現実へ戻る
スマホのアプリから、ウェザーマートの画面を開く。
たしか氷壁が好きそうだったよな?
「とりあえず、氷壁を1箱買ってと……」
そうだバッカス!
あの飛竜にも酒がいるって言ってた気が……。
酒を物色していると、『樽はこちら』とある。
へぇ、樽で売ってるのか。
【羽休め】
タイプ:業務用蒸留酒
特徴:甘酸っぱくて軽い飲み口だが度数は強い。
度数:60%
価格:13,200wz/樽
備考:ウェザーマートオリジナル酒造。
「へぇ、これ良さそう!」
樽にはウェザーマートのロゴが入っていた。
光が射した雲をバックにWの文字、文字の後ろに飛竜の飛ぶ姿が描かれている。
へぇ、プライベートブランドってやつかな。
こっちにもあるんだ。
「2樽くらいでいいか……? あとは飯、飯っと……せっかくだし、こっちの定番ってやつを食べてみたいよなぁ」
俺は食料品のカテゴリをタップした。
へぇ、肉のみも売ってるし、野菜もあるなぁ……。
しかし、どれも量がすごい。肉はキロ単位が普通のようだ。
あ、飛竜便配達可! これだ!
★ウェザーマートの定番惣菜&お弁当★
※飛竜便対応(軽量・常温対応・密封可)
【焼きグリフォン重】(価格:600wz)
内容:炭火で焼いたグリフォンもも肉の照り焼き、ごはん、蒸し野菜付き
特徴:冷めてもジューシー。魔導保存シート入りで長持ち
人気層:都市部の工房職人、騎士団員、飛竜配達員に大人気の定番商品!
【赤竜肉のスタミナ弁当】(価格:1200wz)
内容:赤竜肉の焼き肉、特製にんにくタレ、黒ごまパン、干し根菜
特徴:滋養強壮、回復効果あり
備考:騎士団向けに毎朝100食出荷される数量限定メニュー!
【ゴブリンチーズと香味野菜サンド】(価格:450wz)
内容:石窯焼きのライ麦パンに、ゴブチー&香味野菜をたっぷり挟んだホットサンド
特徴:軽量・片手で食べられるので、屋外ワーカーにも大好評◎
備考:+100wzで合い挽きソーセージのトッピング可
「なかなか充実してるなぁ……ここは定番の焼きグリフォンか……いや、赤竜も捨てがたい……まあ、お近づきのしるしってこともあるし、ここは奮発して赤竜肉いっちゃうか!」
俺は赤竜肉のスタミナ弁当を二つ、カートに入れる。
とりあえず、あとはビールとつまみも欲しいな。
昨日の赤竜の吐息、美味しかったよなぁ……。
よし、ワンケース頼んじゃえ。
で、つまみつまみ……。
【黒猪の燻し肉スライス】(300wz)
森竜地帯で狩られた黒猪肉を薫り高いレッドチップで燻製
噛むほどに旨味と血の香りが広がる
【ゴブチーの燻製とクラッカー】(250wz/6切入)
独特の匂いがクセになる「ゴブリンチーズ」使用
人によっては部屋を追い出されるレベルの香り
飛竜も大好物。
【竜豆の素焼き】(200wz)
巨大な硬豆をスライスして焼いた栄養食
無塩・塩・焦がしの三種
「どれも旨そうだなぁ~」
ゴブリンチーズは興味があるが、ちょっと怖いな。
あの子に聞いてみてからの方が良いだろう。
となると、黒猪だとな……よし、竜豆もいっとくか!
俺はそれぞれカートに追加する。
あ、そういや明日は会社かよ……。
くぅ~、行きたくねぇ~……。
でも、こればっかりは仕方が無いよな……。
週末にはまた来られるんだし、頑張ろう!
買い物を済ませて、俺は軽トラに積んであった掃除道具を下ろし、一階から掃除をすることにした。
「あ……コンセントなんてない……か」
そうだった。
電気が使えないんじゃ、掃除機もただの置物だ。
発電機とか買うかな?
