っても、そこからすんなりと一門に迎え入れてもらえたわけではない。

 まず、当時小学3年生・・・9才の入会希望者など前例が無く、そもそもそんな年端もいかない少年の面倒を見る為の施設ではなかったので、当時の勝さんも俺の願いには中々首を縦には振らなかった。

 また、格闘技・・・ましてや「ボクシングなんて、子供にさせるようなことでは無いでしょ!」と断固反対の姿勢であった祖母を説得するにも骨が折れた。

 



 これらの問題を俺は最終手段を用いて解決した。

 それは・・・土下座。




「「!!!」」


 2人とも、まさか年端もいかぬ子供に土下座されるなんて思っていなかったのだろう。

 ましてや、その内1人は、1つ屋根の下に暮らす実の祖母なのだ。

 頭を下げていたが故に、相手方の反応は見えなかったが、どちらも自身の頭上で酷く狼狽したことだろう・・・。

 



 ・・・我ながら卑怯で姑息な手を使った自覚はある。

 でも、当時の俺はどうしても、自分を変える為の切っ掛けが欲しかった。

 そして、その為にならどんな手段も厭うつもりはなかった・・・。




 そして渋々入会を許可してもらい、以後暇さえあれば通い詰めた日々も、もう6年を数える。

 あの時、1人きりの布団の中で、自分自身と交わした誓いにも似た想いを、俺は1日たりとも忘れたことは無い。

 雨が降ろうが風が吹こうが・・・体調を崩そうがお構いなしに、この場所に通いトレーニングを重ねた。

 



 その過去が・・・試合程度で練習をサボることを俺自身に許さない。

 ただそれだけなのだ。




「会場・・・隣町なんで、もうそろそろ行きます」


「おう・・・って、まさか走って行くわけじゃねえよな?」


「え?そのつもりですけど・・・」


「っ!ったく、待ってろ、車出してやっから!」


 慌てて裏に引っ込んでいく勝さん。

 

「いやいや・・・流石に気が引けるんで1人で行きますよぉ!」


 と、大きめの声で返事をすると・・・


「うるせぇ!黙って送らせろ!」


 と、怒声のようにも聞こえる声が、すかさず飛んできた。


「ったく。なんで俺の回りの人達は、こうも俺に甘いんだ・・・?」


 俺の過去を知っての同情かもしれないが、それを加味しても、祖父母といい、勝さんといい、ここで共に汗を流す先輩方達といい・・・あれから自らと係わることになった年上の人達の多くが、自分に好意的な態度で接してくれ・・・その甲斐あってここまで生きること・・・そして成長することが出来た。

 そこに関しては、全くもって感謝しかない。

 ・・・のだが、いい年になって尚この好待遇が変わらずだと、流石に引け目を感じてしまう。 

 しかし、これ以上の反論が、何か有益なものを生み出すとも思えず・・・


「わかりました。先に車のとこに行ってます」


 とそれだけ言うと、俺は先にジムを後にしたのだった。



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