肉正宗
チュン……チュンチュン……。
「ん、んん……」
カーテンの隙間から入る朝日に目を細めた。
「もう朝か……風呂でもはいるかな……」
そう思った瞬間、ハッと目が覚めた。
見慣れた自分の家。
10畳のリビングが、とても狭く感じられた。
「はあ……家かよ」
ため息をつきながらトーストを焼き、牛乳で無理矢理流し込む。
適当に髪を整え、歯を磨いた後、着古したジャケットを羽織った。
「さてと……」
時計を見て、俺は急ぎ駅に向かった。
ぎゅうぎゅうの満員電車の中、じっと耐え忍ぶ。
うぅっ……つ、潰れる……。
頑張れ……頑張るんだ……また来週までの我慢だっ!
魔王城に思いを馳せながら、背中に食い込むバッグの痛みに耐え続けた。
*
時差ボケならぬ異世界ボケだろうか。
やけにオフィスが狭く感じる。
それに、会社の人たちと話していても、アナさんと喋っていたせいか、何でこんなに丁寧なんだと思ってしまう。
昼休みになり、深山くんが俺の席に顔を出した。
「倉城さん、メシ行きません?」
「ああ、いいね、何食べよっか?」
そう答えると、深山くんは少し不思議そうに俺を見た。
「倉城さん、やっぱり宝くじでも当たりました?」
「ちょ、どういう意味⁉」
「あはは、冗談です。でも、以前なら誘っても一瞬、躊躇う感じで、タイミング悪かったかなぁって思うときもあったんで」
「えっ⁉ ご、ごめん! そんなつもりは……」
「わかってます、まあ、派遣だとみんなそうですよ。一人が好きっていうか。僕も似たようなもんですし……あはは」
確かに、挨拶すらしない人が殆どだもんな……。
最初は俺も戸惑ったっけ。
「じゃあ、定番ですけど肉正宗行きますか?」
「ああ、いいね! 行こう行こう」
肉正宗といえば、近所の鉄板焼きのお店。
ランチ限定で、上質なハラミ定食を激安で提供してくれる、子ども食堂ならぬ大人食堂みたいな店だ。
良く採算取れてるなぁと、会社の人たちの間でも時折話題になる。
二人で外に出て、近くの雑居ビルに入った。
日本刀と兜を被った牛のイラストに筆字で『肉正宗』と書かれている。
扉を開けると、「いらっしゃいまさむねー」と声が掛かる。
店内は7割くらい埋まっているが、いつもに比べるとこれでも空いている方だ。
「二名様、奥どうぞー」
「はーい、ありがとうございまーす」
俺たちは奥のボックス席に座った。
「A定二つね」
「かしこまりましたー、A定ツーでーす!」
店員さんが水を置いて離れる。
ここはA定以外の選択肢がない。
なぜなら、A定以外は最大の売りである『肉』が付いていないからだ。
長年通っているが、A定以外を頼んでいる人はまだ見たことがない。
「さっきの話ですけど……」
「ん?」
深山くんが身を乗り出してくる。
「倉城さん、絶対何かいいことありましたよね?」
「そ、そう? 特に何もないんだけどなぁ……」
「何か日焼けしてる気がしますし……明るくなったというか、前はもっと一線を引いてた感じが……」
「ちょ、ちょっと、確かに俺は人見知りだけど、深山くんには普通にしてたつもりだよ?」
「なるほど、あれが普通……」
「えっ⁉」
「あははは! 冗談ですよ、冗談! すみません」
人懐っこい笑みを浮かべる深山くん。
こういうところが、みんなから好かれる理由なんだろうか。
裏表がないっていうか、話してて気持ちがいいんだよなぁ……。
「そういえば、セキュコンの方はどう?」
「ああ、一応、一社は契約取れて、再来月からスタートですね」
「すげぇ……ほんとさすがだね、あ、ウチも今月で終わりだよね?」
「はい、ついに僕も卒業っす」
「A定おまたせしましたー」
「おっ! ありがとうございまーす、きたきたぁ!」
「ん~、良い匂いっすね!」
「「いただきまーす」」
肉汁の滴るハラミを口に入れる。
じゅわっと旨味が広がり、あっという間に肉がほどけていく。
ほんのりと炭火の香ばしさが……最高だ!
「やっぱここのハラミ最高っすね……」
「うん! めちゃくちゃ旨いよ!」
いやぁ、黒猪も美味しかったけど、やっぱりハラミも負けてないな。
あ、そういや赤竜肉の弁当……かぁ~食い損ねた!
勿体ないけど仕方ないか……。
「フリーランスかぁ、憧れるよなぁ」
「え、意外っすね、倉城さんってそういうの苦手だと思ってました」
「そう? まあ、今みたいな働き方が楽だとは思うんだけどさ、やっぱり、俺も少しは考えたりするよ」
「考えるだけじゃだめっすよ、とにかく副業でも何でも手を動かしてみた方がいいですね」
「やっぱそうだよね……」
「はい、結局、みんな考えて終わるんで」
強い! さすが深山くんだ……。
本質を突いている。そうだよな、行動しないと!
「とりあえず、筋トレでも始めてみるかな、なんて、ははは……」
「それ正解っすよ」
「えっ⁉」
「筋肉って、めっちゃ大事なんすよ。やっぱデスクワークだと筋肉落ちちゃうんで。僕もジム行きだしてからメンタル安定しましたから」
「え、そうなんだ⁉」
「はい、やっぱ起業してる知り合い見ても、みんな鍛えてますよ」
「なるほど……」
これは鍛えるしかないかな。
この先、魔王城でも力仕事が増えるだろうし、体力も必要だ。
こっちにいる間も、何かできることはやっておきたいもんな。
「ウォーキングから始めてみるよ。なんせ運動なんて数十年ぶりだからね」
「す、数十年ってマジっすか⁉ いや、すみません、応援してます」
それから、他愛もない話を続けながら、深山くんとのランチを終えた。
人見知りの俺が、唯一気兼ねなく話せる相手が彼であったのは運が良かったと思う。
深山くんと話していると、自然と俺も頑張らなければと思わせてくれるのだ。
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