まずは風呂から
まだ慣れない運転だったが、袋小路さんがゆっくり走ってくれたこともあり、特に問題なく例のトンネルへ着いた。
「ここを抜ければ……」
ハンドルを握る手に力が入る。
少し先に、またあの白い光が見えてきた。
俺はこの日のために100円ショップで買っておいたサングラスをかける。
「いざ!」
白い光をくぐり抜けると、そこは一面、緑の海。
豊かな大自然が広がっていた。
「うわぁ……すごいなぁ!」
この景色は圧巻だな……。
RPGゲームが現実だったら、こんな感じなんだろうか……。
ゆっくりと道なりに進み、魔王城の前に着く。
袋小路さんの車の隣に軽トラを停めた。
外に出ると、強い日差しと熱気が押し寄せてくる。
やたら暑いだけの都会と違い、草と土の匂いが心地よく、自然の中にいるんだという気持ちになった。
「登録は中で行います」
俺は頷き、袋小路さんの後に続く。
中に入ると、しっかり空調が効いていた。
ふぅっと、息を吐く。
袋小路さんがコンソールパネルを操作している。
「では、登録をしましょう、ここに手を押し当ててもらえますか?」
「あ、はい」
俺は言われた通りに、コンソールの画面に手の平を押し当てた。
『――所有者権限承認:倉城 渉』
手を当てた画面に、回路のような模様が浮かび上がって消えた。
おぉ……何かすごいな。
「はい、これでお手続きは完了しました、お疲れ様です」
「ありがとうございます、この城が自分の物だなんて、何だか不思議な感じですね……。まだ、実感が湧かないというか……」と、俺は周囲を見回した。
「ふふっ、そうですね。でも、これから忙しくなりますよ?」
「ええ、まずは城内を見て、家具なんか揃えたいんですが……。たしか、定期便があると仰ってましたよね? それって利用できますか?」
「ウェザーマートですよね、あ、スマホをお持ちですか?」
「え? あ、はい……」
俺はポケットからスマホを取り出した。
「きさらぎ不動産のアプリを入れていただいてもいいですか?」
「ええ、わかりました」
インストールを済ませると、袋小路さんが自分のタブレットの画面を見せつつ説明を始めた。
「このホーム画面で色々と申請ができます。ウェザーマートだと、この販売のカテゴリを見てください」
「はい、販売……っと」
販売のカテゴリに入ると、そこには見慣れない名前がずらっと並んでいた。
・ウェザーマート
・ジャングル
・アイオン
・ウェザー・フーズマーケット
……
…
「へぇ! 色々あるんですね~」
「はい、それぞれに特色があるんですが……残念ながらこの場所はアイレムといって、いわゆる辺境地になるんです。なので、カバーしているのはウェザーマートだけになってしまいますね」
「そうなんですか……」
ちょっと残念な気もするが、最大手っぽいし、品揃えも良さそうだ。
「あと、小さい家具やインテリア用品はウェザーマートにもありますが、大型家具は『イデア』をおすすめします」
「イデアですか、安いとか?」
「お値段はやや高めですが、サービス面で安心できると思います。設置もアフターケアもしっかりしていますから」
「なるほど……」
確かに安物買いの銭失いとも言うからな。
しっかりしたところで買う方がいいだろう。
それにしても、きさらぎ不動産って一体……。
「あの、聞いて良いのかどうか……」
「はい、何でもどうぞ?」
「きさらぎ不動産って、どういう会社なんですか? 本当は存在しないとか……神様? だったりとか?」
袋小路さんはきょとんとした顔を見せた後、クスッと笑う。
「違いますよ、神様だなんてとんでもない。袋小路家は昔から異なる世界の調整役といいましょうか、便利屋みたいなものを家業としているんです」
「家業? では、他にもどなたか?」
「ええ、両親は隠居していますが、兄と弟がいます。それぞれ別の世界の担当ですから、お正月くらいしか逢えなくて……」
袋小路さんが眉を下げる。
「へぇ……」
もはや、何を信じていいのかもわからないが、目の前に居る袋小路さんが悪い人ではないってことだけは、この短い間のやり取りでも十分にわかった。
ならば、細かいことなんてどうでもいいではないか。
いまや、俺は魔王城の主。
それこそ信じられる話じゃないが、それも真実なのだから。
「では、私は一旦、これで失礼しようかと思うのですが……」
「あ、は、はい! 大丈夫です、ありがとうございます」
「連絡いただければ成約特典がありますから、いつでもサポートいたしますので遠慮無くどうぞ。大抵のことはアプリのAIチャットで聞いてもらえるとわかると思いますから、急ぎの場合はそちらもご利用ください」
「わかりました、見ておきます」
「ふふっ、それではご連絡をお待ちしております。よい異世界生活を――」
「ありがとうございました!」
俺は袋小路さんのSUVが走り去るのを見届け、リビングへ戻った。
まだ何もない部屋だが、眺めているだけでわくわくしてくる。
魔王城か……。くふふっ。
アプリは後で見るとして……やっぱりアレだよな!
