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母が家を出て、それが原因で父は壊れた。
そんな風に突発的に両親を失った自分が唯一頼れた存在は父方の祖父母のみだった。
生活能力など皆無の幼き俺は、盆や正月に顔を見せる度に大層喜んでくれる2人の笑顔が、嘘で無いことを祈るしかなかった。
毎年、祖父母から貰っていたお年玉・・・それを、彼等に助けを求める為に使うことになろうとは・・・。
記憶を頼りにバスや電車を乗り継ぎ、どうにか到着したのは、太陽が本日の役目を終えようとする頃だった。
質素な和風建築の一軒家。
植えられている柿の木には、冬を堺に橙の実が映える。
少し錆の浮いた鉄柵を押して俺は敷地内へ入る。
その際に鳴る「ギィコォ」という独特な音が、この家にとってインターホン代わりになっているのを俺は知っていた。・
「はぁい」
少し間延びした声の後に引き戸を開けて現れたのは祖母だった。
その皺だらけの顔を見ると、何だか安心した気分になるのは、何も今日が異例の1日だったからではない。
飾り気の無い服を身に纏い質素倹約を旨とする祖母の姿は、まるで昔話の絵本に出てくるお婆さんのようで・・・俺はそんな彼女が常日頃から纏っている、温かい雰囲気が好きだった。
「まあ、優ちゃん!どうしたの!?」
夏と冬、俺が親に連れられ祖父母の家を訪れた際、彼等はいつも満面の笑みで出迎えてくれたものだが、今日ばかりは笑顔よりも先に驚きが来たようだ。
無理も無い。
牛乳まみれの制服を着用し、大冒険にでも向かうのかと思えるような、パンパンのリュックサックを担いで、たった1人で軒先に立っている孫の姿に、笑顔の出る幕など存在するわけがなかった。
「どうしたんだい!?とりあえずお入り!」
祖母は、俺を少し強引に家に上げると、そのまま居間に通す。
そして、そこにいた祖父も俺の姿を見て、祖母と同様の反応を示したのだった。
「ど、どうした!?何があった!?」
寝転びながら、愛猫を懐に抱え、相撲中継を見ていた好々爺も、郷土力士の取り組みが始まるのもそっちのけで、俺の元に駆け寄ってくる。
祖母は、皺の寄った手で、俺の背負っていたリュックを下ろすと、汚れた制服もあっという間に脱がして洗濯に持って行く。
その間、祖父は黙って俺の頭を撫でてくれる。
それらの無償の愛が、自身の感情を制御している堰にヒビを入れた。
「うっ、うわあああああああああっ・・・!」
自身にとって、母はとっくに、いないも同然だった。
また、父の暴言をリアルタイムで聞いていたときも、我慢は出来た。
ここに来るまでの道中も決して楽では無かったが、ちょっとした遠足気分を味わう中で、楽しいという気持ちさえ芽生えていた。
ついさっきまで、何も無かったかのように振る舞えていた筈なのに・・・何より、自分自身が、「このくらい何てこと無い」と思っていた筈なのに・・・。
一度堰を切って流れ出した涙は、その後、結びの一番が終わっても尚、止まることは無かった。