うーん、高そうだし、いまは少しでも節約したい。
よし、できる範囲からやっていこう。
俺はバケツに水を汲み、ぞうきんを絞って、拭き掃除を始めた。
「いいねぇ……ふふ、愛しのマイホゥーム♪ 我が城、魔王城~♪」
自分の家だと思うと、掃除にも力が入るなぁ。
「ふきふきふーき、ふっきっき~♪ 綺麗になろう魔王城~♪」
お、ここも汚れてる!
「俺は魔王だ持ち主だ~♪ 魔王城は俺の城~♪」
謎歌を口ずさんでいると、後ろで物音がした。
ハッと振り返ると、そこには昨日の美少女さんが立っていた。
床にはおつまみやら、酒が転がっている。
「クラキ……お、お前……やっぱり魔王だったのか⁉」
「ち、ちちち違いますっ‼ こ、これは、その、適当に歌を歌っていただけで……」
ひぃ~穴があったら入りたい!
顔が燃えるようだ!
「ふぅ、なんだよ、驚かせんなって……」
美少女さんは服の袖で額の汗を拭う。
「いやいや、ていうか早かったですね……」
「まあな、クラキの注文みたら腹へっちまってな、へへへ」
恥ずかしそうに笑う姿は、とてもかわいらしいのだが……。
推察するに、弁当食いたさに早上がりしてきたってことだよな……?
大丈夫なんだろうか。
「じゃあ、荷物片付けちゃいますね」
「ああ、あたしが運んでやるよ」
「え? でも……」
さすがにこんな女の子に重い物を持たせるわけには……。
すると、美少女さんはひょいっと樽や酒を持ち上げた。
「えっ‼ す、すごいですね!」
「ん? あぁ、あたしはエルフとドワーフのハーフなんだ。力ならその辺の男にゃ負けないって」
ニカッと快活な笑みを浮かべる美少女さん。
「なるほど……あ、では、お酒はこちらに」
俺は冷蔵庫に案内する。
キッチンはかなり広くて使いやすそうなL字型。
冷蔵庫と別に大きな冷凍庫もある。
「はぁ~、すげぇ台所だな。貴族みてぇ……」
「やっぱり、こっちには貴族の方も多いんですか?」
「ん? 何だ、知らないのか?」
「あー、その、田舎から出てきたばかりでして……ははは」
「ふーん。そうだな、まあ王都には貴族街ってのがあって、そこにいけばこういう家がわんさか建ってるよ」
「へぇ……王都ですか」
王都か、いつか観光で行ってみたいな。
「よし、とりあえず乾杯するか」
「え?」
「いやいや、まだ明るいですよ⁉」
「あ? 変なことを気にするやつだな……明るいのと酒と何の関係があるんだ?」
「いや、それは……」
そうか、もうここは異世界……別に昼間っから酒を飲んでもいいんだ!
そうだよな、俺ももっと自由になるべきだ! よしっ!
氷壁を一缶手に取り、美少女さんに差し出す。
そして、俺は赤竜の吐息の瓶を掲げた。
「乾杯しましょう!」
「おっ、いいねぇ、そうこなくっちゃ」
俺は美少女さんと乾杯をして、一気にビールを呷った。
「ぷっはーーっ!」
「くぅ~っ!」
「「最っ高~!」」
同時に感嘆の声を上げる。
「あはは! クラキ、中々わかってるじゃん」
「そちらこそ、いい飲みっぷりですね」
「ん? あぁ、自己紹介がまだだったな。あたしはアナ。よろしくな」
「私はクラキです、って、アナさんはもうご存じだと思いますが……」
「あははは、変なやつー」楽しそうに笑うアナさん。
良かった、仲良くなれそうだ。
「あ、そういえばこの樽酒は、バッカスさんにと思って頼んでおいたのですが……」
「おぉ! いいのか⁉」
「ええ、もちろん」
「ひゃっほー! バッカスー! 酒だぞー!」
アナさんはひょいと樽を抱え、ルーフバルコニーに出る。
猫みたいに丸くなっていたバッカスが起き上がった。
『キュイ!』
「ほら、バッカス! 酒だぞ! このクラキの奢りだ!」
アナさんが俺をバッカスに見せるように背中を押した。
「ど、どうも……お口に合えばいいんですが……ははは」
バッカスが物珍しそうに、俺に顔を近づけてくる。
ブフーッと湿ったバッカスの鼻息を全身に浴びた。
こ、怖ぇええ……めっちゃ竜だよ、竜!