俺は最上階へ駆け上った。
「おぉっ‼ これはテンション上がるなぁ!」
最上階に上がると小部屋があり、すぐ外は屋根のないスカイテラスになっていた。
さらに、その中央には円形の大きなプールが設置されていた。
「か……開放感えぐっ! くぅ~、生きててよかったぁ!」
プールに駆け寄り、中を覗く。
ちょっと底が汚れているが、露天風呂だと思えばいけるか……?
多少の汚れなんてこの際無視だ!
一回、水を張ってみよう。
コンソールパネルを探して……お、あったあった。
壁に四角いパネルがある。
俺はそっと触れてみる。
するとホーム画面が表示された。
「どうやるんだろう……」
適当に触っていると、最上階のマップが表示される。
そこにプールのアイコンもあったのでタップすると、イラストとメニューが表示された。
▶湯張り 温度37℃▲▼
注水
排水
掃除
「へえ、お湯もいけんのかよ、もはや温泉じゃん! えーっと、とりあえず暑いし水にするか。注水でいいのかな?」
俺は注水を選んだ。
すると、ガシュッという音と共に、大きなプールに勢いよく水が満たされていく。
「おぉ! 出た!!」
服を脱ぎ捨て、俺は全裸でプールに飛び込んだ。
「うひょーっ! つめてーっ!」
水を思い切り空に向かってすくい投げる。
バラバラバラッと投げた水がバルコニーに降り注いだ。
雲一つ無い青空。照りつける真夏の日差し……。
すげぇー……プライベートプールだ……。
しかも、広い!
大の字で水に浮かんでも全然余裕がある。
あ~、もう帰りたくない……。
これでビールでもあったらもう……。
俺はプールから出て、全裸のまま城下に広がる草原を眺めた。
何という開放感だ……。
風を浴びていると、あっという間に身体も乾く。
俺は服を着て、リビングに戻ることにした。
リビングに戻り、スマホでアプリを立ち上げる。
「ウェザーマートは早めに契約しておいた方がいいよな……」
販売カテゴリからウェザーマートを選ぶと、定期便の文字が。
「日本語ってのもありがたい……えっと……」
『契約メニュー → 定期便』を開く。
表示はシンプルに二つだけ。
『飛竜便(週1)/月額:2900wz』
『竜車便(週1)/月額:1600wz』
うーん、空からの方が早そうだよな。
まずは飛竜便にチェックを入れる。
『曜日と時間帯を選択』
土曜日。午前っと。
これで仕事明けに受け取れる。
『契約しますか? はい/いいえ』
――はい。
小さな完了音が鳴り、画面に新しい項目が増えた。
『登録済:飛竜便(週1・土曜午前)/開始:次回サイクル』
たった数行の文字なのに、ここでの生活が始まる実感が湧く。
常備薬なんかは元の世界から持ってくればいいか……。
「さぁ~て、商品を見てみ……こっ⁉ これはっ⁉」
★ひとくちで火竜も涼む! 夏の冷涼祭り‼★
~バイヤー特選プレミアムビールラインナップ!~
【赤竜の吐息】
種別:黒麦ドラフト
味わい:濃厚かつスモーキー。火竜も唸る重厚な苦み。
特徴:後味にピリッとしたシナモンスパイスと燻炭香。肉料理と永久相性保証!
