南の池
ひとまず立ち話を終え、俺たちはドランに乗り南の池を目指していた。
御者台の隣には、ラニスさんが座っている。
ルートは、俺とラニスさんの間に、無理やり陣取っていた。
「ルート、狭くないの?」
「ワゥウ……」
心なしか、ムスッとしているようにも見える。
もしかして、ラニスさんに焼きもちを焼いているのかも知れないな。
「すみません、何かお邪魔したみたいで……」
ラニスさんが眉を下げながら、ルートの顔色を窺っている。
「いえいえ、とんでもない。一緒に来てくださって、本当に心強いです。な? ルート」
「……ゥ」
くぐもった声を少しだけ発し、だんまりを決め込むルート。
「ま、まあ、ちょっと気難しいんで、お気になさらず……」と、俺はラニスさんに苦笑して見せた。
「ごめんねぇ……あっ! そうだ! これをお渡ししようと思って持ってきたんです」
ラニスさんは荷物の中から何かをくるんだ布を取り出した。
そして、布を外すと、革の鞘に入った短剣が見えた。
「これ、私から先日のお礼として、クラキさんにお贈りさせてもらおうと思いまして」
「えっ……⁉ わ、私に⁉」
「はい、一応、貸し借りなしという話でしたが、やはり何かしないと私の気が済まなくて……」
「ラニスさん……」
「実は、選んでいる最中に、とても高名な冒険者の方にお会いしまして、その方に選んでいただいたんですよ。その方は短剣をメインに扱ってらっしゃるので、私よりも見立ては確かです」
「しかし、武器なんて高価なんじゃ……」
「いえ、これは私の気持ちですから」
ここまで言わせておいて、貰わないってのは失礼だよな……。
うーん、何か申し訳ないけど、ありがたく頂戴しておくか。
「わかりました、では……遠慮なく使わせていただきます」
俺は短剣を受け取る。
想像よりも、重みを感じた。
だが、軽すぎず、重すぎず、丁度よい重量感だ。
「かなり丈夫で使いやすいと思います。それに、何といっても、あの狂狼のバルトさんの見立てですからね」
「えっ……⁉」
バルトさん……って、あのバルトさんだよな?
あれ以来、顔を合わせてないが……。
「どうかしましたか?」
「いえいえ、黒い刀身って珍しいなあと思いまして」
「そうなんですよ、カッコいいですよね!」
「はい、気に入りました。大切にしますね」
俺は早速、腰に短剣を下げてみた。
おぉ~、本格的に冒険者になった気がする。
「似合ってますよ」
「本当ですか? ありがとうございます、へへへ……どうだルート、格好いいだろ?」
「ワゥワゥ!」
ルートも気に入ったみたいだ。
『ギギィ』
ドランの声に前を見ると、大きな池が見えてきた。
「あれが南の池ですか」
「そうです、でも、何か様子がおかしいですね……」
ラニスさんが身を乗り出して言う。
ドランが止まり、竜車を降りると辺りの異変に気付いた。
「これは……」
「先日の嵐の影響ですね……これは酷いな。薬草が殆ど流されてしまっている」
池の周囲には泥が広がっていて、植物のようなものは見えない。
少し離れた場所に、他の冒険者たちがいた。
「ちょっと聞いてみましょうか」
「あ、そうですね」
ラニスさんが、冒険者たちに手を上げながら声を掛けた。
「すみません、あなた方も薬草採取ですか?」
冒険者のひとりが俺達を見て、
「ああ、だがこりゃ駄目だな……しばらくは採れないだろう」と頭を振った。
「……」
折角の初依頼が……。
どうにかならないものか。
「ま、あんたたちも諦めるんだな、じゃあ俺たちは行くよ」
「ええ、ありがとうございました」
軽く手を上げると、冒険者たちは走竜に跨り、走り去って行った。
「どうしたものですかねぇ……」
ラニスさんと泥を眺めながら途方に暮れていると、ルートが近くの泥を掘り返し始めた。
「あー、ルート、汚れちゃうから……」
ルートを止めようとした時、掘り返した泥の中から緑色の草が顔を出しているのが見えた。
「ラ、ラニスさん、これ!」
「これは……そうか! 流されたんじゃなくて、泥に埋まっているのか!」
「てことは……掘り返せば薬草が手に入るってことですかね?」
「ええ、ですが、ちょっと傷んでますから使えるものがどれだけ残っているか……」
茎の折れた薬草を手に取り、ラニスさんが眉をひそめた。
すると、突然ルートが池の周囲を走り始めた。
「ワゥ!」
「ルート⁉」
凄い速さで走っていく。
そして、急に止まり、「ワウッ!」と大きな声で吠えた。
「呼んでますね」
「行ってみましょう!」
俺とラニスさんはルートが待つ場所へ向かった。
「あっ!」
近づくと、少しだが泥から顔を出している薬草が見える。
「なるほど……ここだけ泥が浅いですね。これならいけますよ!」
「やった! あ、でも、どうします? たしか、魔魚がいるんですよね?」
「ええ、水面を覗くと襲ってきます。ですから、私とルートが別の場所で魔魚の注意を引いている間に、クラキさんは薬草を採取する、という作戦でどうですか?」
「わ、わかりました!」
「ワウワウッ!」
ルートも理解したようだ。
「では、クラキさんの合図で始めましょう」
そう言って、ラニスさんとルートがそれぞれ別方向に離れて行った。
責任重大だなぁ……。
でも、薬草を採るだけだし、急げば大丈夫か。
二人がかなり離れた場所に行ったのを見計らい、俺は大きく手を振った。
ラニスさんが水面を叩く。
ルートは浅瀬を走り始めた。
――始まった!
池の水面に波が立ったかと思うと、おびただしい数の魔魚が飛び跳ねだした。
ラニスさんに向かって魔魚が飛んでいく。
うまく剣で払いつつ、ラニスさんは魔魚を引き付けてくれている。
ルートもその素早い身のこなしで、魔魚を躱しながら浅瀬を走り回っていた。
よし、いまのうちだ!
俺は池の間際に生える薬草を手早く抜いて、篭に入れていく。
かなり量はすくないが、無いよりはマシだろう……。
その時、水面に自分の影が映る。
「あ、やば――」
瞬間、数匹の魔魚が飛び出してきた。
「うわぁっ⁉」
魔魚は宙を飛び、俺を襲ってくる。
慌てて篭を持って逃げようとした時、勢いよく魔魚が篭に喰らいつく。
そして、そのまま篭を奪われてしまった。
「あぁっ⁉ か、篭が……」
泡を立てながら、篭が池に沈んでいく。
「お、俺の初依頼が……」
その場に座り込み、俺は静かになった水面を呆然と眺めていた。