すごい迫力だ……!
『キュイー!』
「お、喜んでるぞ」
「ほ、本当ですか⁉ 良かったぁ~」
ほっとして体から緊張が抜ける。
バッカスが樽に顔を突っ込んでガブガブと音を立てながら、酒を飲み始めた。
「竜ってお酒が好きなんですね……」
「いいや」
「えっ?」
「バッカスは特別なのさ。あたしが小さい頃から酒をやってたから、味を覚えやがったんだ」
「な、なんと……」
「まあ、飲まねぇ竜なんてつまんねぇだろ? ひひひ」
「は、はあ……」
アナさんって、こんな可愛い顔をしてるのに、完全に酔っ払いのそれなんだよな……。
まあ、お陰で俺も変に緊張しなくて済むし、楽しいからいいか。
「しかし、椅子もねぇのは不便だよなぁ……」
「はい、まだ家具が……」
「あ、そうだそうだ、職人紹介するっつってたよな、よし、いまから見に行くか?」
「えっ⁉ そんなに近いんです?」
「ははは! バッカスに乗りゃ、あっという間だって」
「えっ……飛竜に乗る? いや、ちょっと……」
「なんだぁ? あたしの操竜が怖いってのか?」
アナさんは赤い顔をして俺に顔を近づけてくる。
「い、いえ、そういうわけでは……」
ち、近い! 可愛いけど酒くせぇ!
「大丈夫大丈夫、ぴゅーって行って、ぴゃーっと帰って来りゃいい……だけ……だも……」
「……アナさん?」
ふぁさっと俺に倒れかかってくる。
いやいやいや、ちょっと寝られると困る!
家も何も知らないのに! どうしよう⁉
そうだ、バッカスなら……。
「嘘だろ……」
バッカスは樽に顔を突っ込んだまま寝息を立てていた。
おいおい、明日俺仕事なんだぞ! どうすんだよ!
とりあえず、バッカスは放っておいても平気だと思うが……。
問題はアナさんだ……。
さすがにここで放置するわけにもいかない。
ええい、仕方ない!
「アナさん、すみません!」
俺はアナさんを抱きかかえた。
え、軽い……。
こんな体であのパワー……恐るべきはドワーフの血か。
寝室まで行き、アナさんをベッドに寝かせる。
すーすーと、気持ちよさそうに寝息を立てている。
寝顔は天使だな……。
いかんいかん!
雑念を振り払うように頭を振る。
リビングに戻り、酒の空き缶や瓶を片付ける。
さて、どうしたものか……。
床に落ちていた伝票を拾う。
なぜか日本語なんだよなぁ……不思議すぎる。
ん? ということは、アナさんは日本語が読めるってことだよな?
なら、置き手紙をして、俺は元の世界に戻るか……。
幸い、別に盗られるような物もないし、アナさんなら大丈夫だろう。
今から帰るとして着いたら夜か。
すぐに寝て、起きたら現実に戻るわけだ……。
水をがぶ飲みして、酔いを覚ます。
あまり飲んでないから、すぐに火照りも取れた。
だが、運転しなければならないし、念のため仮眠して完全に酒を抜いておこう。
アナさん宛てに、伝票の裏へ手紙を書いた。
------------------------------------------
アナさんへ
お疲れ様です。
私は諸用で、数日家を離れます。
お帰りの際は窓を閉めておいてください。
良かったら、スタミナ弁当も召し上がってください。
お風呂もご自由にお使いくださいね。
では、また。
クラキ
------------------------------------------
よし、これでいいだろう。
アナさんのマスクに手紙を挟み、そのままスマホのアラームをセットして雑魚寝する。
――ピピピ……。
「ん……あぁ……」
俺は伸びをして、アナさんの様子を見る。
完全に熟睡しているようだった。
「さて、戻りますかね現実に……」
外はまだ真っ暗だ。
俺は黒猪の燻し肉スライスを一枚口に入れ、魔王城を後にした。
「う……うまぁっ⁉」
最後まで読んでいただきありがとうございます!
面白いと思ってくれた方……ぜひブクマや評価など応援よろしくお願いします!