価格:313wz/瓶(500ml)
おすすめ:竜神祭用限定醸造。数量限定!
【氷壁】
種別:極冷淡色ラガー
味わい:キレッキレの爽快感。口に含んだ瞬間、まるで氷精の吐息。
特徴:魔導冷却缶。飲んだ瞬間、体感温度-2度!
価格:238wz/缶(350ml)
おすすめ:風呂上がり、鍛錬後の「最初の一口」に!
【エルフの森のホワイトエール】
種別:香草系白ビール
味わい:かすかに甘く、ハーブと柑橘の香り。優しい苦味で飲みやすい。
特徴:昼下がりのテラス向け。
価格:320wz/缶(350ml)
おすすめ:女性にも人気。軽食やフルーツと◎
【ブラックアンビル】
種別:ビターエール
味わい:黒鉄の金床のように重く響く後味。慣れるとクセになる通向け。
特徴:ウェザーマート店員もあまり勧めないが、固定ファンは熱烈。
価格:250wz/瓶(330ml)
おすすめ:口直しに冷たいチーズやナッツを添えてどうぞ。
夏限定セット ~竜喉の涼・各種4本アソート~
価格:1200wz(魔導冷却ケース入り)
「いやいや、これはどう考えても買いだろ……めちゃくちゃ気になるじゃん!」
えっと、支払いはどうすんだっけ?
たしか袋小路さんが両替とか……。
ホーム画面に戻ると、両替のカテゴリがあった。
タップすると、俺の名前と残高が表示されていた。
◇ 倉城 渉様 ◇
ご利用残高 0 円 ⇔ 0wz
「どうやって入金するんだっけ……あ、これか」
入金の欄から金額を指定するようだ。
とりあえず一万円を入金する。
◇ 倉城 渉様 ◇
ご利用残高 10,000 円 ⇔ 0wz
「で、両替っと……」
◇ 倉城 渉様 ◇
ご利用残高 0 円 ⇔ 100,000wz
「おぉ! マジで10倍⁉ これもう金いらねぇじゃん!」
ビールがこの値段だもんな。
食料もそれほど高くないだろう。
たしか魔石がグラム3万で買取りとか言ってたから……1グラム採ったら30万wz⁉
十分暮らしていけるんだがっ!
あ、でも、魔石を採るのにもコストが掛かるんだよな……。
人を雇うとか……魔物って恐らく数人のパーティーで対応するんだよな?
そうなると日当を考えて……こっちの相場がわからんが、ビールの値段から推測すると最低でも一人頭、20000wzは必要だろう。
まあ、色んな場所にあるみたいだし、情報収集しないとだな。
でも車も買ったし、これからの出費を考えるとなぁ……。
車のローンやガソリン代、家賃を考えると貯金はできないかも……。
となると、食費はこっちで済ませるとして、もはや家を引き払うという手もアリか……。
いや、何かあった時のために選択肢は残しておきたい。
袋小路さんに相談してみるか……。
「よし! まずはビールだな」
半分、思考放棄のような気もするが、せっかくの異世界だ。
楽しみながら行こう――。
俺は夏限定セットを贅沢にもスポット配送の即竜便で頼んでみた。
本当に来るのかな?
まあ、到着まで数時間ってあったし、中を見て回るか。
俺は順番に他の部屋を覗いて回ることにした。
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