飛竜便
ウェザーマートの倉庫の脇にある飛竜の待機場で、配達員のアナは相棒竜バッカスの刺抜きをしていた。
飛竜は森の中や、林の合間を凄まじい速さで駆け抜ける。その際、小さな木枝が足や翼に刺さるのだ。
放っておいても自然に抜けるのだが、こうしてこまめに抜いてやることで、気難しい飛竜との間に少しずつ信頼を築いていく。
それが配達員の仕事でもあった。
「おい、アナ! アナーッ!」
若い店員が待機場に駆け込んでくる。
「なんだよジミー! 寝てる飛竜が起きんだろうが!」
女らしからぬドスの利いた声に、ジミーは「ご、ごめん……」と、口を押さえながら周りの飛竜を見た。
アナが足場から飛び降りると、ジミーが駆け寄った。
「たいへんなんだよぉ!」
「何だよ? また万引きか?」
アナは面倒くさそうな声を出す。
「ちがうって、依頼だよ依頼!」
「は? 仕事があるのは良いことじゃねぇか」
「だーかーらー、魔王から依頼が来たんだよぉ!」
「魔王?」アナが片眉をあげる。
「さっき、スポットで注文が入ってさぁ、ビールのアソートなんだけど、場所があのアイレムの魔王城なんだよ!」
「何かの間違いだろ? あそこは百年以上空き城のはずだぜ?」
「で、でも、ほらこれ!」
ジミーが伝票を見せる。
アナは伝票をひったくるようにして手に取ると、眉根を寄せた。
「本当だ……ん? クラキ アユム……これが魔王の名前か?」
「さ、さぁ、受付の人は初めて見る名前だって……一応、顧客リストも見たけど載ってなかった」
アナは伝票を見つめながら何やら考え込んでいる。
「どうしよう……即竜便だし、誰が飛ぶんだって、上でも大騒ぎになってる」
「ジミー、これ荷は?」
「一応用意はしてあるけど……え、アナ、まさか……」
アナがにやりと笑い、親指で自分を指した。
「あたしとバッカスが飛んでやるよ」
「だ、だめだよ! 危ないよ!」
アナは皮製のマスクを手に取り、
「起きろバッカス! 仕事だ!」と、バッカスに向かって指笛を鳴らした。
『キィ――――――ッ!』
バッカスがそれに応えるように大きな鳴き声を上げ、翼を広げる。
アナは足場の上に駆け登り、バッカスの上に飛び乗った。
「ジミー! 危険手当割増しだって上の連中に言っときな!」
そう言って大空に舞い上がると、大きく旋回して、即竜便の荷物置き場に置かれた荷を回収した後、そのまま遙か彼方へ飛び去って行った。
*
「うーん、倉庫はちょっと手に余るかもなぁ……」
地下の倉庫を見ながら、俺は考えを巡らせていた。
三つもあるから、一つはワイナリーを作るのもありだよな……。
異世界の年代物ワインをコレクションする楽しみもできる。
なんせ、値段は十分の一だからな、高級ワインも手が届くぞ。
うん、これはかなり良いアイデアだ。ぜひとも採用したい。
残りは……魔石採掘を始めたら道具も増えてきそうだし、もうひとつは用具置き場に。
あとは、おいおい考えるかな……。
一階に戻り、リビングでソファやテーブルの配置を考えていると、遠くから鳥の鳴き声のような音が聞こえた。
「ん? 鳥……まさか、飛竜が来たのか⁉」
慌ててルーフバルコニーに出て空を見回す。
すると、遠くからこっちに向かってくる黒い影が見えた。
「あ! あれかな? おーいっ! ここだぞー!」
嬉しくなって両手を振りながら飛び跳ねていると、影は次第に輪郭を伴い、大きな飛竜の姿になった。
飛竜は俺の真上を凄まじい速さで駆け抜けていく。
風圧に身を屈め、俺は飛竜を目で追う。
何周か、飛竜は魔王城の上空を旋回し、速度を落としながらゆっくりとルーフバルコニーに舞い降りた。
「本当に飛竜だ……すげぇ……」
殆ど想像上の恐竜みたいだ。
ちゃんと馬みたいに鞍と手綱が付けられていた。
すぐに飛竜に跨がっていた配達員が下に降り、飛竜の足に結ばれていた荷を解いている。
「あの、ウェザーマートの方ですよね? ありがとうございます」
恐る恐る近くに寄って声を掛けてみると、おもむろに配達員がマスクを取った。
金髪のショートボブが顔周りで綺麗に揺れ、俺は思わず目を奪われる。
鋭くて力強い瞳が印象的な、まだ若い小柄な女性、いや美少女だった。
可愛い顔立ちなのに、芯があるような雰囲気を纏っている。
「あ、その、配達ご苦労さまです……」
美少女は、じっと俺の顔を見つめ、どんどん近寄ってくる。
「は、ははは、な、何か……?」
「お前が魔王か?」
「へ?」
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